悲劇の光景

 ぼーっとした意識と、まとまらない頭の中。まるで目覚めたばかりのような……あるいは曖昧に半分だけ眠っているような感じ。


 けれど、初めて経験する感覚ではなかった。そう思った瞬間、私はこれが夢だということに気づいた。


 と同様に。


「……状況が尋常じゃないわね」


 その声を聞いた瞬間、ぼやけていた意識が一瞬にしてはっきりとした。


 お姉様。とても大切な、世界で一番愛するお姉様の声だった。


 ところが……その声の感じがあまりにも違った。


 凛々しくも優しく、自信と確信に満ちた声。それがもともとお姉様の声だった。たまに当惑すると可愛くなったりするけど、傍にいるだけでも私を安心させてくれる。


 けれど、今の声は違った。聞くのに変なことじゃなかったけれど、何と言うか……ぞっとする感じだった。静かで落ち着いているけど、真夜中に誰もいない森に一人残されたような……恐ろしい静けさだった。


 ふと、ぼやけていた目の前の光景が鮮明になった。


「かなりの邪毒濃度だねぇ。これなら、補修作業を延期したのも納得できるもんね」


 アカデミー敷地のどこかだった。どこか陰鬱に見えるお姉様が空を見上げていて、そんなお姉様をロベルが守っていた。


 お姉様がきれいな眉間にしわを寄せた。


「こんな状況で結局補修作業再開を強行するなんて。後のことが怖くないのかしら」


「……ご心配するのですか」


 ロベルの表情も良くなかった。でもちょっとだけ目が明るくなった。まるで希望の光でも見たかのように。


 けれど、お姉様は鼻で笑った。


「まさか。私がそんな優しい考えをすると思う? そんなこと想像もしないで、気持ち悪いから」


「……申し訳ございません」


 お姉様が視線を他のところに向けた。


 あっちは……中央講堂のある方向。そして今は私の目にも見えるほど、講堂近くの時空間が歪んでいた。邪毒濃度が高すぎるときの現象だと、本で見たものと同じだ。目で見たのは初めてだけど。


 お姉様は楽しそうに微笑んだ。


「面白そうわねぇ。まさか邪毒災害までは起きないと思うけれど……何か恩を施しておくようなことは起こるかも。もう少し修練騎士団を圧迫するカードを握りたいんだけどね」


「……お嬢様。今はそんな状況が……」


「やめ。説教は聞かないわよ」


 お姉様、どうしてロベルにそんなに冷たく言うんですか?


 聞きたかったけど、私の体と声は目の前の光景に全く届かなかった。その上、目の前の場面自体が何の前兆もなく変わってしまった。


 今度は大きいなホールだった。見たことのない場所だけど、たくさんの人がいた。騎士たちは非常に厳重に警戒しており、その真ん中には巨大な機械があった。


「本当に大丈夫ですか? 今は邪毒濃度が異常に高いです。このような状況で補修作業を進めると、ややもすると亀裂が暴走することもあります」


 研究員のような女性が言った。でもやり取り相手の研究員の男性が首を横に振った。


「危ないのは事実だが、だからといって補修作業をまた先送りすることもできない。もう一度先送りしただけでも危ないから。補修作業をせずに装置の寿命が切れたら、今補修作業を進めるよりずっと危険な事態になってしまうんだ。すでに王家の許可も得ている」


 あ……そうなんだ。今これは時空亀裂封印装置の補修作業現場なんだ。


 集まった人々が一斉に腕を上げた。彼らの魔力が絡まり、巨大な結界が展開された。ホールの中でも時空間の歪曲が見えるほど邪毒濃度が高かったけれど、結界が展開されると邪毒が急速に浄化された。


 そして補修作業が始まった。その手続きはお姉様から聞いた通りだった。


 封印装置は時空亀裂を封印する結界を展開するパーツとそのパーツを強化するパーツに分けられる。強化するパーツは『固定』の魔力で封印パーツの状態を一定に保つ。補修作業の際は封印パーツの機能を停止させ、強化パーツの『固定』を一時的に時空亀裂にかける。


 そのように亀裂の状態を維持する間、封印パーツの補修作業を終え、封印パーツの機能を原状復旧させた後、強化パーツの作業を終える。これが補修作業の全体的な手順。


 予定通り封印パーツが停止し、機械の上端部が花開くように開放された。空間にあるかすかな亀裂が現れた。


 ……あれが時空亀裂……!


 幸い亀裂は一時の開放では問題を起こさず、強化パーツの『固定』が予定通り亀裂にかかった。これで亀裂も安定……。


 ……されるはずだったのに。


 悲劇は何の前兆もなく訪れた。


「何の」


 突然、亀裂が急激に大きくなった。一番近くにいた研究員たちは悲鳴さえ上げられず亀裂に飲み込まれてしまった。巨大になった亀裂が津波のような邪毒を吐き出し、騎士たちが展開した浄化結界は一瞬も持ちこたえられなかった。


 そして……その亀裂から、出てはならない存在が姿を現した。


 巨大でねじれた形状。両足で立った存在ではあったけれど、その形は決して人間ではなかった。その上、その存在が現れた瞬間、さらに多くの邪毒が噴き出した。


「うえぇぇ……!」


 騎士たちが耐えられず座り込んで吐き気を催し始めた瞬間、再び場面が変わった。


 今度は中央講堂をまるで空から見たような時点だった。まるで爆発するかのように講堂の建物が中から破壊された。その存在から広がった邪毒がアカデミー敷地を埋め尽くし、大小の亀裂が随所に現れた。そしてそこからあふれ出た魔物が生徒たちを襲った。


 その阿鼻叫喚を前に、私にできることは何もなかった。


 ……ダメ。


 生徒たちを守る騎士が魔物の爪に倒れた。


 ……ダメ。


 友人を避難させ、代わりに魔物の牙に倒れた生徒がいた。


 ……ダメ。


 教師が、生徒が、警備隊員が、騎士が。


 逃げ場はどこにもなく、多くの人が死にかけていた。


 ダメ、ダメ、ダメ、ダメ……!


 その光景の中でやがて、私の知っている顔が一つ二つ現れ始め……。




「――ダメええぇぇぇぇぇ!」




 ……夢から覚めるまで、私はすべてをただ見ているしかなかった。


―――――


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