選別者

 ついに、約束の日が来た。


「アルカ? 大丈夫?」


「はい。何ともないです」


 リディアお姉さんの質問に一生懸命平静を装って答えた。でも自分で考えても嘘であることがはっきり見える。見るまでもなく、今の私の顔は真っ白になっているはずだから。


 お姉様の一ヶ月間の現場実習。それはもう終わった。そしてお姉様は別に日を決めて〝条件〟を公開すると、そして私がどれだけ成長したのか見ると言った。その日がまさに今日、今だ。


 そして私がいる場所はアカデミーの第一練習場……の控え室。傍には私の専属メイドであるハンナ、いつもお姉様と私を守ってくれるトリア、そしてお姉様がいない間に修練を手伝ってくれたリディアお姉さんやジェフィスお兄さんはもちろん、お姉様と一緒に実習に出たロベルやジェリアお姉さんまでいた。


 ジェリアお姉さんは私の顔をのぞき込み、眉をひそめた。


「本当に大丈夫のか? 顔色が悪いぞ」


「大丈夫……です。大丈夫だと思います。……多分」


「……もし修行がうまくできなかったのか?」


「それも大丈夫なんですよ」


 嘘ではない。


『万魔掌握』の新たな力を悟るというのは結局失敗した。リディアお姉さんのおかげで糸口はつかめたようだけど、まだそれを結果に引き出すことはできていない。でもそれとは別に、自分の力を成長させるという目標自体はある程度達成された。一ヶ月という期間を考えれば十分なくらい。


 しかし、私の十分さがお姉様にも十分かどうかは誰にもわからない。


「大丈夫です、アルカお嬢様。テリアお嬢様は相変わらずアルカお嬢様を愛していますから。きっとよくやったとおっしゃってくださると思います」


 ロベルがそう慰めてくれた。でも私は首を横に振った。


「いや、それでは意味がないよ」


「なぜですか?」


「私はお姉様に本気で認めてもらうために努力したの。なのにお姉様の寛容に頼るなんて、それは私が望むことじゃないよ。厳正な視線で評価するお姉様に認められなきゃ、私が努力してきた意味がないじゃない」


「……その姿勢は本当に素晴らしいです。しかし、そのように緊張されては実力を発揮できないでしょう」


 うわぁ、的を射るね。


 でもこんなに囲まれて心配されるだけでは、お姉様に認められない。そんな思いでみんなを無理やり追い出した。そして重い足を動かし、練習場の中で待っているお姉様に向かった。


 練習場の真ん中に仁王立ちになっていたお姉様が私を見た。


「遅れたわね」


「……ごめんなさい」


「責めるんじゃないから謝る必要はないわ」


 穏やかな言い方だけれど、肌を刺すような空気が私を萎縮させた。


 緊張した魔力……とかは全然感じられなかった。でも普段のお姉様の、いつも私を安心させてくれた暖かくて優しい魔力も感じられなかった。まるで凍りついた湖の表面のように穏やかで静かな……静かすぎて肌に粟を生ずるほどの静寂だけが私を歓迎した。


「準備は十分できたの?」


「お姉様の前では何をしても十分ではないでしょう」


「別にそうでもないわ」


 今この場にはお姉様と私、そして私たちの知り合いの他にも、小規模ではあるけど見物人たちがいた。別にお姉様と私が何かをするという噂とか出してはいなかったけど、今日第一練習場をお姉様の名前で丸ごと貸し切ったからだろうね。お姉様の活動はアカデミー全域が注目するほどだから。


 しかし見物人なんて全然気にならないほど、私のすべての気はお姉様だけに向けられていた。


「この前おっしゃった条件、もう話してくれますよね?」


「ええ。そのためにここに来たんだから。まず、なぜこの練習場を貸し切ったのかは分かるの?」


「自分の力や成長を証明するための場として練習場を選んだということは……模擬戦ですか?」


「そう。そして私が設定した条件は二つなのよ。模擬戦で貴方が勝つための勝利条件、そして……模擬戦そのものを成立させるための条件」


 私はじっと待っていた。どんな条件でも受け入れる覚悟を持って。


「第一の条件は、貴方の行動の結果が私の体に一度でも届くこと。どんな攻撃でも構わないわよ。いや、攻撃じゃなくてもいいわ。ただ息を吹きかけて私の頬に触れただけで合格よ。それを達成するなら、すぐに貴方の執行部入部を許可するわ」


 ここまでは予想通り。いや、攻撃でもなくが届くという条件は少し悔しかった。しかし、お姉様と私の格差を考えれば納得はできる。


 けれども、その次の言葉は少し予想外だった。


「そして第二、模擬戦を成立させる条件は……私の前で、両足で立っていられること」


「……えっ?」


 最初は理解できなかった。その次は呆れた。そして最後は少し腹が立った。私がお姉様の前に立っていることさえできないと宣言しているようで。


「……お姉様。私を……わざとからかうんですか?」


 私の口から出たというのが信じられないほど刺のある声だった。自分で思った以上に腹が立ったようだ。でもお姉様が冷たく微笑んだ瞬間、私の小さな怒りなど跡形もなく消えた。


 その不気味さの前で、私の怒りはあまりにも小さかった。


「アルカ。私がそんなことで貴方をからかうと思う?」


「でもその条件は……私を無視しすぎじゃないですか」


 勇気を振り絞って反抗してみた。するとお姉様はもっと冷たく微笑んだ。一度も見たことのない笑顔だった。


 その直後、お姉様が予告もなく魔力を爆発させた。


 ――紫光技〈選別者〉


 その瞬間、第一練習場の結界が……戦争さえ耐えられると言われる結界が、完全に破壊された。


 攻撃ではなかった。ただお姉様が魔力を高めた瞬間、広がっていった圧倒的な威圧感だけで結界が壊れてしまったのだ。


 結界さえ壊す威圧感に私が耐えられるはずがなかった。


「はあ、あっ……!?」


 息が詰まる。


 まるで心臓を締められるような圧迫感。吐き気がこみ上げてきたけど、吐くことさえできないほど全身が固まった。私がその場に座り込んだことさえ、お姉様を見上げた後になって気づいた。


「もう一度聞いてみるわよ、アルカ」


 お姉様の声が、響く。


「この私が、くだらない冗談で貴方を無視すると、本当に思う?」


―――――


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