親友として

「っっ?っ!?」


 理解が出来なかった。

 夕夏ちゃんの笑顔の後に受けたことのない衝撃が顔に走った。


 分かるのは右の頬がヒリヒリすること。


「あたし達、友達なんだよね」

「え...?う、うん。親友...だよね?」


 不思議と確認するように返してしまう。

 何が起きたのか分からないから、頭が混乱してるから、夕夏ちゃんが友達で親友という確認するまでもないことを聞き返してしまう


「うん、どこの友達よりも一番仲良し」


 何かブレーキが壊れたように話す夕夏ちゃんは少し怖かった。


〈ビタん〉


 今度は逆側だ。


 痛い。けどなんでそんなことをするの


「な、なにを」


「友達だから、喧嘩するの」


「えっ!」


 あっけにとられていると夕夏ちゃんは押し倒してきた。

 ぐっと肩を押してこちらにを見つめる


 力が強い…肩から手が離れない


「あたしはさぁ、ずっと我慢してたんだよ。なのに…」


 あぁ重いよ。

 夕夏ちゃん。


 力が強くて、ソファーの柔らかい肘掛の部分に押し付けられる。


 その強さと重さは夕夏ちゃんがずっと抱いていた想いなんだ。


「あたしは悠里が好きになっちゃったから、だから関係を壊したくなくて。大切に守ってきた距離感なのに。それを壊したあの先輩が好きなんだ、ずるい。ずるい。ずっと好きだったのに!」


 この一年間ずっとそんな気持ちを抱いてたんだって気付かされる。


「あたしの方が先だったのに...」


 夕夏ちゃんの瞼から涙が溢れ落ちる。


 彼女が我慢をして溜めて溜めて溢すまいと耐え続けていたはずのダムが決壊した。


 自分の感情がわからなくなる。

 彼女の感情がわからなくなる。


 その一瞬では彼女との距離感が全く掴めない。

 悠里は夕夏ちゃんのそばにいることを伝えたつもりなのに伝わってなかったのかな。


 もう決別しちゃうのかな


「あの人のせいで、全てが壊された!」


 どん!っと肩をグーで叩かれる。


 痛い


「あたしだってわかって距離を置いたのに!あの人の!あの人のせいで!」


 強く肩を叩かれる。


「あの先輩があたしたちの関係を壊したんだ!」


 それは違う。

 どっちかというと壊したのは悠里だ。

 夕夏ちゃんよりも恋先輩を好きになってしまった悠里だ。


「あの先輩が憎いよ...」


 それは


「違うよ」

「違くない」

「違う!」


 押さえつけられた夕夏ちゃんの手首を掴む。


 そうだ。


 友達なら喧嘩、それなら


「わたしが、わたしがいつまでも!夕夏ちゃんに甘えてたから!」

「甘えてない!」

「甘えてた!」


 グッと押し返す。


 腕を掴んで体を起こして逆に押し倒す。


 あまり運動をするタイプじゃない悠里だったがなぜか夕夏ちゃんの力に勝てている。


 それを不思議に思う間もなく恋先輩にやってしまったように顔を叩く


〈パン!〉


「っ!」

「わたしが!わたしのせいなんだよ!」

「違う!あの人のせい!」


〈ビタン!〉


「違くない!」


〈パン!〉


「違う!」


〈ビタン!〉


 手が痛くて、感触が生々しくて震えてしまう。


 感情的になることが少ないから、こうやって怒りとは違った溢れる感情のままに行動するというのは初めてのことだった。


 夕夏ちゃんはいつもこんな不安定なのかと多少失礼なことも思ってしまったけど吐き出すことは不思議と気持ちがいい。


 きっとこういうことは夕夏ちゃんとじゃなきゃ出来ないんだろうな


「わたしは夕夏ちゃんが大好きだよ!でも恋先輩は方向が違うの!」


「そんなの分かってる!あたしだって好きだもん!でも、悠里はあたしの方を向かないんだ!向いてほしかった!二人で!二人だけでずっと一緒にいたかったよ!」


 独占したいという気持ち、そんな好意を向けられたこともあったのかな。

 今までは男の子からそんな「好き」を向けられても悠里は躱すばっかりでこうやって受け止めて上げることをしなかった。


 受け止めてあげればよかったのかな。


「わたしは、夕夏ちゃんと二人でいたいよ!」

「意味が違うじゃん!」

「違くないよ!恋先輩と夕夏ちゃんは違うよ!わたしは恋先輩のものになるわけじゃないんだよ!」


 けど伝えなきゃいけないことは自然と出てくるもので、言葉に詰まることはなかった。


 ただどうやって答えるのが正解なのかを考える余地はなく口から言葉が飛び出すように紡がれる


「そんなこと言われても!」


「言われてもなに!夕夏ちゃんと一緒にいたい!恋先輩ともいたい!夕夏ちゃんは友達側の一番近い位置にいて欲しい。恋先輩にはわたしのそういう意味で好きな人として一番近い位置にいて欲しい!それじゃダメなの!?」


「あたしは、あたしは!」


 夕夏ちゃんは言葉に詰まってほっぺを引っ張ってくる。


「痛っ!言ってくれなきゃわかんないよ!」


「あたしは...悠里がずっと好きで、独り占めしたくて...」


「それは無理だよ...っ!」


 やり返すように夕夏ちゃんのほっぺ引っ張り返す


「こんなに好きだったのに!」


「わたしもだよ!わたしは、夕夏ちゃんが好きだよ?夕夏ちゃんも好きならわたしはもっと好き!夕夏ちゃんが嫌わないでいてくれる限りわたしはずっとあなたを好きでいられるの!」


「あたしが嫌ったら悠里はあたしのこと好きじゃなくなるの!?ねぇ!あたしの、あたしの気持ちに答えられないなら!そんな図々しいお願い、聞けないかもよ!」


 顔や叩かれた部分が痛いから涙が出てくるのが、心が痛いから涙が出てくるのか、わからなかった。


「夕夏ちゃんが嫌いならわたしも距離を置かなきゃいけないじゃん...!嫌いな人に好かれても嬉しくないでしょ...?わたしは夕夏ちゃんが大好き、だからずっとそばで、好きでいさせてよ!わたしを...嫌わないで!」


 こんなことを言うのが正解だったのかな。


 分からない。でも今ではどうでもいい。


 悠里は、わたしは、こうやって想いをぶつけられる大好きな親友が出来たことによって、とても満たされてる。


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