家族と貴族
声が聞こえた方に振り向くと、まるでディオスと瓜を二つに割ったように似た大きな男が見えた。いや、ディオスが彼に似たというべきかしら。
私は自然にスカートをそっと握って挨拶した。
「ご機嫌よう、アルケンノヴァ公爵閣下。テリア・マイティ・オステノヴァ、ご挨拶申し上げます」
「あ、アルカ・マイティ・オステノヴァです。ご無沙汰しております、アルケンノヴァ公爵閣下」
「ああ、久しぶりだな、テリア、アルカ。それよりこれがどういうことなのか説明してくれないか?」
「それが……」
「ち、父上!」
私が何かを話す前に、ディオスは飛び起きてこっちに来た。
コロコロして服はめちゃくちゃだったけれど、体は私に殴られた頬が腫れ上がったこと以外は大きな問題はないようだった。それに骨が粉々になった左拳はすでに再生された状態だった。
意外と丈夫だね。まぁ、そもそもあいつも魔力を活用した身体強化くらいはできるから当然だろうけど。
ディオスの姿を見たアルケンノヴァ公爵は眉をひそめた。
「ディオス、また何をした?」
「父上、あの生意気な女が……」
「もういい」
アルケンノヴァ公爵は第一声を聞くやいなやディオスの言葉を切り捨て、彼が指した私を振り返った。
「テリア、やはり君が説明しなさい」
「はい。ディオス公子が私の妹のメイドに手出しをし、私の妹まで暴行しようとする姿を見ました。それで腹が立ってつい……」
「もういい。大体分かったな」
「ち、違います、父上! あの女が先に……!」
「静かにしなさい」
「ですが!」
「静かにしろって言っただろうが!!」
「きゃあっ!?」
突然爆発した怒声にアルカがびっくりして飛び上がった。私もびっくりして肩を震わせてしまった。
アルケンノヴァ公爵はディオスに近づき、強健な手でディオスの頭をつかんだ。
「愚か者。勝手に他の公爵家の子供に突っかかて私の顔に泥を塗っただけでは足りず、三歳も幼いテリアに負けることさえしたのか?」
「うっ……そ、それは」
ディオスは歯を食いしばりながらも頭を下げた。
まぁ、突っかかったのは弁解ができても、負けたのはどうカバーする余地がない。私には傷というものはないけれど、ディオスは認めざるを得ないほど格好がめちゃくちゃだから。
アルケンノヴァ公爵はそのようなディオスを見てため息をついた。
「私の後を継ぐという者が行動は軽率で、実力は劣るとは。やはり後継者を再考した方がいいかもしれないな」
「……!!」
その瞬間、ディオスの表情が目に見えるほど歪んだ。
あ、ちょっと待ってください、公爵閣下? それはディオスの逆鱗なんですけど……?
そう思った私がまだ何とも言えないうちに、ディオスが中から何かが沸き上がるような声を吐き出した。
「勝てばいいですか?」
「もう負けただろうが」
「油断しただけです!」
そしてディオスは私を睨みつけて魔力を高めた。周りの土がガタガタ振動し、鋼鉄の破片が彼の周りから出てきた。
もちろんその程度では私を少しも脅かことはできないけどね。
「ふん」
軽く指パッチンをする動作に合わせて、魔力を凝縮した魔弾をディオスの横に撃った。
ドカーンというけたたましい音と共に、大きなクレーターがディオスのすぐ傍に現れた。直径がディオスどころかアルケンノヴァ公爵の背丈ほどにはなるクレーターだった。
それを見たディオスは思わず唾を飲み込んだ。アルケンノヴァ公爵は少し興味深いような目で私を見た。
お構いなしに、私はディオスだけを睨みながら口を開いた。
「また飛びかかりたければかかってきなさい。私は構わないわよ。そんな勇気があるならね」
「……ぐっ……!」
ディオスは歯を食いしばって拳を握ったけど、飛びかかる気配はなかった。むしろ興奮して高めた魔力が弱まった。
ふん、意気地がない奴。
私が心の中だけで舌打ちをした直後、新しい声がこの場に割り込んできた。
「お騒がしいですね」
声が聞こえてきた方向に振り向くと、若くて美しい貴婦人がこっちに歩いてくるのが見えた。
まるで私が大人になったらああなるだろうかと思われる貴婦人だった。それだけ多くの特徴は私と似ていた。でも私とは違って右目が紫色のオッドアイであり、決定的に漂う気品と貫禄が私とは格が違った。
私の母親。オステノヴァ公爵夫人、ベティスティア・マイティ・オステノヴァだ。
私とアルカはすぐに挨拶した。
「「おはようございます、母上」」
「硬い態度はダメよ。家でいつそんな風に振舞ったの」
母上は苦笑いしながら手を振ったけれど、ディオスの様子を見て首を傾げた。
「兄様。ディオスはどうしてああなったんですの?」
兄様――そう呼ばれたアルケンノヴァ公爵はため息をついて答えた。
「もう見当がついているはずだが」
「ディオスは相変わらずのようですわね」
「恥ずかしいことにな」
二人の会話は貴族同士というには妙に親しみやすかった。
まぁ、それもあり得るね。そもそもアルケンノヴァ公爵は母上の兄、つまり私の叔父だから。
でも母上の眼差しは温和とはかけ離れていた。口だけは笑っていたけれど、目は見るだけでぞっとするような冷たさが感じられそうだった。
「一つだけ聞きましょう。ディオスがまた手出しをしましたの?」
「そうだな。そちらのメイドを殴ったようだ。さらにアルカにまで手を出そうとしたようだ」
「……何ですって?」
その瞬間、恐ろしい寒気が周りを支配した。
本当に気温が下がったわけではない。ただ悪寒がするほど怖くて緊張した魔力が錯覚を起こしただけだ。
しかし、その気配が与える圧迫感と恐怖は本物だった。
「ディオス、貴方はもっと世事に関心を持つ方がいいわね」
母上の冷たい声がディオスを揺さぶった。ディオスは毅然として虚勢を張ったけれど、震える足を隠すことができなかった。
「現在アルケンノヴァ公爵領で使用する魔道具の五割は我々オステノヴァが供給しているわよ。最近はアルケンノヴァの私兵団再武装の為の交渉も進められているしね。そして今のアルケンノヴァ公爵が中央政界で影響力を行使するのは、全面的にうちの旦那様が政治的に支援してくれるおかげよ。だから交渉の主導権はいつもうちの旦那様が握っているわ」
ディオスは母上の言葉を理解できず、目をパチパチするだけだった。
そんな息子の姿を見かねたアルケンノヴァ公爵が口を開いた。
「四大公爵家とはいえ、過去一世紀の間に我が家は中央での影響力をほとんど失った。それを復旧する為にはオステノヴァの助けが絶対的に必要だ。そして我が領地の経済そのものにもオステノヴァの比重は大きい。お前はそんな相手にとんでもない無礼を犯したのだ」
やっとディオスの顔が青くなった。まぁ今さらだけどね。
そして母上はこのような状況を見過ごす御方ではなかった。
「それで? まさか何の補償もなく、ただ有耶無耶にする気はないでしょうね、兄様?」
「何が欲しいのか?」
「デルトル鉱山をちょうだい」
その言葉にアルケンノヴァ公爵と私は同時に息をのんだ。デルトル鉱山はアルケンノヴァ公爵領の重要な収入源の一つで、オステノヴァ公爵領で使用する鉱物の主要生産地の一つだから。すなわち、アルケンノヴァにとって収入源であると同時に、オステノヴァとの関係で主導権を少しでも持ってくる為の要衝でもある。
当然アルケンノヴァ公爵は難色を示したけれど、母上は退かなかった。
「そもそもデルトル鉱山はすでに百年前にオステノヴァに引き渡す契約になっていましたわよ。それをあらゆる理由で留保しただけですわ。我々の権利を正しく守ってほしいという要求さえ聞き入れることができなければ……」
母上の冷たい視線がディオスを貫いた。
アルケンノヴァ公爵は気に食わないと思う表情だったけれど、結局母上の要求を断ることはできないことを認めた。
「いい。ただ、今後三十年間は生産量の一部を我々が占有できるようにしてほしい。こちらが先に突っかかったのは確かだが、結果的に大きな暴行を受けたのもこちらだからな」
……まぁ、そこまでは仕方がないのかしら。こっちはただのメイドが軽く殴られたくらいで、あっちは公爵令息の顔がむくむくらいぶん殴られたから。
そもそも貴族同士で正当な是非はあまり意味がない。それよりはお互いの身分とパワーが重要なだけだ。先に突っかかってきて私にも侮辱的な言葉を先に吐いたのはディオスだったけれど、前後関係を除いてみれば私が犯したことがもっと大きかった。アルケンノヴァ公爵もそれを口実に少しでも損害を減らそうとするのだ。
もちろんパワーはむしろ我が家の方が優勢だけど、これを口実に利益を得るのも貴族の処世術ということだろう。
「いいですわ。詳しい割合は後で旦那様と相談してください。録音の魔道具で録音しておいたので、後で言い逃れはしないでくださいね」
「分かった。……完全にオステノヴァの人間になったな」
「褒め言葉として受け止めますわ」
その会話を最後に、アルケンノヴァ公爵はディオスを連れ去った。その時になってようやく、母上の重い圧迫感が消えた。
今度のことでディオスの奴の性格が少し和らげればいいのだけど……期待するのは難しいかしら。ゲームでの性格を考えると、反省するよりはオステノヴァに奪われたと逆ギレするかもしれない。
そんな思いをする私を、母上が振り返りながら微笑みを見せた。
「テリア。次は平和に解決するように努力してみなさい」
「ですが母上、ディオス公子のしたことは許せないじゃないですか」
「それはそうだけど、だからといって暴力で対応しちゃいけないわよ。奪うものが減るじゃない」
思わず笑ってしまった。
オステノヴァは研究と計略に長けた公爵家。母上の言葉はそのオステノヴァにあまりにもよく似合う言葉ではあるけれど、アルケンノヴァ公爵家出身の母上がそのような話をすると、訳もなく面白かった。
私がそんなことを考えている間、母上は何が面白いのか少しいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「それにしてもすごいわね。貴方はあまり傷もなさそうなのに、ディオスだけがあんな姿になるなんて。しかもさっきの魔弾はかなり豪快だったの。最初から勝つと思っていたのかしら?」
「え? あ、それが……」
当然の疑問だ。そもそもディオスは私より三つ年上で、おまけに言えば騎士を目指しているから。当然すでに修練をしており、ゲームの設定によるとこの時期にも相当な同年代の子供よりははるかに強い。
正直に言えば勝つだろうと思った。もちろん私はゲームの恐ろしい中ボスだから……だけではない。
そもそもこの事件も
まぁ、私が行動に出た動機は少し違ったけれど、そんなことぐらいはどうでもいい。重要なのは、あのバカが私の大切な人たちに手出しをした怒りを払い落とすことだから。
……あ、そう。
ゲームと違うというなら、今思い浮かんだアイデアもそうね。
「母上、一つお願いしたいことがあります」
「あら、どうしたのかしら?」
「その、えっと……場所を変えてもいいですか?」
どうしても人に見せたくないから。
母上が断ったらどうしようかと少し悩んだけど、幸いにも母上は笑いながら承諾してくれた。
その場で思いついたアイデアだったけど、どうせこんなことが起きたついでに利用できるものは利用しないと。
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