ライバル 上

 第三練習場は前世で言えばサッカー場ほどの広さの屋外練習場だった。


 多分もともとは団体授業に使われて、空いた時間に生徒数人が利用する所だろう。


 しかし、今練習場に立っているのは私とジェリアだけだった。


「お嬢様、あまり無理しないでください」


 私を心配してくれるトリアとロベルも今は練習場の外で見ているだけだ。


 他にもいつの間にか外にものすごい見物人が集まっていたけれど、誰も練習場に入ろうとはしなかった。臨戦態勢のジェリアに怖がっているように見えるのを見ると、単に練習場を丸ごと貸し切ったからではないだろう。


 ジェリアは背中に背負った重剣を地面に突き立てた。


「何してるんですの?」


「こいつは模擬戦には使ったことがないぞ」


 彼女は手ぶらで魔力を集めた。手を中心に冷気が吹き荒れ、氷が湧き出るかと思ったら、あっという間に地に刺したのと同じような形の重剣になった。


 彼女の特性は氷系の上位能力である『冬天』。普通の氷のように見えても、その硬さはかなりの鋼鉄以上だ。鍛錬用とはいえ、そのまま実戦で使っても問題のない性能だろう。


「アカデミー練習場には安全のため人体に対する威力を軽減する結界が設置されている。だから気軽に戦ってもいいぞ」


 そう言いながら氷剣を肩にかけたジェリアは、怪しがる目で私を見た。正確には私が背中にかけた二剣を。


「抜かないのか?」


 私はわざと余裕を見せてニッコリ笑った。


「先攻は譲りましょう。このまま来てください」




 ***




 ……ほお。


 かなり大胆な子だとは思ったが、まさかこれくらいだとは。


 テリア……確かにオステノヴァ家の長女だったのか。


 オステノヴァは賢者と呼ばれる公爵家だ。騎士は少ないが、だからといって戦いに無知なものではない。軍を使う戦略においては四大公爵家の中でも最高レベルであり、直接戦う場合にも本人が強い人もいれば、各種魔道具や戦術を利用して相手を翻弄する人もいる。


 そういう意味で油断はしなかったが……ここまで堂々とフィリスノヴァを挑発するオステノヴァは史上初ではないか。


「では、好意を受け入れてみようか」


 対策のないバカだったり、何らかの防御やカウンター手段を持っていたり。まずは反撃を警戒する気持ちで軽く様子を見てみようか。


 判断を終えてあっという間に距離を縮める。力は上へ。狂竜剣流の最も基礎的な縦斬り技『一縦』で、威力を限界まで抑えて肩を狙う。


 防ぐのか、避けるのか、反撃するのか。


 迫る重剣を相手にテリアは、




 ――何もしなかった。




 ドーンと轟音が鳴り、まるで人ではなく壁を殴ったような衝撃が手に伝わった。


 しかし、手がしびれる衝撃よりも、傷一つなくボクの剣を受け止めたテリアの肩がボクにはもっと衝撃的だった。


 騎士科の制服はそれ自体が防御機能が付与された魔道具ではあるが、ボクの一撃は確実にその防御を破壊した。それでもボクの剣はテリアの肩に一ミリも食い込むことができなかった。


「まったく」


 テリアは苦笑いし、剣の横に手を出した。指がゆっくり集まって、デコピンのような姿勢をとった。


「私をよほど見下したようですわね」


 パカーン! という轟音と共に氷剣が粉々に砕けた瞬間、テリアの顔が急速に遠くなった。


「……!?」


 ……ボクが、退いたのか。


 さっき差し立てた剣が傍にあるのを見てやっと、ボクは自分自身が無意識のうちに距離を広げたということを理解した。


「探索するのはいいですけど、甘すぎますわよ? こう見えても私、かなり強いんですわ」


 かなり、って笑わせるな。


 たかだかデコピン。しかし、その簡単な動作に集中した莫大な魔力も、その魔力を炸裂した瞬間に正確に合わせて放出した制御力も、うっとりするほど洗練されていた。それを見た瞬間、ボクは本能的に理解した。


 ――この子はボクより強い。


「ふ、ふふ、ふふふふ……」


「何が面白いですの?」


「あ、すまん。気持ちよくてな」


 眼鏡を外してポケットに入れた。


 実際、ボクの視力には全く問題がない。眼鏡はそれなりに機能を備えた魔道具だが、実はあまり使わない。それでもあえて眼鏡をかけたのは、ボクが本気で戦う時を区分するためだ。


 模擬戦で眼鏡を外すのは一年ぶりだな。


 手を伸ばして愛剣を握る。見物人が息をのむ音がここまで聞こえてきた。


 その音さえも気分が良く、模擬戦でこいつを手にしたという事実自体がとても嬉しかった。


 剣を一気に抜いて体勢を整え、ボクは最初とは全く変わった気分で口を開いた。


「この出会いに感謝を。ボクの無礼を謝罪するぞ。フィリスノヴァ公爵の五女、ジェリア・フュリアス・フィリスノヴァ。一手教えてもらおう」


「オステノヴァ公爵の長女、テリア・マイティ・オステノヴァ。ご丁寧な対応ありがとうございます。でも大丈夫ですの? その剣、模擬戦の時は使わないんだって?」


「何を。別にそんな規則を決めたわけではない。ただ今までの奴らは使だ」


「それは光栄ですわね」


 テリアの手に魔力が集中し、剣の形を作り出した。


 その姿にボクは少し驚いた。ボクみたいに特性で物を作るのはむしろ簡単だが、無属性の魔力で物を作るのは魔弾とは比べ物にならないくらい難しいから。


 それにその魔力は……紫色だった。


「紫光技……だな?」


 通常、無属性魔力を使う技術は白光技と呼ばれる。だがテリアのものは紫色だった。知識では分かるが、実際に見たのは初めてだ。


「やっぱりご存知なんですわね」


「理論だけはな。無属性魔力に邪毒を加えて魔力量を増幅し、任意に特性まで付与できる技術だろ。しかし修練からが生命を脅かす賭博である危険な技術でもある。やはり君、騎士団の大師匠の直系弟子か?」


「姿勢まで決めたのに、話だけして終わらせるんですの?」


「もちろん……」


 全身に魔力を循環させる。


 体に力が入り、まるで何でもできそうな万能感に心が高揚した。


 それでも相手に勝つ気がしないということが――あまりにも気持ちいい。


「そんなはずないだろ!!」


 この気持ちをぶつけるように叫びながら、ボクは全力で地面を蹴った。




 ***




 来る。


 殺到してくるジェリアに向かって姿勢をとりながら様子を窺った。


 上に持ち上げた重剣は……恐らくさっきと同じ〈一縦〉。でも、込められた魔力は格が違う。今度こそ本当の一撃が来るだろう。


 雷のように落ちる重剣を弾けば魔力が爆発し、まるで爆弾が爆発したような衝撃波が周辺を襲った。それをかき分けてくる刃が剣圧を振りかけ、防ぐたびに腕にしびれる衝撃が来た。


 さすがに強力な一撃を連続して放つことに特化した狂竜剣流。一撃一撃が重くて強い。その上、私の体を減速させようとするかのように恐ろしい寒気があたりを覆った。


「猫被らなくちゃんとかかってこい!」


「言わなくてもそうするつもりですわよ!」


 剣を大きく振り回すと、ジェリアはあっという間に間隔から引いた。私の剣は届かず、彼女の剣はギリギリ届く距離。追撃する前に、まず彼女の重剣が振り回された。


 ――狂竜剣流〈竜の拳〉


 巨大な衝撃波がハンマーのように殺到した。剣で弾き出して接近。でもジェリアは弾かれた衝撃を逆利用して重剣を回転させ、側面を狙った。


「ふん!」


 頭上に大きく跳躍して避けると、下から生えた氷の錐が私を狙った。


 魔力で空中に足場を作って回避。そのまま空中を縦横無尽に走り回り、肩や肘、お腹などを狙った。ジェリアは一部は剣で、一部は強力な防御用氷を展開して受け止めた。


「ふっ!」


 また〈竜の拳〉が放たれる。魔力を展開して防御したけれど、距離が大きく広げた。直後、ジェリアが重剣を大きく振り回し、まるでその軌跡についていくように無数の氷の錐が生えてきて私を狙った。


 それが私に届く直前、私は魔力を込めた剣を大きく振り回した。


 ――天空流〈三日月描き〉




 ***




 巨大な魔力斬撃が氷を切ってそのままボクに飛んできた。


 ギリギリで体を屈めて避けたが、その瞬間テリアが近くに突っ込んだ。急加速した剣がボクのわき腹を狙った。


 ――天空流〈流星撃ち〉


 突きの軌跡を延長するかのように魔力の線が噴き出した。直撃は避けたが余波だけで飛ばされてしまった。制服が破れてわき腹と腕に弱い痛みが感じられた。


「ちっ!」


 凍らせて壊す勢いで大量の冷気と氷を噴き出すと、テリアは紫色の雷が宿った剣で全て打ち返した。しかし彼女がそれに集中した隙に、ボクは重剣に大量の魔力を込めて突きた。


 ――狂竜剣流〈竜の咆哮〉


 突きを拡張するかのように発射された巨大な魔力砲が、第三練習場の半分近い面積を吹き飛ばした。


 しかし、ボクはその破壊の怒涛から抜け出し、接近する紫色の閃光を確実に捉えた。




 ***




〈竜の咆哮〉の範囲を外れて空中で後ろを狙う。


 でも私が接近するその短い間に、ジェリアはすでに剣を取り直して体を回して振り回していた。剣に沿って形成された魔力刃がまるで獣の爪のような多重斬撃を作り出した。


 ――狂竜剣流〈竜の爪〉


 あらかじめ予想して地に体を飛ばして避けたけれど、すぐにジェリアの足元から氷の錐が生えた。仕方なく後ろに転がって距離を広げると、今度は『冬天』の魔力が加わって強化された〈竜の爪〉が放たれた。


 ――天空流〈黒点描き〉


 剣を振り回して真っ黒な魔力防御膜を展開した。飛んできた斬撃はそこに触れた部分だけが綺麗に消え、残った部分だけが私の傍を通り過ぎた。


 追撃に備えようとした私はジェリアの姿を見て眉をひそめた。


「なんで笑ってるんですの?」


 彼女は遠くから私を警戒しながら笑っていた。そうするうちに私が話しかけると、鼻で笑った。


「その言葉、そのまま返すぞ」


―――――


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