第106話
*
かくして『白塔』からのレムリア招集令がなされてから、魔女たちは各々が個別に動き始めた。
ムー大陸のメーフィ・イー城へと戻ったヲルタオは、その直後に例の通達を聞いたものの、扉の魔法で即日の移動が可能だったので、期日の前日まで大陸で調査を継続することとした。
メガラニカで
時を同じくして、ジパングで最初の竜の調査を終えたアーニアも、報告の際に招集令を聞いた。特別な移動手段を持たないアーニアも、レゴリィと共に船での移動が準備され、その翌日には港を出て、レムリアを目指して西の海へ出た。
――そのころジパング東の沖合の群島に、ルカヱルとセタが寄り道をしに来ていたなど、露知らず。
*
朝。
「セタさん、もう起きてますかぁ?」
独特な訛りと共に部屋の扉が叩かれて、セタは目を覚ます。昨晩も目を瞑る前に視界に映った木目の天井が見えた。
「朝ごはん、良かったらセタさんもどうぞぉ」と更に声が響いたので、セタは上体を起こす。
「あ――すみません、ありがとうございます。アイランさん」
「はぁい」
若干混乱している頭が、わずか数秒で昨晩の記憶と共に明瞭になっていく。
(そうだ、昨日一日かけて箒でジパングに戻って来たんだった)
例の東の群島――通称「東洋群島」に至ったセタたちは、図鑑の調査の際に知り合ったアイランとフジイの家に泊まっていた。
彼らは快くセタたちを迎えたが、実際に寝床を貸してもらったのはセタだけで、ルカヱルは眠ることもなく(もともと睡眠は不要だが)、そのまま海へと調査に向かった。
(ルカヱル様、結局何を調べに行ったんだろう?)
昨日の海の上の移動中に、セタは彼女の目的を尋ねた。
その際にルカヱルから帰って来た返答は、
「んー……、答え合わせ?」
とのことだった。
「答え? 何のですか?」セタは端的に尋ねた。
「私の持ってる疑問のね」
「ウルが関係するんですか?」
「うん」
「……インクレスも?」
「うん。一応、アトランティスもね」
「えっ?」
「でも、セタにはあとで説明するよ。もしかしたら、私の考えが間違ってるだけかもしれないし……間違いだと分かったら、すぐレムリアに行こう」
「はあ……分かりました」
――こういった経緯から、セタはとりあえず追究せず、やがて島にたどり着いたということだった。
(ウル、インクレス、アトランティス――確かに、それぞれは関係あるんだろうけど……それで、なんで此処に?)
セタは、スケッチブックに挟んだとあるメモを広げて首を傾げた――そのメモは、例のウルの論文に記載された海流の予想図の写しだった。
ヲルタオが去り際、事前にルカヱルとセタに渡していたものだった。
(この海流が間違ってたってことか……確かに、位置的にはこの島の周りだな)
東洋群島は、西洋群島と対になる位置にあるものである。アイランが住まう島もその一つであり、かつて‟乱流”のデルアリアが出没し、長年にわたり漁が妨害された過去があった。
しかしながら件のデルアリアは、実のところインクレスの影響によって乱れた海流により、一時的にこの場に留められていたとのことだ。
ルカヱルとセタが訪れた日の前に、奇しくもインクレスの影響が消え、デルアリアも海流に乗って移動をして、島には平穏が訪れたのである――ルカヱルはそのことを知り、フジイたちに竜の不在を証明したのだ。
(この島もインクレスの影響を受けてたんだ。だから来たのか?)
セタは軽く身支度を整えると部屋を出た。
「あ、おはようございます」と、アイランが再度挨拶をした。
「おはようございます」
「朝ごはん、よければどうぞ。今朝じっちゃんが漁で獲って来た魚を焼いたんです」
セタはそれを聞くと自分のことのように嬉しく思った。フジイが再び漁に出るようになったらしい。聞く限り、夜明け前に出たのだろう。
「それにしても、セタさんは何でまた、この島に?」アイランが尋ね、ハッとして目を丸くした。「あっ、も、もしかしてまた、デルアリアが……?」
「いえ、そうではないんですが――ルカヱル様が、どうしてもここで調べたいことがあるっていうもので」
セタは焼き魚を一口、口に運ぶ。
「あ、うま」
「へへっ。でも魔女様はまだ戻ってないです……」アイランが窓の外を見て言う。「夜通しで、何かを探してるんですか?」
「多分……。いえ、探し物なのかどうかも、分かりませんが」
「そうなんですか。ところでセタさん、竜図鑑は完成したんですか?」
「それがまだでして……。あれから今も継続してますが、調べるほど分からなくなることが増えてく案件があって」
「大変なんですね」
「ルカヱル様も多分その件に関連して、ここに来たんだと思いますが――そう、以前お話した、デルアリアとは別のもう一体の竜のことです」
セタは、簡単に‟
姿が見えない竜の伝承ということもあって、デルアリアの生態と取り違えて認識されていたわけだが、最終的には誤解も問題も解消された状態である。
「海流を乱す竜は、インクレスって言う名前なんですか」アイランが唸るように復唱した。「この間までデルアリアと、そのインクレスが両方、この島に集まってたってことですねぇ」
「ええと……。確かに、そういうことですね」
改めて想像すると、なかなか壮絶な状況だった。
「たしか、インクレスの波紋の影響は……アイランさんの御祖父さんの更に御祖父さんの代から続いていたんでしたっけ?」
「ええ。たぶん100年以上とか?」
「そうですか……。ごちそうさまでした」
食事を終えたセタは、顔を上げて切り出す。「アイランさん、俺も少し、島を見て回って見たいと思います。もし時間があったら、案内してくれませんか」
「あっ、いいですよ! な、なんにもない所ですけど……」
アイランが少し控えめに応じると、セタは礼を告げて、立ち上がった。
*
アイランの言う「何もない所」というのは、確かに物理的には正しい見解だったが、それゆえに島の美しさが一層際立っているような気がした。
波が寄せては返し、ざあざあと音を立てる。そんな音が、外を少し歩くだけで耳に届く。
「アイランさん、今も海人はやってるんですか?」セタは海を眺めながら、ふと浮かんだ疑問を尋ねる。
「ええ、たまにですけど」アイランは日に焼けた頬を掻きながら言う。
「でも、最近はじっちゃんたちが沢山魚を獲ってきてくれるから、私が毎日潜らなくても大丈夫になったんです」
「それは良かった――とはいえ、またデルアリアが来る可能性もあります」
「はい! セタさんがくれた竜の絵、皆が集まる港の近くに飾ってあります」
(それ、若干恥ずかしいな)とは思ったが、竜図鑑の意義を考えれば、今後は更に多くの目に晒されるはずなので、考えないことにした。気恥ずかしさをごまかすように、セタは足早に歩く――すると、海の青と砂浜の黄色ばかりの島の中で、一層目を引くまっかな色が視界に入った。
それは花だった。薄くて大きな、鮮やかに赤い花弁が開き、海風に揺れている。信じられないほどの色味を見て、セタは花の傍まで歩み寄る。
「この花……」
「あ、それ、ハイビスカスっていうんです」
「初めて見ました」
「ここら辺の島だと珍しくない花なんですけど、最近暑くなってきて、ようやく咲き始めて」
「そうか……前に来たときは、まだ咲く前だったんですね?」
セタは花弁に触れる。風に吹かれて、花が指に寄り添うように揺れた。
「でしたねえ……。あの日のこと、ずっと覚えてます。憧れの魔女様の箒に乗れるなんて」
(そういえばアイランさん、もう死んでも良いくらいのレベルで喜んでたな)
その日のことを思い返し、可笑しくてセタは微笑んだ。
「魔女様のことは、じっちゃんもずっと伝え聞いてきたって言ってて、私もいつか逢いたいなぁって思ってたんです――それが叶ったんで、嬉しくて! 昨日、また叶いましたけど」
「まさかそんな昔から、ルカヱル様のことが伝わってるとは……。ルカヱル様、昔ここで何かしたのかな?」
あ、伝承の地って、この辺で合ってるかな?
えっ、まさか適当に飛んでたんですか?
まあまあ、
いったん降りてみよう
「………」
セタは、ふとあの日のやり取りを思い出した。海を渡り、デルアリアの伝承の地を目指したルカヱルは――半ば、あてずっぽうで東を目指していたことを。
「アイランさん、聞きたいことがあるんですけど」
「なんです?」
「昔もルカヱル様がこの島に来たことがあったか、ご存じですか? デルアリアの調査をした先日よりも、ずっと昔に」
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