片桐さんを見逃さない

「片桐さん、だね!」


 高校一年生の春、受験終わりのふわふわとしたモラトリアムを終えた男女が一斉にクラスに介する入学式。


 家族と写真を撮って、桜に包まれて初めての学校、教室に足を踏み入れる


 みんながそれぞれ出身中学を確認したり各々で自己紹介をして親睦を深めてる中で前髪を伸ばし、一人本を開き、見つめていた片桐悠里にそう話しかける女の子がいた


「え…」


 手元のクラス分け名簿と黒板に書かれた座席表を照らし合わせ話しかける女子


「あたし島崎夕夏っていうの」


 人間が苦手であまり話したがらない悠里は突然話しかけられたことに困惑する。

 最近は話しかけられると想定して話しかけられたときは「あっ」て入っていたのに想定外に話しかけられたから「えっ」が出てしまった

 この一文字の違いでも大違い。


 というか悠里は話しかけてくる人がいるなんて思わなかった。男の子ならまだしも女の子が話しかけてくるとは悠里は一切想定していなかった。

 悠里は自分のことを女の子に嫌われるタイプだと評価していたし、悪評もある。あえて前髪を伸ばして話しかけられないようにしていたのにそんな策が一発で打ち破られてしまい困惑している


 ただ夕夏にはそんなこと一切わかっていないし知らない。

 だから話しかけていた


「何読んでるの?」

「えっと」


 悠里は正直困った。

 悠里は本を開いていただけで読んでなかった。


「まさか…読んでなかった?」

「い、いや…」


 困惑する悠里に畳み掛けるように夕夏は語りかける


「ページ、進んでないよね?」


 悠里は読んでるページを慌てて読もうとして同じ行を目でなんどもなぞってしまう

 夕夏はその一瞬の間を詰めて、悠里に顔を近づけてそう問いかける


 ニッコニコの笑顔で前髪の間から顔を見つめる


 クラスの隅でしっとりと高校生活を終えようと考えていた悠里はそんな笑顔に恐怖する。


「な、なに…?」

「読んでないっしょ?」


 嫌味ったらしく勝気に朱里は笑う。


「だ、だから…」

「ねぇ! 下の名前の悠里って読んでいい?」


 夕夏は悠里の作っている壁なんて気にせずぶち壊して距離感を縮める

 そういう点では後に出会う高杉恋に似たものがある。


 なんか嫌な感じだ。


 女の子にはすごい嫌な思い出がある。とくにこういうあっけらかんとした女の子は信じちゃいけない

 そのころの夕夏は髪が長くポニーテールをフリフリとさせていた。


「い、いいけど」

「やったー!ねえねえ今日入学式終わったら一緒に帰ろうよ」

「えっ」


 嫌だった。


「あ、嫌だって思ったでしょ。でもあたしはそんなの気にしませーん!」


 夕夏にはそんなことはお構いなしだった。

 入学式も隣に座ってずっと話しかけてきた。


 インタビューみたいに好きな食べ物とか当たり障りのない質問をして、悠里はそれに答えるだけでも彼女は常にニコニコしてた


 正直めんどくさいとかはなかったけど、夕夏と話すと昔を思い出して全身が痒くなるからやめてほしかった


「さぁ終わった!帰ろう帰ろう!遊んで帰ろう!」

「えっちょっと・・・!」


 入学式が終わりHRが終わり、みんなそれぞれ入学式前の続きを行う中、彼女は悠里の手を握って机の横にひっかけたカバンを持ってすぐさま教室から飛び出した。入学式の看板で写真を朝に撮れなかったであろう親子も無視して突っ切った。


 春先の桜の咲く帰り道になりやっと足を緩めて歩き出す。


 悠里は静かに誰とも関わらずに終えようと思った高校生活の計画を破壊された。

 ただ別にぶーたれることでもないのでとりあえず感情を押し殺して夕夏のすぐ後ろを歩く


「悠里ってなんで本読んでるフリしてたの?」


 夕夏は二人きりになったときそう口に出して後ろを振り返る。

 さっきのような当たり障りの質問とは違う、直球の質問


 悠里は相変わらず視線が泳いでいて前髪で顔を見せないように隠す


「…」


 流石に答えられない。じっと口を噤んでいると続けて夕夏が口を開く


「悠里ってさ、いじめられてたでしょ」


 突然口走った夕夏の言葉に悠里は足を止める。

 そして沈黙が二人の間を支配し、遠くから聞こえる入学式のざわつきがそこを通過する


「…」


 悠里は無言で顔を歪める。久しぶりに恐怖した。


「なんでわかったのって顔したでしょ?」

「えっと、あの」

「わかるに決まってるじゃん」


 夕夏はゆっくりと悠里に近づく。後ろに下がることもできずに固まる悠里

 とにかく目の前の夕夏が怖くて仕方なかった。


 人が怖い。


 顔を近づけて夕夏は悠里の目を見つめ手を伸ばす


「こんな可愛いのに暗いし、なんもないあたしに怯えるなんて、いじめくらいでしょ?」


 前髪をわけて顔を見つめる。

 桜が風にたなびいて花びらが舞うの背景にした夕夏の笑顔は悠里には眩しく見えた。


「それにあたし綺麗なものは見逃さないからね。すーぐわかるから」

「なんで…」

「悠里みたいな子ってほっとけないんよね」


 にっこりと笑う夕夏に悠里もつられて顔がほころぶ。


「あー笑った!」

「え?」


 悠里も気づいて、表情を戻す

 夕夏の持ち前の明るさについつい引っ張られていた。


「戻しちゃだめだよー!ほらにっこり笑って!可愛いんだから〜」


 悠里の頬を軽くつまんで笑顔の練習と題して軽く引っ張る。

 うにうにと柔らかくキメ細かい肌の悠里のポテンシャルを確認しながら夕夏は笑顔でからかう


「いふぁい!ひょっと!」

「えへへ〜いい笑顔だね〜」


 夕夏はくしゃっとした笑顔で悠里の笑顔を迎え入れる。

 全てが夕夏の思惑通りだったかは悠里にもわからないがなぜか恐怖でざわついた心が落ち着くのを感じていた。


「もう…ふふっ」


 振りほどく。

 夕夏の笑顔を見ると自然と悠里も笑顔になる。


「あっ!なんだ。練習いらないじゃん!」


 二人で笑う。


 別に人見知りが治ったわけでも暗くなった性格が治ったわけでもない

 ただ、夕夏は悠里にとって許容できる存在になった。


 そんなことを悠里は思い出していた。

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