三年後

 ――テリア・マイティ・オステノヴァ、十一歳




「うわっ!?」


「ちゃんとしなさいよロベル!」


「してい、ますよ!!」


 無理なこと仰らないでください、と言いたいのだが、それより先にテリアお嬢様が飛びかかってきた。


 楽で運動に適した服と一つにまとめた髪、そして身長に合わせた長さのトレーニング用の剣。トレーニングのための服装さえ美しく、素敵にしているテリアお嬢様は本当に素敵だ。


 その剣が僕を狙うことを除いてね。


 首、肩、脇腹、膝。少しの隙もなく斬りつける攻撃が相次いだ。懸命に防いだり避けたりしているが、反撃する隙が到底見えない。


 いや、むしろ剣が交差する瞬間、お嬢様が僕の剣を弾き出した。


「隙間!」


 急に突いてくる一撃。いち早く魔力防御膜を展開したが、お嬢様の攻撃は防御膜を突き抜けてそのまま僕の脇腹を殴った。


「がはっ!」


 僕は剣の鈍い痛みに耐えられず、片ひざをついた。


「勝った!」


 ……でもまぁ、子供のように跳ね上がって喜ぶお嬢様の姿を見ていると、そんな痛みなんて安っぽい代償だと思う。


「うぅ……今日も容赦ないですね、お嬢様」


「ごめんね。痛かったの?」


「大丈夫です」


 お嬢様は気兼ねなく僕に手を差し伸べた。


 正直、こういう行動は本当に公爵令嬢らしくないけど、まぁお嬢様がこう行動するのは一日二日のことでもない。


 それにお嬢様は僕が立ち上がるやいなや魔力で念動力を使って水筒とタオルを引いてきて、直接蓋まで開けて僕に差し出した。


「飲んで」


「いいえ、お嬢様から……」


「私は大丈夫だから早く」


 そう言ってタオルで顔を拭くお嬢様。その笑顔が明るく見えるのは顔に汗のせいなのか、それともただお嬢様が綺麗で素敵な人だからだろうか。


 ヘラヘラそうな顔を必死に整え、心にもない言葉を放つ。


「お嬢様、使用人を相手にあまり気兼ねなく行動されるのは……」


「まぁいいじゃない。貴方は私の専属だから、私の勝手に扱うわよ」


 そんな悪党のようなセリフを優しく僕の顔まで拭きながら仰ってもですね。


 そんな思いで苦笑いが出たが、考えてみれば三年間お嬢様はずっとこのようなやり方だった。


 昔は少しぶっきらぼうで意地悪ながらも茶目っ気のあったテリアお嬢様だったが、三年前にクラウン山脈に行ってきた頃を基点に何かが変わった。


 前も悪い御方ではなかったのだが、もう少し笑いが多くなり、使用人にももう少し優しくなったというか。その上、むやみにいたずらをしたり使用人を困らせる行動も減った。


 そして、それを代わりにでもするように戦闘術の修練がさらに増えた。以前にもトリア姉貴から戦闘術を習っていたが、鍛錬時間が増えた上に今のように僕と手合わせする回数も途方もなく多くなった。


 なぜなのかは分からないが、三年間欠かさず地道に努力しているのを見れば何か決心したことがあるだろう。


 のんびりとそんな考えをしていたが、突然お嬢様が予想できなかった行動をした。


「あ、私も少し喉が渇いたわ。水をちょうだい」


 すると、お嬢様は僕が飲んでいた水筒を奪ってためらうことなく口にした。


「!? お、お嬢様!?」


「うん? なに?」


「あ……いいえ、それが」


 お嬢様には何ともないのだろうか。


 あまりにも平然としたお嬢様を見ると、一人で意識して慌てたのがバカのようになった。


 もっとも、お嬢様と僕は身分が違うから、そもそもそういうことを意識するような相手ではないかもしれない。


 そう思っているうちに、遠くから僕たちを見守っていた人がちょこちょこ歩いてきた。


「お姉様!」




 ***




 突然の声に振り返ってみると、愛らしい極まりない妹、アルカが近づいてくるのが見えた。しかも大きなクマのぬいぐるみ付きで。


 可愛いアルカが可愛いクマのぬいぐるみを抱いているのを見ると、顔がヘラヘラそう。かろうじて我慢したのはアルカの顔が暗かったからだ。


 三年間慣れた表情ではあるけど、見るたびに胸がドキドキするんだよね。


「アルカ?」


「お姉様、大丈夫ですか? 痛くはないですか?」


「その質問は私じゃなくロベルにしなさいね」


 思わず苦笑いしながらそう言うと、アルカは驚いてロベルに謝罪した。しかしその直後、また私を見て心配そうな顔をした。


 三年前から本格的に修練を始めて以来、手合わせなどをするたびにアルカはこんな風に私のことを心配してくれる。


 正直ありがたいけど、心配されるようなことはまだ見せてないからちょっと照れるね。


 ……本当に心配されるようなことはアルカには内緒でやっているけどね。


「でもお姉様、ロベル以外の人と手合わせするときはやられたりするじゃないですか。そのたびに心配になるんですよ」


 その言葉は少し卑怯だと思うけど。


「アルカ、それは私が言いたいことよ。貴方も私の真似をしようと最近すごく鍛えてるじゃない? 私も貴方のことを心配する気持ちは一緒だよ」


 こんなに可愛くて愛らしいくせに、アルカも私のように戦闘術を鍛えている。鍛えるたびに私にすごく心配もかけるしね。


 ……ロベルが姉妹同士同じだと言うような表情をしているね。間違ってるわけじゃないけど。


 まぁそれでもアルカが鍛えること自体は不思議ではない。


 正直、ゲームの内容を考えるとアルカは必ず強くならなきゃならない。ゲームではこの時期から鍛えてはいなかったけど、早く始めることでゲームより強くなるといいよね。


 だって……アルカこそ『バルセイ』の正真正銘の主人公だから。


「でも私はお姉様ほどではありませんよ」


「まぁ、責めているのじゃないわよ。強くなるのが悪いわけではないからね」


「オステノヴァの令嬢らしくはないですけどね」


「一言多いわよ、ロベル」


 もともとオステノヴァ公爵家は研究者気質が強いから、私もアルカもちょっと変わったケースではあるよね。そういう部分は母上から受け継いだのかも。


 そんなことを考えていたら、ちょうど例の母上がトリアと一緒にこっちに来た。


「あら、ちょうど終わったみたいだね。お疲れ様」


「「こんにちは、母上」」


 母上は優しく笑いながら挨拶を受け、使用人に任せずに直接持ってきた包みを差し出した。細長い包みだった。


「母上? これは何でしょうか?」


「プレゼントよ。もうすぐ王都に行く娘にこれくらいはあげるべきじゃないかと思ってね」


 母上の言葉にアルカが沈鬱になった。その姿に私まで憂鬱になりそうだったけれど、これだけは決定事項なので仕方がない。


 そう、私はもうすぐここを出る。正確には明日、王都に行く。


 王立人材育成総合アカデミー――通称中央アカデミーと呼ばれる所、『バルセイ』前半の舞台になる所へ。


 もともとゲームで私の入学時期は二年後だった。でもそれでは遅い。ゲームで起きた悲劇をもう少し完璧に防ぐためには準備が必要で、きちんと備えるためには今年が一番適当だと思ったからだ。


 母上がくださったのはいわば入学祝いだけど、もらってみたら思ったより重かった。


 これは……剣? この重さは一本ではない。やっとその品物が何なのか見当がついた。


 包みから出てきたのは剣の柄に三日月の模様が彫刻された双剣だった。一目で分かるほど強力な力のこもった剣。『バルセイ』でも見たことのあるものだった。


 でも……。


「すみません。これは受け取れません」


「あら、どうしたの?」


「これは母上のとても大切なものじゃないですか。まだ私が受け取るには早いと思います」


「大切なものだから貴方にあげようと思ったのに」


「大丈夫です。この剣たちもまだ新しい主人を迎えたくないでしょう」


「……ふふふ、ありがとう。思慮深い子に育ってくれて嬉しいわ」


 母上は残念そうな顔をしながらも剣を返してもらった。でも私が遠慮することをどの程度予想したのか、剣を受けるやいなや代わりに三日月が彫刻されたヘアピンを取り出した。


「さて、実はそうだと思って他のものも用意したの」


 母上は私の髪に手を伸ばしてヘアピンをつけてくれた。母上がいつもつけている手袋の感触が少しくすぐった。


「うん、きれいだね。やっぱりうちの娘だね」


「ありがとうございます。大切に使います」


 母上は最後に私の額に軽くキスをして後ろに退いた。すると、母上と交代するようにトリアが前に出た。


「お嬢様、ご主人様からのプレゼントです。『仕事で家に帰れなくてごめんね』という言葉も伝えてほしいと言われました」


「ふふっ、父上らしいわね」


 仕事で実家を留守にしながらも、こんなことにはできるだけ抜けない父上。優しい御方だ。


 母上があげようとしたものと似たような包みだったけれど、今回は重さを見ると一本だけのようだった。


 すぐに解いてみると、装飾は単調だけどまっすぐ伸びた剣身と白い色が美しい剣が出てきた。私はさっきとは違う意味で少し驚いた。


「これは……まさか父上の手作りなの?」


「やっぱり気づきましたね。ご主人様は『栄光の剣』と呼ばれていました」


 栄光の剣。『バルセイ』でも出てきた武器だ。ストーリーの後半で邸宅に戻ってきた主人公が得る高レベル用の武器だけど……それをこんなに早く見るとは。


 ちょうど私には邪毒の剣の形状変換能力で作り出した名剣が一本ある。それと合わせるとかなり大きな戦力になりそう。


「母上、父上にありがとうございますとお伝えください」


「分かったわ。直接に伝えてくれる機会があればいいのだけど、残念ながら旦那様が帰ってくるには一週間はかかるからね」


「その時なら私は邸宅にいないでしょうから」


 アルカが沈鬱になるのも実はそのためだし。


 愛らしく、私によく慕ってくれる妹を置いていくのはもちろん残念だ。その上、ゲームでアルカが編入したのは十六の時、つまりなんと七年も後だ。


 まぁ、でも別に一生別れるわけでもないし、休みもあるから、七年も会えないという意味ではないけどね。


 とにかくゲームの主人公であるアルカのためにも、より完璧な準備が必要だ。


 私がもう少し早く動いた方が、愛する妹の将来をもっと良くしてくれるなら。そして苦しむ人々を救うことができるなら、少し苦労するくらいなら安い代価だから。


「どうか頑張ってね。他の子供たちに負けないように」


「奥様、ご心配いりません。お嬢様は優秀で真面目な方ですから」


「なんで貴方がもっと誇りに思っているの、トリア?」


「ふふっ、そうね。トリアもロベルも、テリアのことよろしくね」


 前世でもし私が学校に行けたら、入学する時こんな話をしなかったかしら?


 ふとそんな気がした。ゲームの舞台の一つとしか思っていなかったけれど、どうしても二度の人生を通して初めての学校生活という点が思ったより楽しみだった。


「お姉様、本当に王都に行かれるんですか?」


 アルカはまだ元気がなかったけど、私は彼女の頭を撫でながら微笑んだ。


「ごめんね。でも休みには帰ってくるのよ。その間、いい子でいてね」


 アルカは悲しみながらも頷いた。うん、やっぱりいい子だね。


 この子のために、そして世界のために。できることは全部やってみる。


 アルカの頭を撫でながら、私はひそかに決意を固めた。


―――――


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