其ノ六 土埃

「あ、おかあたま! おかあたまだ!」


 花子様が提灯ちょうちんをかざして、井戸の脇の腰掛こしかけの所にいらっしゃる安子様を見かけて思わず駆け出そうとされました。


「あ、花子様、転んではいけませんよ。」

 本日、安子様の御吟味方ごぎんみがた(選出委員)の御訪問のお勤めの前に、花子様を預かって下さった初島はつしま様が、砂利道じゃりみちつまずきそうになった花子様の肩をお支えになられました。


「お母様、お帰りが遅くていらっしゃるから、もしやと思ってここへ来て見たんだ。良かったあ、見つかって。」

 太郎君たろうぎみは心配そうな御表情で、提灯ちょうちんを安子様の方へ向け、お顔をお確かめになりました。


「あれ、お母様? 泣いていらっしゃったのですか?」

 太郎君たろうぎみが安子様の頬に残った涙の跡にお気付きになられ、こうお尋ねになりました。


「太郎、何でも有りません。さあ、帰りましょうか。」


 安子様は御自分の膝に付いた土埃つちぼこりを払うと、宗次郎そうじろう様をおぶ紐でお背中に括られたので御座います。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る