議論の仕上げ

 共有したい情報? 何なのかしら。今あんなことを言うっていうのは結構大事な話だと思うんだけど。


 ケイン王子は書類まで取り出して説明を始めた。


「つい以前の封印補修作業……つまり三十年前の当時、時空亀裂を封印する魔道具の補強工事があったそうです。ちょうどピエリ・ラダスがアカデミーに教師として赴任した直後でした。参観もしたそうです」


「ピエリが参観したんですって?」


 初耳だ。


 ……いや、知らないのも当然か。私の知識は転生者としての記憶とオステノヴァ公爵令嬢としての常識に偏っているから。どちらも、三十年前のアカデミーについてまであえて調べようとする理由はなかった。アカデミーでのピエリの行跡をもう少し詳しく調べるべきだったのかしら?


 私が物思いにふけっている間も、ケイン王子の話は続いた。


「補強工事の詳細は私も知りません。多分王宮の記録保管所にはあると思いますが、そこまで行って資料を見る時間はなかったんですよ。とにかく、当時の補強工事の結果、封印装置の性能がさらに強くなったそうです。当時までの安息領が使っていた手段では、どんな手を使っても突破できないくらいですね」


 そのおかげでアカデミーをターゲットにしたテロが大きく減った、と。ケイン王子はそのように言葉を終えた。


 その意味を悟ったジェリアが沈吟し、シドは眉間にシワを寄せながら額に拳を当てた。ゲームの設定によると、あの姿勢は物思いにふけった時の癖だったよね。


 聴衆の代表として私が口を開いた。


「減っていたテロが再び再開されたのは、その封印を破壊する手段があったからでしょうか?」


「可能性はあるでしょう。特にピエリは三十年前の補強工事を直接見ました。もしかしたら、新たに強化された装置の弱点を分析したのかもしれません」


「一理はありますわね。けれど、いくら弱点を分析したとしても、中途半端な手段ではだめだと思いますわよ。どうせ補強工事以前にも安息領のアカデミーテロの頻度は低かったでしょう? しかも、その全部が何もなく終わっちゃって。それに今はピエリ問題のせいでアカデミーの警戒態勢も強化されましたわよ」


「だからこそ、それを突き破る手段があれば完全隔離空間の可能性はあるでしょう。それくらいのものを隠すのに最適ですから」


 ……確かに、その可能性はあるだろう。


 もちろん私は補強工事の効果がどの程度だったかは分からない。しかし入学する前、デバイスのオリジナルスペックに関する文書は見たことがあった。もし装置が稼動中の時に変なことをしようとするなら、それこそ完全隔離空間でなければ隠せないレベルの手段でなきゃならない。


「けれど、補修作業が間もなく行われる予定です。その時を狙う可能性はどれくらいだと思いますの?」


「……難しい問題ですね。難易度は両方とも同じでしょう。完全隔離空間は扱うこと自体が難しいです。補修作業は騎士団の警戒が厳重で、それを破るには安息領も大きな被害を覚悟しなければならないでしょう。私なら……完全隔離空間の方を選ぶでしょう。あえて活性化された封印装置を破らなくても、完全隔離空間で補修作業の隙間を突くのが一番確実ですから」


 結局はそれに帰結するのか。


 確かに、あえて活性化された封印装置を無力化するほどの大げさな手段は必要ない。完全隔離空間の中で工作をするなら、補修作業中に意表を突くことはいくらでも可能だから。


 ただ……なんとなく、その可能性を否定したい気がした。


 単純に完全隔離空間を探すのが難しいから、とか逃避性の理由じゃないよ。というか……という危機感、というか。別に根拠はないけれど……他に方法があるだろうと言って、私の直感がしきりに警鐘を鳴らしていた。


 こんな根拠のない勘は嫌いなんだけどね。


「……今のところ、これ以上考えられることはありませんね。まずはこの辺で終わらせて、異空間調査を終わりにしましょう」


「そんな必要はありません」


「え?」


 ケイン王子は指パッチンをした。異空間のあちこちに広がっていた分身が魔力となって散った。


「……皆さんが休んでいる間、調査は私がすべて終えましたからね」


「あ……はは」


 何言ってるの。勝手に一人で進行したのは貴方じゃない。


 ……と言いたい気持ちは山々だけど、私とジェリアが調査をちゃんとしなかったのは事実だったから言うことがないわね。


 もちろん、心から責めようとしているのじゃないことは知っている。ケイン王子はそんな性格じゃないから。でも、少しからかおうとする気持ちくらいはあるだろう。


 ……そう思うと少し受け止めてあげたくなるわね?


「ごめんなさい。王子である殿下に雑務を任せてしまいました。お礼と謝罪はいつか必ずします」


 そう言って、コートの裾をスカートのように握って姿勢をとった。大げさじゃなく、でも格式を感じられるように。とにかく〝無礼を犯しました〟みたいな感じを演出した。


 するとケイン王子は呆れた顔でため息をついた。


「そんな風に打ち返すのですか。これは私が負けたんですね。そして、考えてみれば公爵令嬢である貴方がこのような仕事を直接することも本来は話にならないのです。王子だからといって特別扱いされるようなメンバー構成ではないですよね、今は」


「王子殿下のおっしゃるべきことじゃありませんわよ。そしてクラセンの時は我が家を思う存分見下していませんでしたか?」


「私が生まれる前の仕事は持ってこないでください。……そしてそのクラセンの結末は結局、オステノヴァが王家と他の公爵家の自尊心をめちゃくちゃに踏みにじって終わらなかったですか」


「先にオステノヴァの名誉を侮辱したのは他の公爵家と王家でしたから」


 まぁ、あえて歴史書の中のことまで言及したのは私の意地悪だけど。


 ケイン王子が調査した結果をまとめてみたけれど、やっぱり所得はなかった。調査は結局無駄だったわね。でもそれなりに意味のある議論をしたので、この時間自体は役に立つことだった。


 そのように結論を下し、私たちは不純分子が異空間に潜入できないように異空間を完全に封鎖した。


―――――


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