開花直前

 リディアの魔力は私の想像以上だった。もちろんいい意味で。結界を適切に行わなかったら大きな事故が起きる危険はあったけど、逆に言えば事故を起こすほど強力だという意味でもあった。


 一応魔力量さえ支えれば、技の火力や戦闘持続力も、身体強化能力とかも相手を圧倒することができる。少し大げさに言うと結局魔力量が全部なんだ。その代表的な事例がアルカだ。


 まぁ、そもそもリディアの魔力量がディオスより優れているということはゲームの記憶として知っていた。ただ、今のリディアがそれをどれだけ引き出すことができるかを確認する兼、リディア本人が自分の魔力レベルを他者と比較できるようにすることが目的だった。


 もちろん、だからといってリディアがすぐに自信を取り戻すわけではない。


「これも一度使ってみますの?」


 リディアのスーツケースを持ち上げて尋ねた。彼女は私がこれを持っていることに驚いたようだったけど、すぐに目を伏せて首を横に振った。


「それは……失敗作です。ま、魔力量とは関係ありません」


 やっぱりそう出るのよね。まぁ、正直期待はしなかった。


 その代わり、私は〈魔装作成〉で魔力剣を一本作った。


「いいですわよ、じゃあ今持っている練習用の剣をそのまま使いましょう。今度はこの前のように手合わせ形式でします。積極的に攻撃をしてみることに」


「えっ、そ、それは……」


「しきりに萎縮しないください。自分の魔力が強いということは分かりやすく見せてくれたでしょ? しきりにそうしたら私本当に怒りますわよ?」


「あ、あうぅ……」


 泣きべそをかいても手加減はしない。


 リディアの甘やかしをすべて受け入れたら一ヵ月どころか、一年かかってもディオスに勝てない。ここではちょっと強圧的にでも推し進めて早く適応させるべきだ。


 ……そんな考えをしていると、後ろから何か暗い気がモクモクと立ちのぼった。


「ううぅ……リディアお姉さんだけ……リディアお姉さんだけ……」


 振り返ってみると、アルカは頬を膨らませながら呟いていた。隣ではロベルが苦笑いばかりした。見物だけしないで何とかしてみて……と言いたいけど、ロベルには無理だろう。


「アルカ? どうしたの?」


「お姉様をリディアお姉さんに奪われました……」


「ひえっ!?」


 アルカが呪いのような声で吐き出すと、リディアはびっくりした。しまった、ここで気分がダウンすると支障が出るのに。


「あの、アルカ……」


「補習もまだなのに……お姉様と一緒にいようと編入したのに……リディアお姉さんだけ……」


「ご、ごごご、ごめんなさい! リディアは、リディアが……」


 アルカの追加打にリディアはますます泣きべそになった。これ早く収拾しないと。


 しかし、私が前にアルカの気配が先に変わった。


「えっ? あ、いや、だから……」


 アルカは突然慌てていた。その視線は泣きべそになったリディアの顔に向いていた。


「ち、違います! リディアお姉さんのせいじゃなくて、あの……」


 そういえば、アルカはこんな子だった。


 私が苦笑いする中で、ずっと途方に暮れていたアルカはリディアに駆けつけて抱きしめた。


「ごめんなさい! リディアお姉さんが嫌いなわけではありません! 私はリディアお姉さんも好きです!」


「あ、あうぅ……」


 アルカは恨めしい視線を私に向けた。いや、なすりつけないで妹よ。


 しかし、私の本音を知るはずのないアルカはフンとして、突然変な宣言をした。


「こうなった以上、リディアお姉さんを奪います! お姉様に復讐します!」


「えっと……じゃあ、代わりに手合わせする?」


「ふんです! どんどんやります!」


 ……まぁ、とにかく目的だけ遂げればいいのよ。うん。


 手合わせはアルカに任せて、私はロベルに手招きした。


「お呼びですか?」


「ハンスさんにお願いしたいことがあるの。伝えてくれる?」


「何でもお嬢様の御心のままに」


「アルケンノヴァ家の内部について調査が必要なの」


「アルケンノヴァ家と戦うつもりですか?」


「え? ああ、そういうことじゃないわよ。だから、何と言うか……使用人の間にあったこととか、現公爵閣下の子供たちの間で起こったこととか? 端的に言うと、リディアやリディアの周りの人たちが何を経験したのかが必要なのよ。何か起こったことがあるのなら証拠も」


「ああ、そうだったんですか。分かりました。すぐにお伝えしましょう。ところで僕は行かなくてもいいですか?」


 ロベルはかなりやる気があるようだった。でも私は首を横に振った。


 彼の『虚像満開』は潜入や調査にも活用度が高い能力ではあるけど、いざロベル自身がまだ幼い。


 いくら優れた特性と才能を持っていても、公爵家の邸宅を調べるのは難しすぎる。商人やその他の訪問者に偽装するにはやっぱり年齢が問題だし。


 大まかに要約してそのような趣旨を伝えると、ロベルは簡単に納得した。大体この程度だけ指示しておけば準備は十分だろう。


 一方、リディアとアルカの手合わせは意外と上手くいっていた。


「やあっ!」


 アルカが可愛い気合と共に振り回した一撃をリディアは慌てて避けた。しかし逃げ続けるのに忙しかった前回とは違って、今度は隙を狙って剣を振り回した。動作は少し不器用で迷いが感じられたけど、スピードと威力だけは十分脅威的だった。


 アルカが攻撃するとリディアが避ける。反撃を避けたり防いだアルカが再び攻撃。このような流れが繰り返され、破壊力の余波で周りがめちゃくちゃになった。


「お二人とも動作が少しぎこちないのですが、お二人の中ではリディアお嬢様の方が状態がいいです」


「メンタルさえ何とかすればもっと良くなるはずよ」


「そのために調査をしようとしているのですか?」


「まぁそうよね」


 まだリディア本人の口で聞いてはいない。でも事前に調べて悪いことはない。ターゲットをぴったり指定して調査をお願いしたわけでもないから、万が一バレてもごまかすのは難しくない。


 それにしても、このまま勢いに乗ってリディアが積極的に臨むといいのだけど……。


 


 ***


 


「お疲れ様でした。アルカ、貴方もお疲れ様」


「うぅ……何か負けたような気分です」


「ふふ、でもだいたい貴方が優勢だったもの。よくやったわ」


 戦闘術の授業時間が終わり、ヘトヘトになった二人に水を渡した。二人とも疲れてはいたけど、特にアルカの方がひどい感じだった。


 手合わせ自体はアルカがもう少し優勢だった。しかし、リディアはアルカの強力な攻撃も巧みに流した反面、アルカはリディアの強力な反撃を力で防ぐのに汲々とした。


 その上、リディアは特性を完全に使っていなくても、その力の片鱗が混ざっただけでも大きな破壊力を発揮した。まだ技巧が足りないアルカにはいろいろと手に余るだろう。


「リディアさん、すごかったです。もうそろそろ力を引き出すことに慣れているようですよね?」


「わ、分かりません」


「今はそうでしょう。やっていくうちにだんだん慣れてくると思いますの」


 まぁ、そもそもリディアの主な武器は剣ではないから。それでも剣でも着実に成長しているのだから、すべてのくびきから脱してまともに能力を発揮できれば、ディオスなんて敵ではない。


 決闘の日までそこまで行けるかは分からないけど……。


「あの……テリアさん」


「はい、どうしたんですの?」


 リディアは私の裾をそっと引っ張った。どうやらついて来いという意味のようだった。意外なのね、リディアが先にこのようにするなんて。


 私はロベルとアルカに手招きしてリディアに従って行った。


 リディアが私を連れて行ったのは練習場の隅だった。授業が終わって生徒たちが抜け出したので、その近くには人がいなかった。


 リディアは周りに人がいないかもう一度確認した。そして確かにいないことを確認した後、胸をなで下ろした。それからいつもと違って真剣な目で私を見上げた。


「テリアさん、あの……料理の授業の時に言ったこと……覚えていますの?」


「もちろんですわよ。どんな話なのかは分かりませんが、全部覚えていますわ」


「り、リディアが……話せないって……言ったことです」


 もう話してあげようとしてるのかしら?


 少しだけど心から驚いた。私の顔を見てそんな気配を読んだのか、リディアは恥ずかしそうに笑いながら言った。


「リディアは……リディアも知らないことが多かったです。リディアはできないと、リディアはやってみてもダメだと……リディアも、他者たちもそう言いました」


 そう言いながらも、リディアの顔は全く暗くなかった。こんな話をする時はいつも表情が良くなかったのに。その事実だけでも大きな発展というか。


「でもテリアさんは……違うと言ってくれました。リディアの否定を否定してくれました。そして……リディアも知らなかったことを、ずっと引き出してくれています」


 あれ、言われてみれば何か聞き慣れた言葉だけど。


 考えてみたらゲームのセリフだ。全く同じ言葉ではないけど、その時も〝リディアの情けない気持ちを否定してくれました〟とか〝本当のリディアを引き出してくれています〟みたいな言葉があったよね。


 そしてその言葉はリディアが一人で胸に抱いて苦しんでいた〝あること〟を告白するトリガーだった。


 ……来たよね。


 私がひそかに覚悟を固める中、リディアは決心を固めた顔で話を続けた。


「昔に……」


―――――


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