其ノ五 灯火

 日がとっぷりと暮れ、風雨ふううも幾分か落ち着いて参りました。安子様は人気ひとけの無い寺子屋の腰掛こしかけにお掛けになり、宗次郎そうじろう様に乳を与えていらっしゃいました。


 つい先程まで、命の灯火ともしびがこと切れそうになって居られた安子様でいらっしゃいましたが、御自分の乳首から伝わって来る、赤子あかごの逞しい生命の力をその肩にお感じになられると、乳を飲み込む度に軽く揺れる宗次郎そうじろう様の小さなこうべを、心の底から愛おしいと感じられたので御座います。


 安子様はころもの胸元をお整えになり、宗次郎そうじろう様をあらためて御膝おひざの上にお乗せになられると、すっかり冷たくなってしまった御自分のてのひらに、赤子あかごの小さな生命の温かさと、確かさをお感じになられたのでした。


 その時、安子様がふと目線をお上げになられると、遠くから三つの提灯ちょうちんの明かりが、ゆっくりとこちらに近づいて来るのにお気付きになられたので御座います。



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