フィリスノヴァ

 来た。


 これから私への〝本論〟が始まると、聞かなくても分かった。


 私とガイムス先輩は会議室の裏側にある小さな部屋に入った。大人数が集まるための会議室とは違う、小規模に集まって議論するための部屋だ。私が入ってくるやいなやドアを閉めたガイムス先輩は部屋に防音結界まで展開した。


 ……これ結構本格的だね。


「どうしたんですの?」


「率直に話をちょっとしてみたくてね」


 そう言いながらも、ガイムス先輩はすぐに本論を持ち出さなかった。むしろ微笑んで私を見つめるだけ。


 ……私の話を待つということだよね?


「先におっしゃるつもりがなければ、私の方から聞いてもいいんですの?」


「もちろん。何を聞きたいのかい?」


「ガイムス先輩はジェリアを団長にするのが目的ですわね?」


「そうよ」


 あまりにも率直で清々しい返事だった。予想していた私さえも一瞬言葉が詰まるほど。


 しかし、ガイムス先輩はそんな私を見てニヤリと笑った。


「どうせ予想してたじゃん」


「それはそうなんですけれども。……理由は何ですの?」


「君は何だと思う? ……と聞くのも楽しいだろうけど、別に意味はないだろうね。一応理由は三つある」


 一つは政治的な理由だろうし、残りの二つは……正直わからない。


 幸いにも私がそれをいちいち推測する必要はなかった。


「一つ目は単純だよ。団長としてはジェリアがテニーよりもっと良いんだと思って。テニーも優秀な後輩ではあるけど、団長という席で皆を統率するには足りない。端的に言えば、今のように総務として団長を補佐する方が適性に合うんだよ」


 それはそうだね。ジェリアにももちろん足りない部分はあるけど、リーダーとしての力量さえあれば他の足りなさは良い部下を起用して補完できるから。


「二つ目は……多分テリアさんも見当がついているはずだよ。フィリスノヴァの内部問題だ」


 ……やっぱり。


 フィリスノヴァの内部問題……というのは事実、いろいろある。けれど、ガイムス先輩が話していることはたった一つ。


「フィリスノヴァの内部分裂。ドロミネ伯爵家としてはジェリアが次の後継者になることを望むでしょう」


「やっぱりよく知ってるね」


 フィリスノヴァは保守能力主義の筆頭。でもその中でも強硬派と穏健派がいる。


 これまでの大勢は強硬派だった。なぜなら、今のフィリスノヴァ公爵がその強硬派保守能力主義者だから。けれど、彼の過激な行動のせいでかなり軋轢が生じ、フィリスノヴァ公爵領内部でも変化を望む声が積もってきた。


 そしてフィリスノヴァ公爵領に属した貴族の中で、穏健派の代表がドロミネ伯爵家だ。


 フィリスノヴァ公爵の過激な行動のせいで穏健派との軋轢も次第に大きくなり、ゲームでは穏健派の相当数が純粋能力主義に転向することまでした。今はどれくらい進んだのかは分からないけど、根本的な性向自体は多分同じだろうね。


 そしてジェリアは最も有力な後継者でありながら、父親のフィリスノヴァ公爵との仲が最も悪いことでも有名だ。しかもアカデミーでジェリアは実力さえあれば身分など気にせず傍に置く姿を多く見せた。


 すなわち、ジェリアが正式にフィリスノヴァ公爵の次期後継者に指名されるならば、フィリスノヴァ公爵領の今後はドロミネ伯爵家をはじめとする穏健派が主導権を握る可能性が高くなるということだ。


 でも……。


「もちろんジェリアは今までもうまくやっているよ。でもそれでは足りない」


「私のせいですわね」


「否定はできないね」


 ガイムス先輩は特に怒っている様子じゃなかったけど、私を見る眼差しはさっきより鋭かった。


 ジェリアは多くの生徒とコミュニケーションをとっているけれど、親しい友人と言える生徒のほとんどは上級貴族である。そしてそうなった原因は私だ。


 もともと友人のケイン王子はさておき、私とアルカ姉妹はオステノヴァ公爵家の令嬢。リディアはアルケンノヴァ公爵家の令嬢。そしてジェリア本人はフィリスノヴァ公爵家の令嬢。すなわち本人も身分が高く、周辺にいる親しい子どもたちもみんな公爵家や王家の人物だ。


 この程度なら平民はもとより、貴族でさえ四大公爵家以外は近寄りがたいほどの大物だらけだ。実際、私たちに接近してくる子どもたちはそのようなことを気にしないほどメンタルが強かったり、それとも私たちにくっついて権力の欠片でも得ようとする俗物ばかりだ。


 ……特に意図したものじゃなかったけれど、結果的には私のせいでジェリアの人間関係が蚕食されてしまった。


「何か勘違いしたようだね。君のせいにしているわけじゃないよ。むしろ感謝している」


「どういう意味なんですの?」


「王家はもともとこういう政治派閥問題にはできるだけ距離を置く方だよね。そしてオステノヴァとアルケンノヴァは消極的ではあるけど純粋能力主義派に属し、彼らの最も有力な後継者たちがジェリアの隣にいる。今アカデミーに生徒がいないハセインノヴァ公爵家を除けば、事実上僕とドロミネ伯爵家としては理想的な人間関係だということだ」


「……なるほど。この状態でジェリアが修練騎士団長になったら、最初は人が別に特別なことなんてないという目で見るはずだけど……」


「テニーのように平民で有能な子を修練騎士団上層部として重用する姿を見せれば、ジェリアの性向がフィリスノヴァ公爵とは違うということを確実に見せられるだろう。単純に生徒として身分の低い子たちと付き合う程度とは格が違う」


 徹底した政治的観点から、フィリスノヴァ公爵領の勢力構図を覆すための長期的計画。それがガイムス先輩が〝修練騎士団長ジェリア〟を作ろうとする本当の理由だった。


「……予想はしていたんですけど、本当に徹底するほど政治的な理由で驚きましたわ。ただのお人好しじゃなかったんですわね」


「ハハ、僕はもともと本音をよく隠す方なんだ。……あ、そして三つ目の理由はただ純粋にジェリアが気に入ったからだよ。人間としても、そして同じ道を目指す騎士としてもね」


 ガイムス先輩が私に右手を差し出した。その手をじっと眺めている私に、彼は強い意志が込められた眼差しを見せてきた。


―――――


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