テリアの助言

「一人ですべてができると勘違いしないでください」


「……え?」


 突然の言葉を言われて、シドは当惑したような声を流した。


 無理もないだろう。私が考えても突拍子もない言葉だったから。けれどシドの突拍子もない自信を矯正するためには、ちょうど話が出た時に言っておいた方がいい。


 シドはすぐに笑顔を取り戻した。


「俺を傲慢すぎる人として見たんじゃない? いくらなんでも一人ですべてができるとは思わないんだよ」


「それは知っていますわ。でも目の前の状況に対する解決策を思いついたとき、それが本当に良い方法なのか疑ったことはありますの?」


「……」


 シドはまだ理解できないかのように眉間にしわを寄せた。


 自分が何かを知らないことを知っているなら、知ったかぶりはしない。その程度の常識はシドにも言う必要なくある。


 でもある方法を思い出して、自分でそれがいい方法だと思ったとき……それを検証する能力が、致命的なほど欠けている。シドの問題はそこにある。


 いや、能力というよりも発想というか。自分の考えた〝いい方法〟を疑ってみるという発想が、シドにはない。実際、シドは自分で何かをしたとき、失敗したことはなかった……という設定がゲームにあった。経験的な自信と言えるだろう。


 けれど、〝成功した経験〟がいくら蓄積されていても、全く異なる分野と性質の仕事に信頼性を与えることはできない。帰納的に致命的な欠陥を、シドは自覚できなかったのだ。それでゲームでは自ら大後悔し、そのことがシドの性格を変えてしまった。


 それだけは必ず防ぐ。


「誰にでも限界はありますわよ。それは私も同じですけれども……シド公子にも同じように適用されます。貴方が考えた方法が必ずしも正しい解決策とは限りません。もう少し自分を疑って検証する方法を学ぶのが今後のためにもっと良いでしょう」


「……正論だね。でも今までも俺はうまくやってきた。そもそも確実に自信のあることばかりしたから。俺もよく知らない分野にまで俺の方法を主張したりはしないんだ。修練騎士団の活動についても口出ししなかったじゃない?」


「知らないと認めることは問題ありません。重要なのはですわよ。特に一人で判断して処理する状況で、その錯覚に足を引っ張られたら……ものすごい悲劇になってしまいますわよ。私もそういうのを避けるために努力していますわ」


 私が今になって限定的ではあるけど情報を公開したのも同じ脈絡だ。イシリンがいるから一人で考えるわけじゃないけど、結局一人で行動するのには限界があるから。特にボロスとピエリを相手にしたあの時、身にしみて感じた。


「うむ……俺も何でもよく知っていると思うわけじゃないけどさ。勉強も頑張ってるし」


「知らないことを知っているだけじゃありません。よく知っていると思うのが本当に正しいのか、自分自身を疑う習慣も重要だということです」


 ここでシドを完璧に納得させるのはおそらく無理だろう。


 それでも今言っている言葉の一部でもシドの心の片隅に残るように。だから重要な瞬間に彼が間違いを犯さないようにしてあげられるよう願うことだけが、今私にできる最善のことだ。


 そのために、私はわざと厳しい口調で話し続けた。


「特にこの国の四大公爵家は貴族にしては戦線に出ることが多いですわね。研究者のオステノヴァでさえ部隊を指揮することは多く、直接魔道具を持って戦場に立つこともありますわよ。戦場では些細な判断さえも人の命を左右することができます」


「そんな状況なら俺ももっと慎重になるんだよ」


「習慣とは怖いものですわ。私が言った災いがもし起こるなら、その時期は近いですわよ。今から意識して変化を追求しても遅いのに、そんな用心のない態度では間違えることがあります」


 用心まで言うと、シドはそろそろ腹を立てているようだった。堂々と声を高めたりしたわけじゃないけど、眉をひそめるのがかなり不愉快そうだった。


「そんなことまで言われるほどミスしたことはないんだ」


「ないからもっと危ないんですわよ。私は間違いを通じて学んだことがありました。でもシド公子にはそんな経験がないでしょう」


「……そう言った方がむしろ自信過剰だと思うよ?」


「実際、私はシド公子が十人いても勝てますから」


 シドは呆れたように鼻を鳴らしたけれど、私は本気だ。今のシドどころか、あと二年後……ゲームストーリー開始時点のシドでさえ、三秒以内に打ちのめすことができる。


 でもそんな話はできないから、代わりに他のことを投げなきゃ。


「肝に銘じてください。私が言った災いは本当に危険なことですわよ。もちろん邪毒獣が現れるというのがどんな意味なのかはシド公子もご存知だと思います。ですけど……修練騎士団と一緒に行動するなら、少なくとも指示はしっかり従ってください。特に現場の判断には気をつけてください」


「何だよ、現場判断も自制しろっていうのはちょっとひどいんじゃない?」


「些細なミスで人が死んでもそう言えますの?」


「何だよ、死ぬって……」


 私はシドの顔を真剣な目で見た。シドは私の話を軽く聞き流そうとしているようだったけれど、私の態度を見ると表情が少し変わった。


「……邪毒獣の危険とは別に、せいぜい現場判断を少しミスした程度で命が揺れるわけがないだろう」


 シドがそう言った。でも私が黙って彼を見つめ続けると、彼はますます負担を感じる顔になった。


 そもそも災いの話も考えてみれば将来に対する予測。そんなことを出した私の言葉だから、単純な心配だと片付けるわけにはいかないだろう。少なくともシドはそんな人ではない。


 結局、彼はため息をつきながら頷いた。


「……まぁ、わかった。気をつけるよ」


「ありがとうございます」


 私が話をまとめるのと、ちょうど料理が到着したのはほぼ同時だった。私は思わず幸せいっぱいの笑みを浮かべた。


「とにかく楽しい議論でしたわ。どうか私が言ったことを忘れないでくださいね」


―――――


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