第103話

「“インクレスに似ている竜は鉱物を纏う”っていう共通点がある、と俺は考えていました――でも考え方が違うんじゃないかって思ったんです」

「考え方?」ルカヱルが、セタの真意を聞き返す。

「類似点ばかりに目を向けていましたが、相違点に目を向けると、鉱物を纏う竜は異なる生態ばかりでした」

「うん……。不思議だけれど、そうだね」

 ルカヱルは唸りながら腕を組む。

 インクレスは深海――より正確には星の“深奥”にいる。その見た目は竜としては貧相で小さく、鮎サイズの魚のようだが、群体として動き、共鳴して力を波及させる。その波紋こそが、地上で生きる者たちの中で伝承として残った。

 ミレゾナやフィアマ、メルキュリオなど、サイズも生態もインクレスと大きく異なる竜たちとは、類似点以外の点があまりに違いすぎる。

「……だから、そういう竜は“インクレスが成長した個体じゃないか”、っていう仮説もあったよね。環境に応じて異なる能力を獲得して、多様性に富んだんじゃないかって。でもそれだと、ミラジヴィーが急にインクレスと類似点を持ったのはなんで?ってことになるね。少なくとも成長個体とは言えない」

「そうです。ミラジヴィーに起きた現象は、少なくとも成長個体という仮説では説明がつかない。成長個体ということは、最初は同じものが、環境によって変化していく――こういうことですから」

「じゃあ、ミラジヴィーのあれは」

「つまり逆です。もともと違っていた者が後天的に同じ特徴を得た――俺たちは今日、その瞬間を観測できました」

「だとすると成長個体仮説は間違いで、これは……」

 誰もが言葉を探し、

「……洗脳、とか?」

と、呟いたのはリンだった。「でも洗脳で見た目まで変わるのはおかしいか。鉱物を纏うんだったら、生態のほうも変わるってことだから」

「ふふっ、まあ言葉遣いの議論はともかく、そういう考え方が近いかもね。他の言い方をするなら“寄生”とか」

 ルカヱルは微笑む。「セタ、私も考え方が変わった。たぶん、君と同じ考え方――これまで見つけたインクレスと類似点を持つ竜は、元はインクレスと何の関係もない竜だった。でも何かのきっかけで、インクレスとの共通点を後天的に付与され、鳴き声と外観が変化した」

「その方法ですが、ミラジヴィーの体の中にメルキュリオの結晶が入っていくのが見えました。あれが関係するかもしれないです」

 セタの発言を聞き、ルカヱルはふむ、と短く唸る。

「それこそ寄生とか、あるいは感染みたいな感じだよね……。インクレスに似ている竜は鉱物とマナを共鳴する能力があった。それを使ったのか――ああ、そうか、

 記憶を思い返すと、頭の中で咆哮が反響する。

 “QRAAAAA”、と息遣いに乏しく、まるで金属音のような甲高い音が。

「あの鳴き声みたいに聞こえていたのは、寄生後に発せられた共鳴の音。鳴き声じゃなかったのかも」

 その場にいる皆の考え方が変わり息を呑む。より真実に近い仮説を得たという感覚と同時に、何か悍ましいものに近付いたという予感があったのだ。

「あれはインクレスに寄生された竜ってこと……? ミラジヴィーも、フィアマも……?」リンが顔を青くして言う。

「もしそうなら、今日俺たちが見たのは宿主が変わる瞬間ってことですね?」

「宿主が息絶えたことをきっかけに、より強い宿主へとインクレスが寄生する。そしてインクレスが持つ共鳴能力が、寄生した竜の肉体を操る」

「何のためにそんなことを? そもそも、寄生の目的って何なんでしょう?」

「場合によりけりと思いますが、一言で言えば宿主に代わりに行動してもらうことのはず」と、ヲルタオが言う。「移動能力や捕食能力に乏しい生物は、寄生によって都合の良い生態行動を間借りしたいと思うはずです。インクレスにとっては、おそらく、移動と捕食の双方を利用することが目的だと」

「移動と捕食――?」

 竜の単純な生態をセタは思い返す。

 多くの行動原理は‟食餌”であり、独自の周期にのっとって‟移動”もする。

 その過程で、人間から見れば破壊的な力によって、災害を伴うことがある。だからこそ竜図鑑は竜の移動に備えて、事前に作成されているのだ。

「理論上、マナを持つものだったら何でも寄生して共鳴できるかもしれないし、寄生の生態が真実だとしたら、かなり脅威だね」ルカヱルは顎に手を当てて、声を低くして言う。

「このことをメフィーにも話してみよう。前にオーロラ見たときには殆ど話せなかったけど、今度はじっくりね――あの人が持ってる情報網と合わせれば、他のことも分かるかもしれないし」

「そうしましょう。凄く嫌な予感がしてきました」

 世界にはまだインクレスの鳴き声を持つ竜――結晶に寄生された竜がいるのかもしれない。その寄生の拡大の先に起こる未来が、人類にとって平穏なものになるとは思えなかった。

 かつて、アトランティスが陥落したように。

「その件、よければ扉の魔法で行きますか?」と、ヲルタオが尋ねる。

 ルカヱルは一度頷いたが、

「あ、いや」と首を振り直した。「ごめん、ちょっとメフィーの所に行く前に、ちょっとジパングに戻るよ」

「え? ジパングに?」

 驚いた様子を見せたのはセタだった。「何か御用が? いえ、別に止めるわけではないですが……。メフィー様のところに急いだほうが良いのかと思いまして」

「ちょっと説明しにくいんだけど、ウルの論文のことを確認にね。確認したらすぐ、レムリアに箒で行くよ」

「ウルの論文……ということは例の海流の件ですか? ――まあ、行くというのであれば私も止めません」ヲルタオが言う。「白魔女様との話は少し気になるけど、またあとで聞かせてください。私とリンはムー大陸の調査を続けないといけないし……リン、それでいい?」

「……………………うー、うん。私も気になるけど」

と、後ろ髪をひかれたような様子を見せたまま、リンは頷いた。


 *


 ルカヱルたちと解散後、ヲルタオは扉の魔法によって、たちまちムー大陸へと戻った。

「……ルカヱルさんとセタさんは、ジパングに何を見に行ったんだろ?」

 リンが首を傾げる。ヲルタオは視線だけを、もの言いたげな彼女に送った。

「さっきの話の流れでジパングに戻るって言われたら、気になるよね? ね?」

「まあ……気にはなるけど」

 ヲルタオは肩を竦めて歩き始める。彼女たちの向かう先には、ムー大陸の大役所メーフィ・イー城があった。

「なんだか、私たちに聞かれたくないって空気を感じたから。あまり深追いしなかったよ」

「だよね! ルカヱルさん、私たちには言えない秘密とかあるのかな……?」リンはそう言いつつ、はっと顔を上げた。「でも、セタさんは連れてったね……!?」

「うん? うん、なら二人の秘密なんじゃない?」

「ひぁ……。ますます気になって来た!」

 やたらそわそわとした様子で振り返るリンを見ると、ヲルタオは深く息をついた。

「はあ、何を想像してるのか……」

「男女の仲に共通の秘密があるって面白いと思わない?! 学校だったら、そういうのは大概――」

「でもルカヱルさん、魔女だよ」

「じゃあもっと面白い!」

「全く……」

 呆れたようにヲルタオは言うと、大役所の門をくぐる。

 すると、もう夜中だというのに職員が待ち構えていたように二人を迎えたのである。ヲルタオもリンも、少し面食らった様子を見せた。

「ヲルタオ様、リン様。お待ちしていました」

 竜図鑑の窓口のラミヤが出て、焦ったような口調で言う。

「お二人に『白塔』からの伝達がございます」

「白塔って……メフィー様から? それ、ルカヱルさん宛てじゃないの?」

「いいえ、正確には全ての魔女様、そして図鑑の絵描き担当者に向けたものです」

「すべての――?」

「内容をお伝えします――」


 “図鑑の魔女をレムリアの白塔に呼ぶこと”

 “図鑑の絵描きも共に招集すること”

 “1週間以内に移動を終えるよう手配すること”


 それを聞いて、ヲルタオとリンは顔を見合わせて。

 職員たちが固唾をのんで答えを待つ中、次に口を開いたのは、ヲルタオだった。

「分かった、じゃあ1週間後……いや、6日後にしとこうかな。その頃に行くよ。扉の魔法があるからすぐ行けるし、船とか要らないから。それまでは調査をしていく」

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