こういうことを先輩はしようとしてるんだよ

「火傷したーいわー」


 夕夏が歌うのはいつもの歌じゃない。

 いやいつも歌う歌手の歌なのだけど、いつもとは少し違う、暗いというか重いというか。


 同じ歌手でも聞いたことのない曲だった。


 その曲はひときわ強いメッセージが込められているように悠里には聞こえていた。

 悠里はそれになんの意図があるのかが分からなかったけど、その歌を歌う夕夏の歌声が悠里には今まで聞いた中でも一番心がこもってるように聴こえた。


「ふぅ!」

「やっぱり夕夏ちゃん上手いなぁ」

「へへ〜ありがと!いっつも褒めてくれるよね」


 夕夏はマイクを置く。

 この二人だけの空間は悠里にはとても心地いい。

 知らない人が入ってこないから安心して心を広く持てる。


「ねぇねぇ、何度もごめんね」


 夕夏はマイクを置いてにじり寄る


「悠里はさ、恋先輩のこと…どう思ってる?」


 覗き込む。

 柑橘系の制汗剤の匂いが悠里の鼻を触る。


「え、な、なんで急に」


 緊張すると悠里は口籠る。


 視線も泳ぐ。


 でも夕夏はぶらすことなく真っ直ぐ悠里の綺麗な目を見つめる

 悠里の目にはストロボのようにパチパチと瞬きするたびに日焼けした夕夏の姿と肌の白い恋の対照的な姿が入れ替わって見える。


「いや、なんとなく。あたしはっきりしないともやもやするから」


 そんな真面目な顔をする夕夏にあてられて悠里は口を開く。


「う、うん...でもね。わたし、分からないんだ」



 目を見る夕夏は目線が合わない。

 悠里はどこに焦点を当てたらいいかわからない。


 隣で下から上目遣いで覗き込む夕夏を見たら、きっと男の子はイチコロだろうと思いながら、戸惑った様子で悠里は続ける。


「た、たださ。夕夏ちゃんは一番の親友だよ?それは変わらないの。わたしが恋先輩にばかりだったから、夕夏ちゃんいい気持ちしないんだろうけど。きっと、これからも!夕夏ちゃん以上の友達はわたしにはできないと思う。」


 夕夏は、複雑だった。

 一番欲しかった答えだけど、それは一番聞きたくない答えでもあったから。


「そうじゃ...ないんだよ....」

「えっ?」


 夕夏の小さい声を悠里は聞き取れない


「あの先輩はさ...」


 「聞き取れないなら…」そんなことを言うかのように悠里に近づく夕夏

 顔が近い。恋に初めて出会った時の距離よりもずっと


「こういうことを、使用してるんだよ...?」


 ぐるりと体を入れ替えて悠里に対面してまたがるような形で夕夏は態勢を作る。


「ゆ、夕夏ちゃん...?」


 どうしようと悠里が焦ってるうちにどんどんと距離を縮める、おでこがぶつかりそうになる。

 鼻が、ぶつかる。


 顔に手を回されると悠里は全身が熱くなるような感覚に襲われる。


 目を見れない、でもどこに目をやっても夕夏がいる。


「ゆ、夕夏ちゃん!か、カメラとかあるから、勘違いされちゃうよ...」


 勘違い、そんな言葉にまた夕夏の心はざらりとした感触でもやつく


 悠里にとって勘違いかもしれなくても、夕夏にとってこれは、勘違いじゃない。


 悠里は顎に手を当てられて、目の前の日焼けした王子様みたいな女の子の目に吸い込まれるような感覚になる


「大丈夫だよ。女の子同士だもん。スキンシップって思われれば、止められないよ」

「えっ?ちょ...!」


 唇が近づく、本当にする気なのかは分からない


 でも、夕夏の目は、悠里からしたら本気としか捉えられない。


「ゆ、夕夏...!」


 悠里が顔を逸らそうとしたその直前


「なーんてね!」


 笑って顔を離す。


「えっ?」

「こういうことをしようとしてるんだよ。先輩はさ」


 夕夏は笑ってそう言う。冗談で安心したものの、悠里の心はドキドキを続けて手が震える。


「気をつけてね。悠里」

「え、あ、うん」


 気をつけてねと笑顔で言う夕夏に向かってもうこういうことをされてるとは言えなかった


(顔を逸さなかった...!逸さなかった!きっと、あたしも...)


 ただ夕夏はそういう独りよがりな喜びを心に抱いて悠里の隣に戻る。

 悠里は顔を逸らしてそういうことを拒もうとしたことを知ることもなく。


「ごめんね!びっくりさせてさ!さぁ悠里も歌お!」

「う、うん!」


 悠里は少し夕夏の行動に引っかかりを覚えながら、そんなすれ違いに二人は気付くことなく夕夏と歌を歌ってカラオケを楽しんだ。


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