決戦到来

 空間の門越しは特殊な方法で現世と隔絶された異空間だった。


 そこに飛び込んだ私を迎えたのは入学式を行ったホールの二倍になりそうな広い部屋と、床に剣を差し立てて何かをしていた安息領雑兵だった。


「!? どうやって……!」


「そこのあんた、降伏して」


「ふざけるな!」


 雑兵が片手を私の方に伸ばした。反射的に体を躱したけど、そもそも奴の目的は私ではなかった。私が避けるやいなや空間のドアが急速に収縮し始めた。


「えっ!?」


 急いで魔力斬撃を放ったけれど、斬撃が届く前に空間のドアが完全に閉まって消えてしまった。


「ふん、これで貴様は閉じ込められた。貴様こそ出たいなら俺にひざまずいて祈った方がいいぜ」


「あら、ずいぶん威勢がいいね」


 平然と答えて様子を窺う。


 雑兵が剣を差し立てた場所のすぐ前に魔道具がぽつんと置かれていた。黒と紫の四角形を重ねた八芒星がついた金色のメダルだった。『バルセイ』で見た邪毒陣機動の魔道具だ。


 よく見ると床の剣から魔力が揺れていた。その魔力はずっと魔道具に接近していたけれど、触れるたびに魔道具から弾き出されていた。どうやら何かをしようとしているけど上手くいかないようね。


「何を余裕を……」


 雑兵がうるさくて魔道具の方へ突然魔力の斬撃を放った。雑兵は慌てて剣を抜いて相殺した。


 かなり反応がいいわね。普通の雑兵たちはこの程度の斬撃にも対応できないのに。


「あえてそんなことを……!」


 相変わらず口ばかり動かしている雑兵に高速で接近して一閃。わき腹を狙ったけど弾き出された。逆に私のわき腹へ飛び来る反撃を流……しようとしたけれど、突然斬撃の軌道が急激に変わって首に飛び来た。


 ギリギリで体を抜いて避けると、次の斬撃が飛び来た。しかし防ごうとした瞬間、また斬撃が完全に折れ、全く違う軌道を描いた。剣を振り回してそれを弾き出すと相手が怒り出した。


「よくも避けるんだな」


「そういうあんたは普通の雑兵とは違うわね」


「は! 当たり前だ! この俺は安息領の中核を担う宝蛇だ! 外でエサの役割をするザコどもとは格が違う!」


 もともとは声をかけて奇襲するつもりだったが、聞いているうちに面白い思いがした。


「宝蛇? それ幹部の一番低いザコでしょ? やっと幹部の端に足一本かけたザコが中核なんてバカなの?」


「何だと!?」


 単純極まりない挑発だったけれど、男は面白いほど簡単にかっとなった。これやってみた甲斐があるわね。


 男は震えながら魔力を開放した。正直全然脅威にならないけど……さっきこの男が使った剣術を見ると、一つやってみたいことがある。


「まだ幼いから手加減してくれたが、どうやらその生意気な舌を裂べきだな!」


「あんた、一つ勘違いしたようだけど」


 再び魔道具の方へ斬撃を放った。男は今度も止めようとしたけど、ガガッとさっきよりも大きな音がして後ろに押し出された。


「こ、これは……」


「あんたのような弱者は手加減などする立場じゃないわよ」


「生意気な!」


 激昂した男が剣を次々と振り回した。


 速度もかなり速く、何より軌道がまるで曲がりくねって這う蛇のように随時変わった。恐らく警備隊の末端兵士くらいなら、この剣術に翻弄されてすぐにやられてしまうだろう。


 でも剣同士がぶつかる金属音が何度も鳴っても、刃が私に触れることはただ一度もなかった。すると男の口元が焦るように歪んだ。


「なんで当たらないんだ!?」


「弱いから」


 そう言いながら剣を力いっぱい振り回した。轟音と共に男の姿勢が崩れた。


「くっ!?」


 十一の女の子の腕からこのような力が出るとは予想できなかったのか、男は大きく慌てて隙を露呈した。それでも剣を取り落とさなかったことだけは褒めてあげるべきかしら。


 丸見えの胴体を狙って剣を振り回すと、男はかろうじて避けた。しかし胸に刃がかすめて血が流れた。


 くっとうめき声を上げながらも、男は魔力をさらに高めた。魔力量を見ると、やっぱりまだ余力はあるようだった。


 少し欲が出る。あの男は弱いけれど、彼が使う剣術である蛇形剣流はピエリが主に使う剣術だ。状況がよければゆっくり練習相手として使いたい。


「もう手加減しない!」


 男が剣を振り回して魔力斬撃を放つと、それが割れて数十個の斬撃に変わった。一つ一つが蛇のように曲がりくねって四方から私を狙った。


 蛇形検流の〈蛇巣穴突き〉かしら。意外と高級技を使うわね。


 私は正面に突進した。降り注ぐ斬撃を避け、防ぎ、流しながら前進。再び男が三度の斬撃を放ったけど一撃でそれを相殺して男の剣まで弾き出した。そして露わになった隙に威力を抑えた〈流星撃ち〉を撃つ。


 浅い。わき腹を少しかすめた程度かしら。追撃を防ごうとするかのように、また変化に富んだ斬撃が正面と側面はもちろん、さらに後ろまで狙ってきた。もちろん私には通じないけどね。


 全部防御して反撃すれば男は後ろに飛び上がって避けた。しかし、完全に避けられなかったのか足から血が流れた。


「これくらい? もう見るものもないね」


「クソが……!」


 こっそり挑発を投げたら面白いほど反応がいい。


 でもこの程度ならすぐ終わらせられると思って安心していると、男が突然にニヤリと笑った。


「貴様が強いのは認める。だが迷いがあるな。人を殺す覚悟はないのか?」


「は?」


 いや、殺すつもりはないのは事実だけど、それは生け捕りにしなければならないからなのに。もちろん本当に殺さなきゃならない状況ならためらうはずだけど。殺人はしたくもないし、してはいけないことだから。


 そして理由はともかく、そのために実際に全力を尽くせないのは事実だった。


 男は私がそんなことを考えている間に胸に魔力を集めた。おっとっと思って斬撃を放ったけど、もう手遅れだ。


「解放!!」


 男の服が爆発した。斬撃はそこから飛び出した宝石に阻まれ散った。そして宝石のシルエットが崩れ、急激に膨張した。


 そして出てきた形は……。


 


 ***


 


[おい、ピエリ。これは一体どういうことだ?]


「うむ? どうした?」


 研究室でゆっくりと敷地の状況を見ていると、ボロスがまた勝手に通信をかけてきた。しかしまぁ、今度は大体の用件が想像できる。


[どうやら成果がねぇようだぜ。せいぜいこの俺が乗り出して結界も壊してくれたのに、部下どもが全部捕まっているぜ]


「何だ? 貴様でも部下は心配だったか?」


[は! 奴らが捕まってもどうでも俺と何の関係もねぇぜ。せっかくこの俺が手伝ったのに作戦が失敗したら俺の体面も危ねぇだろ?]


「はは、そういえば貴様はそんな奴だったよね」


 とにかく人情味のない奴だ。私が言うことではないが。


 まぁ、失敗に見えるのも理解できる。貴重なローレース部隊を三分の二も投入したのに成果どころか人員だけが減っているからだ。


 さらに、この騒ぎを起こしているのに人命被害もなく、ローレース部隊さえもローレースアルファだけが死んでいくだけで、運搬兵の大半は生け捕りにされている。


「大丈夫。どうせローレース部隊はエサだから。ただ華やかに視線を引けば成功したんだよ」


[二部隊も投入してただエサだと? まぁそれはともかく、捨て石をそれだけ使ったらその計画か何かは続行できるんだろうな?]


「そんなはずないだろ。計画は当然破綻だよ」


 しばらく沈黙が流れた。


 いくら自分勝手に生きるボロスでも、今度はなかなか意外だったようだね。私の立場ではボロスの反応がもっと驚くが。


[テメェは効率的で確実な仕事の処理が好きだと思ったが]


「その通りだよ。だから破綻してしまった計画でもリサイクルはしなければならない」


[何を言ってるのか分からねぇが]


「そもそも邪毒陣計画がバレたのは意外な変数があったからだ。その変数が大きいんだよ。それで事前に除去することにした」


[変数? 盛大にエサを投げるくれぇなら確実に処理はできるのか?]


「ふふふ……さぁ。それは私も断言はできないが」


 恐らく邪毒陣計画がバレたのはテリアさんの影響だろうが、オステノヴァ公爵がどこまで介入しているかは分からない。むしろテリアさんの身の回りに問題が生じれば、公爵の注目を集めることになるかもしれない。


 もちろん、ローレース部隊に命令を下したのは私ではなくボロスだから、逮捕された部隊員を尋問しても私に到達することはない。しかし、オステノヴァ公爵家の情報力は私さえも完璧に把握することはできなかった。そんな勢力の耳目がアカデミーに集中するのは私にもかなり大きな妨害要素になるだろう。


[まったく、呆れるぜ。まぁ俺はどうなっても別に構わねぇがな]


「知ってるよ。たとえ今回のことで貴様と私が八賢人の他の奴らに牽制されることになっても貴様は気にしないだろ?」


[くはは、当たり前だぜ。俺はそんなことに気を使おうとここにいるのではねぇぞ]


 相変わらず気楽な奴だね。まぁ、今回はおかげさまで助かっているけど。


 とにかく今回のことでテリアさんを取り除くつもりはない。そもそもそんなこともあり得るとは思わない。


 もちろん、だからといって計画の核心まで全部暴くのは望ましくない。だから核心に到達した時に限って、非常に強い魔物でテリアさんを抑えるようにしておいた。


 その魔物ならテリアさんを本当に除去してしまう可能性もあるが……まぁ、どうなるか楽しみだね。


「じゃあ、私は行ってみる。そろそろ動く姿を見せなければいろいろ疑われるから」


 考えてみれば私の作戦に動員された部下たちだが、どうせ私の正体も知らずに利用される下っ端に義理はない。そして奴らの役割は重要でもない。


 テリアさんであれ、オステノヴァ公爵であれ、あるいは修練騎士団や警備隊の誰かであれ……私の目的に気づくことができるかどうか、興味深く見守るようにしようか。


―――――


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