克服

 怖い。


 まるで大きな巨人の手が私を押さえつけているようだった。指一本すら動けなかったし、息もまともにできなかった。窒息しそうで口を開けたまま必死に息を吸ったけど、空気がまともに肺に入っているのかも分からない。


〝私の前で、両足で立っていられること〟


 私を無視するって? バカバカしい。お姉様はいつものように正しい判断を下した。私なんかお姉様には相手にならないと……お姉様の前でまっすぐ立つことさえできないほどだということを、お姉様はちゃんと理解していた。


「アルカ。私は一度も全力を尽くして戦ったことがないわ」


 お姉様の声はいつにも増して冷たかった。紫色の眼光を放つ右目が私を眺めると、まるで槍が心臓を貫通したような錯覚が感じられた。


「この〈選別者〉は身体強化技でもあるけれど、弱者を屈める制圧技でもあるの。敵も味方も、資格のない者は立っていられないわ。ある程度は威圧感を制御できるけれど、まだ私の制御は未熟なんだから。威圧感の方向をある程度調節できても、抑えることはできないわよ」


 お姉様が、遠すぎる。


 ほんの数歩離れているだけなのに。まるで巨大な山を眺めるような感じだった。巨大で雄大な自然の前で、自分自身が限りなく小さく感じられるのと同じく。


「だから私は全力を尽くせなかったの。全力を尽くしてしまうだけでも周りに被害を与えることもあるから。でも戦場に立つ以上、いつかは全力で戦わなきゃいけない時が来るはずよ」


 お姉様の目に力が込められた。まるで何か良くないことを思い出したように。


 その厳正な視線が、私に突き刺さった。


「その時になった時、貴方はそんなに座り込んでいるの?」


 息が止まった。さっきとは全く違う意味で。


「私の傍で何もできないまま座り込んで私の障害になるのが、貴方が私を助ける方法なの?」


 反論の言葉が……出ない。


 その通りだから。私はお姉様の威圧感の前で息をすることさえ大変で、ただ座り込んだだけ。そして絶望しているだけだった。


 しかし……その絶望が私に力をくれた。


「ふ……ざけ……ないでください」


 体の中に魔力を循環させる。


 ……今になって気付いたことだけど、私の下半身の筋肉を何かの力が握っていた。まるで力が抜けた私に代わって失禁を防いであげようとするように。その力から感じられるのは優しさだけだった。


 いつものような。


「そんなこと許すわけがないじゃないですか!」


 私の魔力を爆発させた。


 瞬間的にお姉様の魔力を押しのけ、全身に循環させた魔力で体を動かした。お姉様の威圧感がすぐにまた私を押さえつけたけれど、今度は魔力で抵抗してやっと起きた。


 足がぶる震えても、のんびり座っているわけにはいかない。


「いいですよ。そこまでおっしゃるなら、お姉様のおっしゃった条件をきれいにクリアします……!」


 ただ動けるようになっただけ。お姉様との格差は相変わらずで、体はまだ圧迫感に押されて震えていた。それでも燃え上がる心を燃料に、必死にお姉様の前に立った。


 意地と言ってもいいよ。何にしても、お姉様の傍に立つためなら甘受する。


 力を入れてお姉様を睨む格好になってしまった。でもお姉様はそんな私を責めるどころか、いつものお姉様のように穏やかに笑った。ほんのちょっとだけだったけれども。


 また厳しい表情に戻ったお姉様が口を開いた。


「アルカ。言っておくけど、私は悪趣味じゃないわ」


「……どういう意味ですか?」


「ただ力で貴方を諦めさせようとしたなら、面倒くさそうに勝利条件なんて別に設定もしなかったはずよ。このような場を設けることもしなかっただろうし」


 その程度はもう知っている。


 ただ、お姉様の真意はまだ分からない。急にどうしてあんなことを言うのかも。そもそもそんなことを考えるには心に余裕がないし。


 お姉様はまた笑みを浮かべながら話を続けた。


「その程度の条件は十分に満たすことができると信じたからだよ。私の妹なら、貴方なら……私のを裏切らない、ってね」


「……!!」


 その瞬間、心が爆発した。


 さっきの悔しさや絶望感とは全く違う感情。それが何なのかを自覚するよりも先に、めちゃくちゃに入り混じった感情が魔力になって噴き出した。バカのように笑いが出そうな気分だった。


 そんな私を見て、お姉様が微笑んだ。


「覇気いいわね。それが結果につながることを願うわよ」


 お姉様の手から紫色の魔力が輝いた。瞬く間に発動した〈魔装作成〉が二本の魔力剣を作り出した。


「私の攻撃は貴方を傷つけたり痛くしたりすることはないわ。貴方を傷つけないように魔力を調節するから。だからいくらでも飛びかかってきてね。成功するまで。……そしてこの練習場の結界は私が新たに展開したから、力を惜しむ必要はないわよ」


「はい!」


 私も〈魔装作成〉で作り出した真っ白な魔力剣を握った。そして勢いよく一歩を踏み出した。


 そして次の瞬間、私は練習場の結界に背中から激突していた。


「……あ……はぁ……!?」


 背中が結界に衝突した衝撃で息を吐いた。


 痛いのはそれだけ。しかし、私がお姉様の攻撃を受けて吹き飛ばされたことは理解した。私の魔力剣も壊れた。そして体に残った柔らかい感触……多分お姉様が言った魔力調節のおかげだろう。その感触を通じて、視認すらできなかった三十六回の斬撃が私を襲ったことをやっと理解した。


「起きなさい。始まったばかりなのよ」


 攻撃の瞬間を見ることもできなかった。まさに圧倒的な差だった。でも……私はもう、お姉様との格差に絶望しなかった。


 お姉様は信じているって言ってくれた。期待しているって話してくれた。それなら私のすべきことは、お姉様の信頼と期待に応えるために尽くすことだけ。


「もちろん……起きるん、ですよ!」


 もう一度〈魔装作成〉で魔力剣を作って握った。そして孤高に立っているお姉様に向かって突進した。


 見えなければ、見えるまで努力するだけ。


 その程度の覚悟もなしにお姉様に挑戦するはずないでしょう!!


―――――


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