第7話 清廉〈佐久間 凛花〉

 ──絶対にレイヤを離しはしないわ。誰に、何に邪魔されようとも。



 私は理想の男を、居場所を、幸せを手に入れた。


 もちろんそれは努力の賜物よ。黙って待っていれば素敵な王子様が迎えに来て幸せにしてくれる、なんて幻想はつゆほども持ってはいないわよ。小さな頃からね。



 両親の愛情のほとんどは、幼い頃から二つ年上の姉に向けられていた。


 姉は、大勢の子どもの中に紛れていてもすぐに見つけ出せるくらい目立っていた。昔から際立って愛らしい女の子だった。


 今では美人で人目を引く大人の女性。見た者を魅了する私の二つ上の姉、蘭花らんか。名前の通り、うわべは優美で上品な美しい人。



 蘭花の狡猾を感じているのは、家族の中で私だけ。


 昔からずっとそうだった。いつだって私にマウントを取っていなければ気が済まない人。


 蘭花は、私の欲しい物はいつも先回りして手に入れていた。


 かわいいぬいぐるみも、洋服も、チェックしてたアクセサリーも、変えようとしていた髪型も、行きたかったライブのチケットも、密かに恋していた男の子さえも。


 ねぇ、それって無意識に?


 だって、彼女が甘い声でおねだりすれば何だって思い通りだった。その顔でにこりと微笑んだのなら、ほとんどのお願い事は叶ってしまうのよ。


 もう、要らない。蘭花の臭いのついた物も、人も、場所も、家族も。


 どこに行っても、私は『蘭花ちゃんの妹』


 どこに行っても、2年先を歩く蘭花の残り香と足跡が既についていた。



 蘭花は私より常に前に出ていなきゃ気が済まないの。自分を差し置き私が注目されるのは許せないのよ。何事も私より上でなければ嫌なの。それが蘭花。


 世間から見たら、美しく仲の良い姉妹ですってwww



 高校卒業後、蘭花は世間からの聞こえの良いお嬢様大学に進学したけど、2年後、私は猛勉強して難関大学に進んだ。ほら、ここになら蘭花はもう入って来られない。


 せいぜい、チャラ男たちにチヤホヤされていればいい。私は真逆を行くわ。


 愛する人は一人でいいの。キリリと生きて行くわ。背筋を伸ばして。



 見かけだけで私に接近して来る男には興味は無い。むしろ、私に無関心でいる男子に目が向いた。


 同級生の佐久間レイヤ。


 私同様、自分をさらすようなSNSはやっていない。そんなところも好感が持てた。


 レイヤは華がある目立つタイプでは無かったけれど、隠れイケメンで成績優秀。しかも、次男で小姑無しという噂。密かに人気があった。


 さりげなく彼に接近する女の子たち。


 だけどレイヤは、仕掛けていた女子たちにはなびいてはいなかった。真面目過ぎて、そういうとこ鈍感らしい。


 彼は厳しい教授率いる、とある物理系の研究室に入っていた。レイヤ目当てで入りたい子たちがいたけれど、簡単には入れなかった。だけど私は教授に気に入られ、幸運にも入ることが出来た。


 だけど、私があの難関の研究室に入ることが出来たのは、私の容姿のせいだったと後から気がついた。


 女子が少ない研究室で、私は教授からセクハラまがいの言葉を頻繁に掛けられていて、レイヤがさりげなく庇ってくれたのが始まりだった。



 そこから相談に乗って貰ったりしながら信頼関係を築いて、堅物なレイヤと付き合い始め、卒業後2年経ってやっと結ばれたの。



 一方、蘭花は27になったけど、未だに決まった人はいないらしい。


 それはそうよ。特定の恋人を作ったら、これまでみたくチヤホヤされなくなってしまうもの。


 でもね、誰でも年を取って行くのよ? いつまでそうしていられるのかしら?


 真面目で堅実で優しくて将来性のある男性は、早い者勝ちで次々他の子に捕られているわよ。まあ、蘭花のことだから、いくつになっても楽しくやって行くのかもね。人のものを奪うのは子どもの頃からお得意だし。



 もう、欄花あのひとのことはどうでもいいわ。



 私はレイヤを手に入れて、ようやく蘭花から解放されたの。私の帰る場所はレイヤの胸の中。


 穏やかで優しくて礼儀正しいレイヤ。蘭花には絶対に会わせたくない。


 お互いの友だち数人だけ呼んで行われたささやかな結婚式と披露パーティー。


 もう、私はレイヤ以外の家族なんて要らないわ。レイヤは私だけを愛してくれているし、私だって一生裏切ることなんてない。


 レイヤと幸せな家族を作ることだけが私の生きる全てよ。



 そのために二人で無理して中古住宅も買った。ここは私たちのお城なの。


 私は守りたい。レイヤとこの家を。レイヤと私の幸せを。


 レイヤと結婚して、生まれて初めて心から幸せだと思えたの。



 この幸せを壊させはしないわ。誰にも。この先にどんな困難が待ち受けていようと。



 ──絶対に。





 レイヤが思っている以上に強い、私の秘めた想い‥‥‥



 私、ようやく蘭花と家族から解放されて幸せを手に入れたところだったのに。



 レイヤとこの家に越して来てからというもの、じわじわと染みてくる身の回りの異変を感じてはいた。



 そしてその異変は、お隣の河原崎沙衣さんを迎えた日に、はっきりとその輪郭を見せたのよ。



 私の中に不意に入って来た ”あれ”。



 私はあの時、遠くに意識はあった。



 それは私の敵だった。内面から蘭花と同じ臭いがした。



 "あれ" の気持ちは、なぜか自然にわかってしまった。


 そして "あれ" も、私の中身がわかったようね。



 

 なんて穢らわしい存在なの?


 男好きで淫らで、そして私を羨んでいる。密かに私に対するコンプレックスを抱えてマウントを取っていた姉の蘭花みたいに。



 私がここに来るまでに受けた、水面下での嫌がらせ数々。



 その中でもワースト1とハッキリ言えることが、たった今起こった。



 私になりたかったけれど、成り替われないってすぐに気づいた "あれ" は、腹いせに私にあんな酷いことさせたのよ。



 今まで生きて来た中で今のことが一番許せない!


 私の大切なレイヤを傷つけようとするなんて。しかも私にそれをさせただなんて! 


 この私が、無理やりあんなことをさせられただなんて!



 これだけで私が全てを懸けて闘う理由が出来てしまったわよ?



 感じたわ。


 私に向けられた、どす黒い嫉妬のどろどろの感情。


 "あれ" は、レイヤに愛されて幸せな私を妬んでいたのは明白だった。


 よっぽど私になりたかったのね。でも、私の全てを乗っ取ることは無理だった。


 それは私が "あれ" とは対局の清廉だから。この身を許したのはレイヤただひとり。そして多分、弓道という武道を通して、この身と精神を鍛えていた実績があるからだわ。

 

 ぶつけられたお清めの塩の効果も加わって私の体からはすぐに撤退した ”あれ”。



 

 わかっているわ。"あれ" が狙っているのはレイヤ。


 "あれ" は今、レイヤを欲しがっている。



 恐怖なんて、最早感じはしない。


 私は絶対に許さない。





 いいこと? レイヤを傷つけ私から奪おうとする存在なんて、この私が命をかけてでも、この手で消し去るしかないわよ?



 私たちは極上の愛で結ばれているの。私たちを引き離すなんて、誰にも何にもさせない。



 たとえそれが、もう人とは言えなくなった存在の "あれ" だとて。




 ねえ? あなた、醜く過ぎたわよ? 特にその心とか。


 だから、私が余り好きとは言えないタイプのこの『沙衣くん』にさえ、深き同情を寄せてしまうほどよ? トシエさん。




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