王子の夢

 夢だ。


 意識が明確になった瞬間、反射的にそう判断した。


 頭の中ははっきりしているのに前後の経緯がぼやけていて、何をしていたのかもわからないが、次の行動が自然に出てきた。そしてそんな〝私〟の姿を、数歩離れたところで私が見守っている。正常ではない。


「大変です、ケイン第二王子殿下!」


「簡潔に報告せよ!」


〝私〟に飛び込んできた部下にそのように命令し、慌ただしく四方を見回して声を高めた。まれにも戸惑う〝私〟を冷静な気持ちで観察すること、なかなか新鮮な経験だ。


 その中でも、緊迫した〝私〟と冷静な私がますます分離するような感覚にとらわれた。




 ――これはどういうことだろう?




 四方から何かが壊れたり爆発する音が繰り返し鳴り、時には人の悲鳴も聞こえた。場所はアカデミーだが、空気が普段とは全く違う。何が起こっているかはわからないが、何か不穏なことが起こっていることは明らかだった。


 クソ、こんな中でもあのクソ女は……、……。


 ……しばらく混乱した頭を振って落ち着かせ、まず報告を受けた。


「中央講堂に邪毒獣が出現しました! その影響で現在、敷地のいたるところで魔物が現れています!」


「ちっ、やはりそれか……! 今すぐ王都の永遠騎士団部隊をすべて呼び出し、衛星都市に駐屯している部隊にも連絡せよ! 近衛隊は直ちにアカデミー警備隊と連携して人を守れ!」


「殿下、それでは殿下の護衛が……!」


「二人だけ私の傍に残り、あとは行け! どうせ邪毒獣が現れたら私一人守ることなんか意味がない! 事態を落ち着かせなければ、私たちも孤立して邪毒獣にやられるだけだ!」


「か、かしこまりました!」


 騎士たちは直ちに警備隊と連絡を取って散開した。やはり明確に命令を下せば行動は早い。


 私は一応修練騎士団と合流するようにしようか。




 ――邪毒獣の出現とアカデミー……か。アカデミーの時空亀裂が暴走したのか?




「ジェリア! いるかい!」


「ケイン!? 護衛は……」


「そんなこと言う時間ない!」


 ジェリアの魔力を追って到達したのは空き地だった。どうやら修練騎士団が魔物の一群を討伐した直後のようだ。そこで剣を持ったまま団員たちに命令を下していたジェリアは、私を見て目を丸くした。


「ジェリア、そちらの状況はどう?」


「警備隊と連携して警戒網を構築したぞ。四方から魔物が暴れてはいるが、魔物が出現する区域自体はいくつか決まったところがあるらしい。そちらを塞げば、一旦外に氾濫するのは防げそうだな。邪毒獣は騎士団の本隊が来るまで警備隊の方がなんとか防いでいる」


「あの女は?」


「……そのいやらしい奴が何をしているのかなんかボクは知らぬ。自分に従う奴らを連れて人を救うと言っていたが、何か別の考えがあるようだったぞ」


 それを聞いた瞬間、思わず眉をひそめた。他の人なら知らないが、あの女がそんなことを言ったと思うだけでも吐き気がする。


 だからこそ、あの女が何をしているのか手放すことはできない。




 ――あの女は誰だ? よく知ってる人だと思うけど、思い出せない。




「あの女、どっちに行ったのかい?」


「あっちだぞ。気をつけろ、あっちで爆音が何度か鳴ったんだ。ちっ、ここの状況さえなかったら……」


「私が調べてみるよ」


 体に魔力を循環させててすぐ飛び出した。断続的に飛び出す魔物は護衛騎士たちが始末したが、それよりも途中でめちゃくちゃになった地面や壊れた建物の残骸がもっと気になった。


 適度に力で障害物を取り除きながら走っていると、遠くから人々が集まっている人波を発見した。


「■■■公女!!」


 大声で呼ぶと、人波を指揮していた女性が振り返った。


 いつも何を考えているのかわからない目と、本気とは少しも感じられない唇だけの笑顔。それに過去にジェリアに恥をかかせ、それを利用して今までも修練騎士団を妨害している女性。


 一体何を望んでいるのか、何をしようとしているのかはわからないが、いつも顔を見ただけで気持ち悪い感情がこみ上げてくる。今も警戒心と不快感が喉元まで上がってきたのをやっと我慢した。




 ――変わった夢だね。この〝私〟の心はとてもクラクラするのに、それを冷静極まりない私が観察をしている。どういうことだ?




「あら、ケイン第二王子殿下。どうされましたの」


 ムカムカする。邪毒獣が出現して魔物が現れる状況にあんなにのんびりするなんて。見たところ部下たちが慌ただしく走り回っているようだが、いざ彼女自身はまるでそよ風でも流すような態度だ。


「■■■公女。今の状況はわかりますか?」


「ええ、もちろんですの。邪毒獣が現れて魔物がますます現れているでしょう? それで私も友達と一緒に奔走していますわ」


 全然奔走していないが、少なくとも周りの人を動かしてはいるのだから完全な嘘でもない。そっちの方がもっとムカつくが。


 その時、突然視界の隅で大きな爆発と共に爆音が起こった。一度じゃなくて何度も。炎が上がり、建物の外壁が崩れ、道を塞いだ。


「もう魔物たちが……!」


「ああ、いいえ。あれは私が指示したんですの」


「何をしたんですか!?」


「あの先は魔物発生地の一つですの。そしてあっちの道は今生徒たちが多い中央敷地につながっていますわよ。完全に防いでしまうのが確実ですわね」


「それなら道を守るのが正しいのです! 発生地の近くに落伍した生徒たちがいる可能性もあり、建物内部の問題や戦いの後の……」


「落伍した生徒たちを助けようとして魔物を逃して被害が発生したらどうしますの?」


「……ナニ?」


 一瞬、思わず口がふさがるところだった。反論できないからではなく、あまりにも衝撃的な発言だったから。


 しかし■■■公女はまるで私をあざ笑うように冷笑まで浮かべて言葉を続けた。




 ――……間違った言葉ではないが、それは最終手段に過ぎない。それより■■■公女があんな選択をする人だとは思わなかったが……ふむ?




「効率的で確実な方法を追求されていた殿下が、らしくないように感情的な判断でも下されましたの? もちろん人命は大切で、救えるなら救わなければなりません。しかし、すべての人に執着してより多くの被害を出してしまったら本末転倒ですの」


「それは守る能力が足りない時の話です。今は全然……」


「さぁね。修練騎士団のことが本当に信じられません。今も正直人数が足りないように見えますし」


 その状況を助長した張本人が何の戯言を!!


 思わず拳を握ったが、それを問い詰めている時間はない。すでに論争で時間をかなり浪費したのに、ここでもっと浪費したら本当に大変なことになるかもしれないから。


「……信じられないなら、勝手にしてください。代わりに邪魔はしないでください」


「もちろんですの。貴方もお好きなように」


 憎らしい微笑を後にしてその場を去った。




 ――■■■が誰なのか思い出せないね。どんな人なのか印象ははっきりしているのに、顔と名前だけは思い浮かばない。それにあまりにも違う印象をそれぞれ感じるのが本当におかしいね。




 とりあえず、塞がれてしてしまった区域に落伍者がいるかどうかから確認してみようか。


 側近やジェリアに連絡を入れる一方、魔力を高めながら該当区域に足を運んだ。私に従った護衛騎士たちが私を止めようとしたが、私の意思を止めることができないことにすぐに気づき、私の意思に従ってくれた。


 ……好きなように? は。見るまでもなく邪魔するくせに。


 直ちに今崩した建物も発生地側だけを封鎖するのではなく、周辺に移動する経路の一部を阻んでいた。そうさせておいて、自分の部下たちを動かして生徒たちを救ったと恩着せがましくも言うつもりだろう。


 とりあえずそちらが何をしてきても、こちらはこちらの最善を尽くすだけだ。




 ――この夢の意味はよくわからないが……■■■に対する印象がこんなに違うのは意味がありそうだね。覚えておく。




 ***




「殿下、どうされましたか?」


「大丈夫。気にしないように」


 部下の問いに簡単に答え、わざと頭を軽く振って意識を喚起した。


 あまり疲れたり眠くなったりするわけではないが、朝からずっと微妙に不快な気持ちが消えない。


 何か夢を見たようだが、記憶が少し不明だ。特にある人がとても不快だったようだが、いざその人が誰だったのか全くわからない。


 しかし、大きな事件が起きたということだけは覚えている。周りの人たちの姿から見て、来年か再来年くらいだろうか。邪毒獣が現れるのは大きな災いだが……どうしてそんなことが起こったのかまでは夢に出なかった。


「……」


「殿下?」


「何でもない」


 今日は重要な視察をする日で、詳細事項の検討を今終わらせなければならない。他のことに夢中になっている時間がない。


 しかし……どうしても夢が気になる。


 夢の中の彼女。まるで二人に分かれたようだった私が一方では嫌悪し、一方では警戒しながらも興味を持っていた女性だった。


 ……もしその人はテリア公女だろうか。前者はともかく、後者は私がテリア公女に抱いた印象と完全に一致する。ただ、いくら夢だとしても、そんなに嫌悪感を抱いた理由はわからない。別にテリア公女をそう思ったことはないんだけど。


「夢、か」


 どうしてそんな夢を見たのか、その夢が何を意味するのかはわからない。しかし、単純な夢にしては奇妙なことが気になる。だからといって夢の内容や理由を外から探すこともできないだろうが。


 しかし、念のためアカデミーの時空亀裂やテリア公女のことをもう少し調べる必要はありそうだ。


―――――


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