議論

「あいつがそんなことを言ったと?」


「ええ。視察で私が何か能力を見せるのをほしいみたい」


「ったく、友人も信じない奴め。ああしていつか一度ひどい目に合ってやっとまともな人間になるのかよ」


 ジェリアは舌打ちをしてテーブルに投げつけるように足を上げた。下品な姿にジェフィスが眉をひそめたけれど、首を横に振るだけで別に口を開かなかった。どうせ言っても聞きもしないという考えでもしたのだろう。


 私はこっそり部屋の中を見回した。ひとまずケイン王子が取り出した視察のことを相談しようと用意した席なので、参加者は私とフィリスノヴァ姉弟の他にはロベルとトリアだけだ。不要に公に騒ぐ必要はないと思い、部屋に集まって結界まで展開した。


「視察の時に戦いになったりするの?」


「戦いぐらいだけならよかったな。あいつ、あらゆる変な所に頭を突きつけるぞ。危険なスラム街くらいは基本で、いきなり犯罪組織のアジトに攻め込んだり、さらには安息領と正面から向き合ったこともあったな。視察と言っても事実、事前調査を終えて攻め込んで終わらせるものだぞ。それ自体が間違っているわけではないが、そのたびに王子という奴が直接行くのはちょっとアレなんだ」


「それはそうね」


 思わず苦笑いが出てしまった。


 ケイン王子の視察はゲームにもあった設定ではあるけれど、文字通り〝そんなことがあった〟と設定だけが言及される程度に過ぎず、具体的に何をしたのかは出てこなかった。大人しく見回して終わるとは思わなかったけれど、まさかあんなにアグレッシブだなんて。


【あんなことが前例として残っているなら、今回も何か情報を得て動くと見るのが正しいわね】


[そうね。能力を試すようなことが起こるのか疑ったけれど、これはむしろ何も起こらない可能性が低いと思うわよ]


 どうやらどんなことでも発生するという前提で考えるべきようだね。


「今回の視察ルートはどこなの? 貴方やジェフィスに聞けって言われたけど」


「ルート? どこだったっけ……え、その、西部郊外だったっけ?」


「この前聞いたんですが、もう忘れてしまいましたか?」


「どうせ当日の動線はケインが主導するだろ? 覚えなくても変わることもないのに、あえてボクの脳のリソースを使うのはもったいないぞ」


「まったく」


 ジェリアの言葉にジェフィスはため息をつき、胸から紙を取り出した。テーブルの上に広がったのを見ると、王都全体が描かれた地図だった。西部外郭地域を中心にあちこちに線が描かれているのが見えた。


 地図に描かれた経路を見ていた私は思わず眉をひそめた。


「……これ、王都・・視察ですの?」


「やはりそう言うと思いました」


「ふむ? 何だ?」


 ジェフィスは私の言葉に苦笑いし、ジェリアはあくびをして地図を見るために姿勢を正した。そしてジェリアも地図をまともに見るやいなや私のように眉をひそめた。


「何だこれ。王都の外に出るじゃないか」


 ジェリアの言う通りだった。


 王都視察という名前が色あせるほど、王都西部外郭から出発するやいなや外に出てしまうルートだった。むしろ王都の西側にある山と、その山を挟んで半分隠れている小さな村こそ本命のようだ。


 もともといつもこういう感じかしら? と思ったけれど、ジェリアの態度を見るとそれも違うようだ。


「普段もこんな感じだったの?」


「いや。王都も外に出るのはよくあることだが、最初から外だけ歩き回るこんなルートは初めてだぞ。それに行く地域もすごく狭い。これでは視察ではなく、あの村を襲うのが目的みたいだな」


「視察の時、安息領にぶつかったこともあるって言ってたよね?」


「そうだな。……まさかあの村が安息領と関連があるのか?」


 あの村が安息領と関連があるのは事実だ。いや、関連がある程度を越えて、王都から一番近い安息領アジトがあの村にある。


 ただ……あの村、ゲームではしばらく放置された状態だった。


 ゲームであの村のアジトは何十年も放置された場所だった。主人公たちもただ資料を得るために捜索しただけだった。せいぜいホコリだらけのアジトを探したけれど、実際に得たものがあまりなくて気が抜けるところだった。


 ケイン王子がもしそのアジトを狙うのなら……ひとまず数十年放置された場所の手がかりをどのように得たのかも問題であり、そのような場所をあえて視察という名目で急襲する理由がわからない。


「ジェフィス。ルートをこのように設定した理由は知っていますの?」


「直接言われたものはありません。しかし、ある程度見当はつきます。もし最近王都で安息領が出たという話は聞きましたか?」


「一年ほど前から雑兵がたまに現れるという話は聞きましたわ。小規模である上、すぐ逮捕されたそうですけれど、最近王都で起きている不穏な事件に関わっているのではないかと疑われるそうですの」


「さすがオステノヴァ公爵令嬢ですね。すでに情報を把握しているなんて」


 最近になって王都郊外や貧民街など、治安が不安な地域で人が失踪する事件が数件発生した。他にも魔道具が盗まれたりする些細なことが起きたり。失踪事件以外は事件自体は小さいけれど、犯人が捕まらない状態で密かに頻繁に発生していると聞いた。


 まだ安息領とどのような関連があるかは明らかになっていないけれど、その事件に安息領が関与した可能性が予想されている。


 私がそう思っている間、ジェフィスは真剣な顔で話し続けた。


「実は昨日、失踪事件の一件が安息領の仕業と確認されたという殿下の方の報告がありました。他の事件もすぐ結論が出ると思います。そして……」


 ジェフィスはしばらく言葉を切り、さっきの村と王都の間の地点を指差した。


「この地点で王都に向かって移動中だった安息領の者を一人逮捕しました。聞いたところによると、あの村の特産品を持っていたそうです。その報告以降に村の邪毒濃度を調べたところ、例年より著しく濃度が増加したそうです」


 え? ということは安息領がその村で活動している可能性があるってこと?


 もしそうなら、捨てられたアジトをまた活用しているかもしれないね。なぜそうなったのかはわからないけれど、もし私のせいで計画が無駄になったピエリがアジトに雑兵を集めて何かをしようとしているのかもしれない。


 頭が痛いけれど、そもそもゲーム記憶をもとに未来を変えれば、きっと歪む部分もあるだろう。覚悟はとっくにしておいた。


 ジェリアも真剣な顔で意見を出した。


「その程度なら確実に可能性はあるだろう。そういえば、今回は護衛の規模がかなり大きかったな。最初から安息領と戦うことを想定したのか?」


「護衛の規模はどうなの?」


「永遠騎士団から百人隊を二隊連れて行くと聞いたぞ。普段なら十人隊五隊くらいだったんだ」


「百人隊二隊? それはひどすぎじゃない?」


 騎士団百人隊の二隊なら騎士が二百人だけど?


 少し驚いた。一般の平騎士は私よりはるかに弱いけれど、よく見られる下級魔物ぐらいは十匹が一度に飛びかかっても簡単に討伐できる戦力だ。人間同士で比較しても同じだ。他国の一般兵士十人を平騎士一人が相手にしてもお釣りがくるほどだ。


 ジェリアが言ったいつもの十人隊五隊も視察護衛目的では過剰戦力だけれど、王子という身分を勘案すればギリギリオッケーと言える。しかし、百人隊二隊はそのまま男爵領を征服するほどの戦力。当然、過剰戦力だ。


 ジェリアも私の言葉に頷いて言葉を加えた。


「やはりそうだな? 前と比べるとかなり規模が大きいぞ。今度は本当に決心して何かをしようとしているようだが」


「あるいはテリアを警戒しているのかもしれません」


 ジェフィスの言葉だ。


 私の後ろにいたロベルはそれを聞いてビクッとしたけれど、私は率直に言って一理あると思う。


 ケイン王子は私の全力が正確にどの程度かはわからない。でもとにかく強いことは知っている。そんな私を視察に連れて行くから、できるだけ警戒はしておきたいのだろう。ジェリアやジェフィスもいるけど、ケイン王子としては追加の保険をかけておきたいと思うはずだ。


 ジェリアもそう考えたように頷いた。


「多分そういう考えもあるだろ。ボクが思うに半々くらい? テリアに対する備えもあるだろうし、今回の視察自体に兵力が普段よりもっと必要なものもあるだろう」


「何かニオイを嗅いだかもしれないわね」


「多分な。あいつもボクとジェフィスにすべての情報を共有するわけじゃないから詳しいことはわからないが、ジェフィスの話を聞いてみると確かに何か尻尾を掴んだような気がするぞ」


 不穏な事件、安息領の出没、そしてコネクションが疑われる村……掘り起こしやすいイシューだ。ゲームで安息領は少なくとも王都でこの時期に大きな動きを見せなかったけれど、今はすでにゲームとは多くのことが違う。


【ディオスに近づいたのもそうだし、ピエリが水面下で動いている可能性もあるのでは?】


[多分ね。最近の事件に安息領がどのくらい関係しているかはまだわからないけれど、もしあればピエリが関係があるはずよ。だからといって尻尾を簡単につかまえられるはずはないけどね]


【いっそこの機会にあのアジトを壊した方がいいかもしれないわね】


[そうね。放置しておけばいつか何とか使ってしまう可能性があるから]


 そのような感じでイシリンと対話しながら考えを整理していると、私をじっと眺めていたジェリアが声をかけてきた。


「何をそう思っているのか?」


「えっ? あ、まぁ……どんなことがあるのかしらって思って。一応王都で事件が起きていたら放っておくわけにはいかないじゃない。父上に調査をお願いするかもしれないし」


「オステノヴァ公爵閣下が直接乗り出してくれるなら頼もしいぞ。現公爵閣下は特にいろいろとすごい御方だからな」


 まぁ、うちの父上は確かにすごい御方よ。


 それにしても、急に遠回しに言う感じがするんだけど。


 ジェリアも自覚はあるらしく、眉をひそめながら視線をそらした。そのまま口の中で何か呟きながら考えを整理しているようだった。でもその時間はそれほど長くなく、すぐに私を振り返って口を開いた。


「少し聞きたいことがあるぞ。大丈夫か?」


―――――


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