第104話


 ミラジヴィーの観察を終えてセタたちが西洋群島で解散したのと同じ日、メガラニカにて。

 役所の職員たちは、通心円陣から届いた通達を見て、大慌てになっていた。


「白魔女様ご自身からの通達なの?」

「図鑑の魔女をレムリアに――って、つまりミィココ様をレムリアにお送りしてくれってことか」

「絵描きも一緒に、って書いてあります。アルマさんも一緒にしないと」

「じゃあ船の手配がいるか。ミィココ様おひとりだったら、海底を歩いて行けるかもしれないが」

「そもそも今ミィココ様はどこに? 1週間で移動を終えないといけないが、船の手配よりもそっちがボトルネックだぞ――」

「これまで、図鑑の報告は数件来ていますが、並行して新種のとある竜を探しているとか……」

「ミレゾナという竜でしたっけ?」

「聞いたことないが――」

「ともかく今は竜より先に、ミィココ様を探さないと。ディエソさんはどこだ? もしかすると行き先を聞いているかも」



 ――さて、当のミィココ、そしてアルマたちは、とある海底洞窟にいた。魔法を使い、海の方から穴をくぐり、そして水のない空気のたまり場に出た。常人には使えない潜入ルートであった。

「やれやれ、ようやくそれらしい物が見つかったのう」と、ミィココは肩を回しながら息を吐く。

 冒険家のアルマは、光で中を照らし、その洞窟の異様さに息を呑んだ。

「この洞窟、まるで掘削したみたいに綺麗……。普通の洞窟って、空洞って言うより隙間って感じなのに、ここはトンネルみたい」

「例のミレゾナが、ここを頻繁に掘り進んでおったのじゃろう。その通り道が、こんな風に綺麗な掘削後になったんじゃな。儂の知らんところで、密かにこんな洞窟があったとは」

「まあ、海と砂漠にしか繋がってないみたいですしね。見つからなくてもおかしくないです」

「ルカヱルに先に見つけられたのが悔しいのう」

 ミィココがそんなことを言うので、アルマは小さく笑う。

「聞いた話だと、ミレゾナの巣はトンネルのような通路が続いて、大きな空洞が節目節目にあるとか」

「その節目がそやつの餌場で、例の鉱石があるのじゃな」

「ミレゾナがいるとしたら、その節目のところかもしれないですね。にしても暗いな……竜、見えるかな」

「そこは実際に遭遇せんとなんとも言えんな。儂に見えるのは、マナだけじゃし」

 ミィココは目をぐっと細め、数秒ほどかけて目を慣らす――鉱石のマナを見慣れているミィココは、洞窟のように四方を石のマナで囲まれている環境でも、即座に対応した。

「ふむ――見えるぞ」

「え?え? どこかにいますか? 近いですか?」

 アルマがミィココに寄り添うように構える。

「いや、ただの痕跡じゃ。ここを通ったばかりらしい」そう言って、ミィココは石を一つ拾い上げる――薄い欠片のような形状のそれは、実際はウロコだった。

「この洞窟を這って移動しているのかもしれんの。牙だけでなく、こういう剥がれ落ちた鱗があるようじゃ。行くぞ、こっちじゃ」

 ミィココの背中を追い、アルマも歩き出す。冒険家のアルマにとって、身を屈める必要のない洞窟は初めてだった。

 歩き始めてしばらくすると、洞窟の先に光りが見えた。ランタンのような暖色光ではなく、青く、白い光だ。

「あれか。例の空洞」

「……何か、這いずる音が聞こえません?」と言って、アルマは反射的に少し身を屈める。

「そうじゃな。いるぞ」短く応じ、ミィココは袖の腰のポーチから試験官を一本取り出す――ミレゾナの抜け落ちた牙を粉末にしたサンプルだった。

 マナを見比べて、ミィココは確信する。

「ミレゾナじゃ」

「どうします? 聞く限り、結構獰猛って感じでしたが」

「それは餌だと思われたら、のケースじゃ。ルカヱルの話を聞くに、奴の行動原理はほぼ捕食――攻撃されたとしても、それは敵意というよりは狩りの感覚じゃろう」

「魔女を狩る、ですか……」

「竜から見れば、マナの塊じゃからのう。儂ら魔女は。餌と思われても仕方ない。反面、お主は多分狙われんじゃろ」

「あのー、私だけ無事でも全然意味がないんですが」

「無論、喰われる気など毛頭ないわ。奴がマナに反応するなら先に手を打つのみ――“変身”」

 呟くや否や、ミィココの全身が影に覆われ、洞窟の暗い水底のように一瞬だけ暗くなる。そして闇が晴れると、解れた暗色のローブとフードを纏って髪を隠し、黒い手袋とタイツの装いで、再び姿を現した。

(かぁいい!! かっこかわいい!!)

 アルマは声に出さず、内心で興奮する。

 “これで奴から儂は見えん”

と、ミィココの声が直接聞こえ、アルマは驚いた。彼女が付けている護符チョーカー越しに、ミィココの声が届くのである。

 口をぱくぱくとさせる彼女に対し、ミィココは人差し指を立てるジェスチャーを送った。

 “しばらく喋るな。これから奴に近付く。光を消しておけ――それと、儂から離れるなよ”

 アルマは数回頷き、ミィココも頷き返すと、空洞へと静かに近づいていった。


 ――アルマの心配をよそに、空洞の中は神秘的な光に照らされて、視界が確保されていた。そこかしこに刺さったり、落ちている小さな欠片が光り、それが空洞を隈なく照らしていたのだ。空洞は人三人ぶんくらいの高さがあり、さらにいくつかのトンネルと通じていた。

 そして空洞の奥手方面のほうでは、大きくて長い影が岩壁に齧りついていた。

(あれがミレゾナ……。思ったよりは大きい)

 一言で言えば、大蛇のような竜だった。しかし鱗は鋭く、むしろ逆立った目の粗いやすりのようだった。壁にかじりついているせいで顔は見えないが、辺りには光の欠片が転がり落ちている。話に聞いていた光る鉱石の牙が、今も頻繁に生え変わっているようだった。

 ミレゾナはミィココたちに気付く様子もなく、食餌を継続していた。ミィココはアルマを手招きながら、少しずつ空洞の奥へと向かい、やがて浅いくぼみで身を伏せて待機した。

(これじゃ、顔が分からないな……)

 絵を描くにあたって、顔はもっとも重要だと言ってもよいパーツだった。

(なんとかして振り返るのを待つしかないかな?)

 そう思いつつ、ミィココの方を窺うと、小石を拾い上げて何か狙いを定め始めたところだった。まさか投げるつもりか、と思うよりも早く、ミィココは石を離れた岩壁へ目掛けて投げつけた。

 こつーん……と、妙に反響した音が響く。さらに跳ね返った小石は、その先に通じるトンネルの奥へと転がっていって、断続的に音を立てた。

 ミレゾナは振り返り、石の落ちた方を見つめ始めた。

 その振り向き際――アルマは、ミレゾナの顔を見たのである。しいて言うなら、顔というよりも「口」が、「口内」が、最も印象的だった。 針のむしろのごとく、牙が無数に生えて、その一つ一つがぼんやりと光り、顔を顎から照らしていたのである。

(ああ、あれに噛まれたら一たまりも無いだろな~……)

 噛まれるというより、磨り潰される、というイメージを抱いた。そんなことを思いながら、慣れた手つきで、形状の情報をメモ帳に残していく。

 かたやミレゾナは食餌を中断し、小石が転がっていた方のトンネルへ向いて、口を開いた。


 ――QRAAAA!!!


 そんな、甲高い特徴的な咆哮を短く響かせる。

(今のは威嚇かな? 鳴き声の情報はルカヱルさんから聞いてなかったけど、なんか特徴的……。甲高くて、よく響くけど、息遣いに乏しい――生物の声っていうよりは、金属音みたい)

 アルマはミィココを見た。同じく竜を観察している彼女が、どのような反応をしているのかが気になったのだ。

(……え?)

 そして彼女は、その時のミィココの表情を見て、ミレゾナとの遭遇を忘れるほどの強い印象を上書きされたのである。

 ミィココの表情からは、驚きと疑問と――そして、強いが感じられたのだ。


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