疑い

 大きな声が会場全体に響き、叫び声が爆発した方に視線が集中した。


 人波に遮られて姿はよく見えなかったけれど、声だけでも誰なのかわかった。普段より鋭くて強かったけど、明らかにリディアの声だった。その時になってやっよリディアが私の近くにいないことに気づいた。


 リディアがあんなに大声を出したというのは……まさか。


 会場内の気温が上がった感じまでして、私は急いでそちらに向かった。無礼を冒して人々をかき分けて進むと、リディアは予想通り怒っていた。


 いつの間にかここまで一人で来ていたかはともかく、ひとまずリディアを落ち着かせるのが優先だ。そのためにも状況を把握すべきだけど……相手を見た瞬間、私は思わず眉をひそめてしまった。


「ふざけないでって、言い過ぎですね。僕が何か変なことでも言いましたか?」


「全部嘘ばっかりじゃない!!」


 リディアの怒声にもかかわらず嘲笑を見せる者は……ドロイだった。


 ディオスの連中のうち、三年前に情報を漏らした者は犯した過ちの一部を隠してあげた。一種の司法取引だ。もちろん表面化をさせていないだけで、調査結果と証拠は依然として持っており、その気になれば直ちに全て表面化させることもできる。


 三年前の決闘以後、ディオスの傍を離れた人は半分ほど。ドロイはディオスの傍に残った半分の一人だ。それでもしばらくは大人しくしていたけれど、今回噂を広めることに加担したのだろう。


「嘘とは、憶測はおやめください。僕は事実に基づいていくつかの推測・・を話しただけです。その推測・・が事実だと主張したことは一度もありません。たとえ憶測だとしても、確認された事実に基づいて疑惑を投げかける程度は僕の自由です」


「ふざけないで! 嘘で煽ってたじゃない!」


「繰り返しますが、僕が言ったのはあくまで確認された事実とそれに基づく推測だけです。本当に信じられないなら、今一度真偽を照らし合わせてみましょうか?」


 彼はまるでこれ見よがしに手を上げて数を一つ一つかぞえ始めた。


「第一、オステノヴァ公女が高位貴族の子たちを抱き込んでいる。実際にこの場に招待された四大公爵家の末裔のうち、ディオス様を除く全員がオステノヴァ公女の派閥です。第二、オステノヴァ公女が修練騎士団で急速に勢力を広げている。実際に入学するやいなや執行部に入り、今は修練騎士団内でも人たちをたくさん指揮しています。噂によると、次の執行部長候補ですよね?」


 聞いていた私は思わず笑ってしまった。


 よく包装するわね。厳密に言えば間違いではないけれど、だからといって事実をそのまま描写したというにも微妙だ。


 一つ目は〝抱き込み〟と〝派閥〟という単語を通じてあたかも私が悪い考えを抱いて高位貴族を抱き込み、勢力を作るように包装した。


 一応派閥のような形になったことは否定しない。でも実際には高位貴族より平民や男爵系のような方の生徒が圧倒的に多い。その上、私と親しくない生徒たちでも交流したり助ける場合が多く、排他的な派閥でもない。


 いや、実は中を覗いてみれば派閥と言えるものでもない。私たちは利害関係や目的によって何かを図るわけでもなく、他の派閥と反目したり競争したりするわけでもないから。むしろ私と親しい子たちの中には、真の意味で他の派閥に属した子たちがとても多い。派閥を越えてみんなと親しくなれると喜んでいた子もいた。


 ……もちろん、四大公爵家の三家の令嬢たちが団結したこと自体は相当なことだけどね。


 二つ目は、私の提案が結果的に受け入れられ、それに応じて動いた生徒が多いだけだ。私が直接命令を下したことはない。執行部長候補って言われるのは事実だけど、実際には実力があると思ったらひとまずつけられる称号だ。そんな〝候補〟は私以外にも二十人はいる。


 ところが、それを〝指揮〟と結ぶと、まるで私が執行部を掌握して次期部長の座を狙うようになった。


 バカげている。でも知らない人が聞くと誤解される表現だ。なかなかだね。


「第三、三年前の決闘ですよ。アルケンノヴァ内でも最も基盤が弱かったリディア様に付くことで、事実上リディア様の基盤を支える形になりましたよね? もしそのままリディア様が公爵位を引き継いだり、あるいは公爵家内のある位置を占めることになれば、その場はオステノヴァ公爵家の影響力が届くと言っても過言ではありません」


「テリアはそんなことしないわよ!」


「それはわかりません。何の魂胆を持っているのか。とにかく高位貴族と派閥を作り、修練騎士団内でも勢力を広げており、リディア様を通じてアルケンノヴァに介入する余地を開いています。ここまで来たら、次世代を掌握して一大勢力を作ろうとしているという疑いくらいは十分にできるのではないでしょうか?」


「とんでもないことよ!」


 リディアは怒って否定したけれど、残念ながらただ言い張るだけだった。論理がない。ああしたらやらない方がマシなのに。


 直接乗り出して論破しようかと思ったけれど、私が割り込む前に先に歩いてくる人がいた。


「そんなに声だけ高めて言い張っても、事実が消えるわけではないぜ」


 声を聞いただけで気持ち悪くなる、卑劣な声。ディオスだ。


 彼は以前のようにリディアをあざ笑って現れ、ドロイの傍に立った。リディアは彼を睨みつけたけれど、彼はまるでそよ風が吹いているかのように余裕だった。


「しかも今年はケイン王子殿下とジェフィス公子がアカデミーに現れるやいなや接近までしたな。何を狙っているのかは俺の知ったことではないが、これくらいなら今後が心配になるしかないぜ」


「は! 継承権を失いそうだから、そんな戯言でテリアをけなしてテリアにやられたことを取り戻そうとしているの? 思うのが全ッ然変わらないわね!?」


「お前みたいなバカは理解する必要もないぜ。ゴミはゴミらしく……」


「敗者のくせに舌が長いわね!!」


「くっ!?」


 ブフッ!!


 こらえきれず吹き出してしまった。かろうじて口を塞いで隠したけれど、近くにいた人々が私を見て首をかしげた。


 あ、ウケる。ディオスはバカかしら? うまくいっていて、変なところで足を引っ張られるね。負けたくせに、訳もなくリディアをけなそうとするからあんな目に遭うのよ。


 しかもリディアの攻撃はまだ終わっていない。


「一度勝ったからといって大喜びするのは。そんな偶然なんざ、もうない……」


「あっそう? そんなに自信があれば今すぐ戦おうよ。この三年間、リディアとぶつかることはすべて避けていた敗者がよくも戦えるわね、はあぁ? その時もちゃんと修練した時間があまりなかったリディアに負けたのに、今さら勝てると思うの? 自信があればかかってこいよ、このクズヤロウが!」


「おのれ……!」


 わぁ、リディア。容赦なく追い詰めるね。


 その上、以前はディオスの前でそんなに小さくなったのが嘘のように堂々としていた。しかも躊躇なく敗者と言った。昔の姿は影も見えないのがいいわね。


 しかし、ディオスもわずか一つで沈没するほど弱くはなかった。


「ふん、確かに俺は三年前負けた。しかし、俺がお前一人に負けたわけではないだろう?」


「何の……」


「さっきも出た話だが、その時オステノヴァ公女がお前に肩入れしたな。お前は自ら努力して勝ったのではなく、オステノヴァ公女に甘えただけだぜ。そのことでお前はオステノヴァ公女に借りがあるし」


「それはどうしたの?」


「やはり愚か者なのは相変わらずだぜ。お前はそれ以来一度も継承権争いに参戦したことがなかったな。しかし、争いに参加しなくても、放棄を公言しなければ周りは依然として候補として見るぜ。むしろ基盤のないくせに立場は曖昧に放置し、それで借りがある公女とは付きまとう…….こうすればお前がオステノヴァ公女の傀儡だと思う人も出てくるものだぜ」


「そ、それは一体……!」


 リディアは反論しようとしたけれど、自分にも一理あると思ったのか、言葉が出なかった。


 そんな疑いがあるのも無理はない。実際、リディアはディオスを破ったことで家柄内の立場が急激に変わった。でも本人が明確に明らかにした立場はディオスを次期公爵と認めないということだけ。それに、勢力基盤を固めることもないのに私にずっとつきまとっているから、外から見ると攻撃しやすい口実ではある。


 まぁ……実は知っていたけどね。


 最近、アルケンノヴァの内部でリディアの去就や私との関係性について疑問を示す声が出ているのは知っていた。そのような疑問を最初に提起したのはディオスの一派だったけれど、他の勢力でもそれに同調する人がいた。正直、私が考えてもそんな疑問が出るに値するし。


 ……そろそろ見物をやめる時だね。


 私は戸惑うリディアの傍に近づき、口を開いた。


―――――


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