準備
【本当に大丈夫?】
[うん? 何が?]
廊下を歩いていたところ、イシリンがそのような質問をした。でも私は殊更知らぬ顔をして答えた。実は何を言おうとしているのか大体予想していたけど。
【ピエリを騙すことができるかしら? むしろバレるんじゃないの?】
[そもそも騙すつもりはなかったわよ?]
【え?】
[あの海千山千の人を私が騙すわけがないじゃない。余計なことをしたら逆効果になるのよ]
【じゃあ、なんで会いに行ったの?】
[どうせほっといても疑う人よ。それならいっそその疑いを利用した方がましだわね]
『バルセイ』のピエリは計画を偽装するために活発に動く方だった。特に彼自身が直接動くときには防ぐことができない。
だから、すでに彼を疑っていることを示して、私の後ろに父上がいるかもしれないという疑いを植え付けることで、彼の動きを萎縮させるのが私の目的だった。
何よりも我がオステノヴァ公爵家は本来、直接戦闘より頭を使う分野でより有名な賢者一族であり、父上はその名に相応しい名声を築いた御方だ。一方、ピエリは決してバレない自信がある時だけ直接動く慎重な人だ。
私をどう評価するかはともかく、私の後ろに父上がいる可能性を考えれば、彼自身が直接動くことはない。
【でも黙っているのかしら? それに結果的には貴方が先に行って宣戦布告をしたのと同然よ?】
[もちろんじっとしてはいないはずよ。たかがその程度で何もできないほど器が小さい人ではないからね。でも彼自身が直接動くことを制約するだけでも大きな意味があるの]
最も可能性のある方法は、安息領を利用したテロだろうか。
『バルセイ』でも直接動く時以外は安息領の部下を利用するだけで、その程度はもともと安息領がいつもやっていたことなのでピエリとの関連性を推測することもできない。
【ピエリを防いだらテロを心配しなければならないなんて、本当に頭痛いわね】
[しょうがないわよ。もともとあの人の手段は直接動くか、部下でテロするかの二者択一だったから。どうせテロを事前に防止するのは不可能だし、ピエリが直接動くよりは安息領の雑兵がはるかに相手にしやすいのよ]
【部下を動員するには外部と連絡しなきゃならないでしょ? それを狙って捕まえるのはどう?】
[その連絡手段が具体的に何なのかは『バルセイ』に出てこなかったから私も分からないわ。多分暗号化や隠蔽がとてもよくできた通信手段でしょ。今見つけるのは多分不可能だと思う。まずは修練騎士団にも最大限情報を与えながら備えるのが今できることよ]
【それがいいわね。訳もなく一人で抱きしめるのはやめよう】
[貴方がいるから一人ではないわ]
【ふふ、ありがとう。でも私は物理的には助けてあげられないからね】
そんな会話をしている間、いつの間にか出口に着いた。そのまま外に出てロベルと合流した。
「トリアは? ……ああ、ジェリアと見回りに行ったよね」
「はい。中ではどんな話をされたんですか?」
「大したことなかったわ。外はどうだった?」
「こちらも大したことはありませんでした。修練騎士団もよくしてくれています」
特に異変はなかったようだね。
ピエリとの会話は予想通り。行く前に準備したアイデアもほとんどそのまま使えそうだ。今日すべきことは執行部員としてのことだけだ。
「行こう。先輩が待つ前に先に到着したいの」
***
「もう一度見ても大きいですね」
「一応はこのアカデミーの一番の中心だから」
アカデミー中央講堂。入学式があったその建物だけど、実はこの前はジェリアと模擬戦をしてから急いで入ったので外からゆっくりと見ることはできなかった。
改めて見ても大きいのは本当に大きい。建物自体は少し古いけれど、何度も改造と拡張をしたおかげで今は収容人数がアカデミー内でも最大級だ。階数は七ぐらいだけど横にとても広く広がって、近くで見ると視界をいっぱいにしてもかなりお釣が来る。
講堂をじっくり見ていると、会うことにした人が正確な時間に合わせて近づいてきた。
「よぉ、待っている間に見物でもした?」
「こんにちは、ガイムス先輩」
相変わらずニコニコしている人だ。
まだ入って間もない私とロベルは率いる先輩と一緒にパトロールをすることになった。その中でもこの中央講堂は特に重要な場所なので元執行部長のガイムス先輩が直接同行を決めた。
講堂をパトロールルートにしてほしいと頼んだのは私だったけど、実は講堂の詳しい構造までは『バルセイ』に出てこなかったので、彼の同行はありがたかった。
「さぁ、行ってみようか。二人とも入学式があった所は覚えてるよね? その周りから始めるよ」
そのように講堂パトロールが始まった。実はこの講堂には邪毒陣がいなくて平凡にパトロールに来たのだ。
……というのが表向きの名分だけど、もちろん私の目的は別にある。
「ところで君たち、アカデミーの起源については知ってるかい?」
「え? あ、はい。ある程度は」
「よかった。説明する必要はないね。ではアカデミーに封印された時空亀裂を見たことはあるかい?」
「いいえ。それよりそもそも亀裂の正確な位置は機密でしょう?」
腹の中を探っているのかと思ってそう答えたけれど、ガイムス先輩はただ軽く笑うだけだった。
「そう。僕も位置は分からないよ。それで実はここにいないとか怪談もあるんだけど……いや、それは重要じゃない。実は亀裂自体は隠されているけど、その様子を観察できる所があるんだよ」
「そんな所があるんですか?」
知らん顔で言い返したけど、実は知っている。だってそこ、『バルセイ』で戦闘マップでも出てきた所なんだから。
表面的には亀裂を観測する用途だけど、実はその部屋には重要なものがもう一つある。そもそも私が今中央講堂に来たのもそれを探すためだ。
「あるよ。もともとは明日頃に新入生を集めて見学させてあげる予定だけど、その前に別に見せるのが執行部の伝統なんだ。どう、今行ってみる? どうせパトロールルートにそこも含まれているよ」
「はい、行きますわ!」
おぉ。
もともと今日探してみてダメなら、ガイムス先輩が言った明日の日程の時を狙うつもりだった。ちょうど連れて行ってくれるなんて申し分ない。特に人が多くても少なくても邪魔にはならないけど、それでも少ない方がいろいろ楽だから。
「ところで、君は変わったね」
「はい? 私がですの?」
「うん。公爵家の令嬢なのにあまりそんな顔も出さないし」
「そういうガイムス先輩はドロミネ伯爵家の後継者でしょう?」
「僕も権威的なのはあまり好きではないけど、それでも公爵家の令嬢が丁寧に先輩扱いしてくれるから妙な気分でね。まぁ、そういうことではジェリアの方がもっと驚くべきだけど」
「ああ……確かにドロミネはフィリスノヴァ公爵領の所属でしたね」
この国の貴族制度はやや変わっている。各貴族の領地が完全に独立したわけではなく、高い貴族が低い貴族を含む。すなわち公爵領を伯爵領が分割し、再び伯爵領を男爵領が分割する。
前世で言えば伯爵が知事、男爵は市長というか。この国で四大公爵領に属していない土地は王家直轄領と一部辺境伯領だけだ。
「そうだね。だからもっと意外だったよ。フィリスノヴァ公爵はその権威主義の見本のような人間だ。そんな人の下からあんな子が生まれたのが本当に不思議なくらいだよ」
「ジェリアって珍しいですよね」
「君が人のことを言う立場なのかい?」
「私はそもそも父上がそういう御方なので」
「……君の家を一度見てみたい。面白そうね」
「機会があれば一度来てくださいね。ドロミネ伯爵家の訪問なら父上も喜ぶでしょうから」
「これを政治の話につなげるなんて、やっぱりオステノヴァだね」
そんな風にいろいろ話をするうちに目的地に到着した。
入ってみるとかなり大きな部屋だった。二百人程度はゆったりと座って講義を聞くことができる大きさで、家具は何もないのでもっと広く見えた。そしてその広い部屋の片方の壁に大きな立体映像が浮かんでいた。
その形は一言で精巧に削って組み立てた石柱だった。随所に刻まれた線からかすかに青い光が流れ、その下と周囲に配置された魔道具が柱を空中に縛っておく力場を生成した。
立体映像にすぎないので魔力は感じられなかったけれど、もし実物を見るとかなり強い魔力が感じられそうだ。
「紹介するよ。国の最も有名な時空亀裂の跡形だよ。……といっても、封印魔道具のため亀裂は見えないけどね」
その言葉に私たちはみんな苦笑いしてしまった。
近づいて手を伸ばした。当然だけど幻術で作った立体映像にすぎず、私の手はそのまま映像を通過するだけだった。
それでも私の口元には笑みが浮かべたし、ガイムス先輩とロベルもそんな私を見て微笑んだ。外から見ると昔話を思い出して微笑んでいるように見えるかもしれないね。
……もちろん、今私は亀裂に関する伝説など全く考えていなかった。
目を閉じて部屋の魔力の流れを感じる。
邪毒と亀裂による空間の変化に敏感な『浄潔世界』の力で部屋の中を捜索することを数秒、空間が微妙に揺れる部分を発見した。
位置は……この幻想の後ろ?
目を開けてそちらの方向を見た瞬間、幻想の石柱に刻まれた文句が目に入った。それを見るやいなや思わず口が動いた。
「そういえば、この時空亀裂が現れた時も五人の勇者が出たと言いましたよね?」
「そう。五人の勇者の伝説でも、邪毒竜討伐戦ほどではないけどかなり人気がある部分だね」
「私たちは今、先祖たちが守り抜いた土地で勉強しているのですわね」
その土地を守るためにも、ピエリの下心をそのままにしておくことはできない。
……本来の目的ではなかったけれど、これを見て昔話を振り返ったおかげで、改めて決心を確認した。
―――――
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