真実の敷居

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか? お願いします!」


「へ? はい、ダメなことはないですよね。テリア・マイティ・オステノヴァと申しますわ」


「そうですか、オス……へ? オステノヴァ……?」


 自然に手を差し伸べたけど、ネスティは私の手を握ってくれなかった。ただ呆然とした顔で私を見つめるだけだった。


 ……あ、間違えた。これはきっと面倒になるはずなのに。


 頭の片隅でそのような考えがふと浮かんだのと、ネスティがものすごく勢いで叫んだのはほぼ同時だった。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? お、おお、おおお、オステノヴァって、あのオステノヴァですか!?」


「ええ、まぁ。〝あの〟オステノヴァってどういう意味か分かりませんが、私の知る限りではこの国に我が家以外にオステノヴァはありませんよね」


「あ、ああ、うええぇ……」


 しばらく変なうめき声を上げていたネスティは、突然リディアの肩をぎゅっと握った。突然の行動にリディアがびっくりしたけれど続いて爆発した大声がさらに驚かせた。


「お嬢様!! 何をしたんですか!!!」


「え、うん!? 何が?」


「オステノヴァって、あの恐ろしい家柄じゃないですか! 収賄の証拠からベッドの下に隠したエロいおもちゃまで知らないことがなく、逆らった瞬間誰も知らないうちに存在までなくしてしまう謀略の大家!!」


「いったいうちの家柄にどんなイメージを持っているんですの!?」


「ひぃっ!!」


 あんなイメージがあったの!? 私も初耳なのに!!


 ……しまった、驚きすぎて呆れてつい大声を出してしまった。いや、でも本当にあんなイメージはどこから始まったの?


「はぁ……本当に呆れますわね。それより本当にそういう家柄だったら、今の行動も無礼だと何かやってしまいそうじゃないですの」


「もうしわけありません! 私はどうなってもいいので、どうかお嬢様だけは……!」


「そんなことしないからもうやめなさいよ!!」


 会話だけで私を疲れさせるなんて。このネスティって子、実は恐ろしい才能があるわね。私は頭が痛くなって思わず額に手を当ててしまった。


 それより我が家が情報収集や戦略戦術、政治などに長けた家柄ではあるけど、まさかあんなイメージがあるとは思わなかった。これは対外的なイメージをもう一度点検してみようと父上に提案しないと。


【でもできるじゃない?】


[できるからといって必ずしなきゃならないわけではないじゃない]


【そうだね。必要な時にできることが重要なのよ】


 イシリンの奴、痛いところをつくね。


 ……そんな感じでしばらく内外でコントをしてしまったけど、ネスティはすぐ落ち着いて再び姿勢を正した。そしてまた頭を下げた。


「恥ずかしい姿をお見せして申し訳ありません。そして、もう一度ありがとうございます。私を助けてくださって……お嬢様を助けてくださって本当にありがとうございます。オステノヴァ公爵家のお嬢様のために私にできることはありませんが、必要でしたら何でもおっしゃってください」


「さっきも言いましたけど、そんなに大げさに言うことじゃありません。私はただ悲しんでいる友達を助けたかっただけですからね。私が勝手にしたことなので、あまり気にしないでください」


「友達……」


 ネスティはぼんやりとそう呟いた。すると突然彼女の目から太い涙がポタポタと流れ落ちた。リディアはおびえて身を差し出した。


「ネスティ!? 大丈夫? どこか痛いの?」


「あ、いえ。その……」


 リディアは可愛いレースのついたハンカチを取り出してネスティの涙を拭いた。それだけでなく、絶えずネスティの状態を尋ねながら配慮する姿は、どこか心配事が多い姉のようだった。


 小さな体格と小心な性格のためにいつも子供のようで目立たないけれど、リディアは厳然と私より一つ年上のお姉さんだ。そう考えると、やっぱりこんなに優しいリディアをめちゃくちゃに踏みにじったディオスに腹が立つ。


 ゲームでは……まぁ、ちょっと変わったところはあったけど……根本は優しい子だった。どうかこの現実ではその人柄を守れるように。


 一方、ネスティは依然として涙を流しながら言った。


「一生友達が出来なさそうだったお嬢様を友達ってお呼びになる御方がいるなんて、本当に嬉しいです」


「ネスティ!」


 リディアの顔が赤くなった。ネスティは爆笑した。


 ゲームでは結局叶わなかった姿だと思うと嬉しかったけれど、実は私があげられるものはまだある。


[ロベル、トリア。準備はできたの?]


 個別行動に入った二人に思念通信を送るとすぐ返事が返ってきた。


[はい、すべて終わりました。幸い、みんな協力的です]


[今から始まるんですか?]


[うん。どう? たくさん参加してくれると思う?]


[員数がかなりあります。一ヶ所に集めますか? 執事のハベロさんも手伝ってくれることにしたので、場所も適当に手配してくれると思います]


[ハベロさんの話では第一応接室が適当だそうです]


 第一応接室か。さっき行った所とは違う場所だろう。


 トリアはハベロさんから聞いたルートを教えてくれた。邸宅の構造がそれほど複雑ではないためか、距離に比べて道は簡単だった。


[ありがとう。今すぐ人を集めてほしいと伝えてね]


[お嬢様の仰せのままに]


 通信を終えた私はずっと抱き合って喜ぶ二人に話した。


「リディアさん。貴方とネスティへのプレゼントがありますの」


「プレゼント……ですの?」


「もう一生返しても足りない恩恵を与えてくださったのに、また何を与えようとされるのですか?」


「見れば分かりますわよ。これをプレゼントと言えるのかは少し微妙ですけど……二人にとって道しるべになれたらいいと思いますの。特にリディアさんには大きいに役立つと思いますわよ」


 多分気分は悪くなると思うけど、今からでもこれを話さないといざ真実を知った時にもっと不愉快になるから。それに今知っておけば決闘でも役に立つだろうし。


 二人は誰が先と言うまでもなく頷いた。


「テリアさんがくれるものなら何でも喜びますの」


「恩人の恩なら疑う理由はありません。正直に言いますと、借金が増えるようでちょっと負担になりますが」


「えっ!? 借金増えちゃうの!? 今も全部返せないのに……」


「だからといって好意を拒否するのもちょっと負担ですよね」


「えっ、どうしよう? リディアが持っているものを全部売ったら……」


「はいはい、コントやめて起きなさい」


 一緒に慌てる姿が正直ちょっと可愛かったけれど、ゆっくり見ていたらいじめるのが好きな悪い人になりそうだ。


 二人を起こした私は先頭に立とう……としたけれど、主人でもない私が先頭に立つのも変な感じがしてやめた。しかも長い間ベッドで過ごしたネスティは服も着替えないといけないし。


 結局、着替えが終わった後、リディアに目的地を伝えると彼女は快く案内役を引き受けた。


「第一応接室はこちらです」


 案内を受けて到着した所は、さっきリディアに会った所よりはるかに大きな応接の間だった。装飾もより本格的で、いろいろな面で接待しやすい場所だという感じがする部屋だった。一方では無駄に高いものだけを詰めたわけではないので負担も感じなかった。


 実際、装飾より大きな違いは部屋の広さだった。ほぼ二者面談用のようだったそことは異なり、第一応接室は多くの国の使節団を一度に連れてきても余裕があるほど大きかった。全部片付けて机だけ入れれば、そのまま大規模な教室として使ってもいいのだろう。


 そんな第一応接室にアルケンノヴァの使用人たちが集まっていた。


「この人たちは……」


「お嬢様、出てきてはいけません」


 ネスティはリディアをかばって前に出た。表情だけ見ても分かるほど警戒心がいっぱいだった。まぁ、それも仕方がないだろう。


 ディオスが本邸の使用人を掌握した――それはすなわち、本邸の使用人たちはほとんどディオスの命令に従ったという意味だから。


 使用人の先頭に立っていた執事さんが一歩前に出た。


「ようこそお越し下さいました、お嬢様。もしこの魔道具をご存知ですか?」


 執事さんが差し出したのは小さなメダルに宝石が刺さった魔道具だった。リディアはネスティの肩越しにそれを見てから首を横に振った。


「いいえ、分かりません」


「そうなんですか。ネスティ、君は?」


「なぜそんなことを聞くのですか?」


「大事なことだ。素直に答えなさい」


 ネスティは不満そうだったけれど、叔父の言葉を拒否しなかった。そもそも執事さんはディオスに表立って反抗しなかったとしても、彼の味方ではなかったはずだから他の使用人ほど憎まないだろう。


「……よく分かりませんが、以前ディオス様が何度か着用されたのは見たことがあります」


「確かか?」


「私、体調は悪かったけど頭は大丈夫なんですよ」


「倒れる前にも見たか?」


「いいえ。ただ……私が倒れてリディアお嬢様がいらっしゃった時もつけていたのは覚えています。ところで、それはなんで聞くのですか?」


 執事さんはネスティの質問には答えずにその魔道具を私に与えた。


「ネスティ、もし今から私が見せるものを見たことがあるなら、すぐに話してくださいね」


 私は譲り受けた魔道具に魔力を注入した。すると中央の宝石から光が出るかと思ったら、瞬く間に邪毒が流れ出て私の腕に絡まってきた。ロベルとトリア、そして執事さんを除いたみんなが息を呑んだり短く悲鳴を上げた。


「ご心配なく。私は浄化能力者なので、この程度の邪毒は平気ですの。まぁ、そうでなくても別に問題はなかったと思いますけれど」


「えっ? それはどういう……」


「それよりネスティ、これは見たことないですの?」


「はいっ? あ、いいえ。ディオス様がそんな邪毒に絡まったのは見たことがありません」


 答えを確認した私はすぐに魔力の流れを変えた。


 だから、これをこんな風に……魔道具に規定量以上の魔力を無理やり入れたら……。


 魔道具の許容量を無視して魔力を注入し続けると、すぐに耐えられなかった魔道具から邪毒が強く噴き出した。まるで墨の塊を発射するような姿だった。わざと魔道具を壁の方に向けたので被害はなかった。でも器物に邪毒が残るのもいいわけではないから浄化はしておかないと。


 一方、ネスティはしばらく眉をひそめ、少し後で声を上げた。


「あーー! それ! 見たことあります! 私が倒れる時……!」


「え!? 本当!?」


「はい! あの邪毒の塊が私のところに飛んできました!」


 下ごしらえはできたのね。


 確認を終えた私は少し不愉快な気持ちで使用人たちを睨み付けた。すると彼らの何人かがビクッと肩を震わせ、すぐ前に出てその場にひざまずいた。


「申し訳ございません、リディアお嬢様!」


「えっ?」


 状況を理解できなかったリディアに青天の霹靂のような言葉が落ちた。


「ネスティが倒れた日……あれを使った人は……ディオス様でした……!」


「……え?」


 最初は、特に平気なように見えた。


 しかし、それはただ耳にした言葉を頭がまだ受け入れていないに過ぎなかった。あっけに取られた顔からだんだん表情が消え、暖かかった眼差しは急激に冷めてしまった。


 ネスティをそっと押しのけて前に出たリディアから、今まで感じられなかった感情が感じられた。


「イマ、ナニヲ、イイマシタノ?」


 その声は今まで以上に冷たかった。


―――――


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