02-04話:【文芸】とある病院にて
「萩原さん、1番の診察室にお入りください」
看護師に名前を呼ばれた俺はゆっくりと立ち上がり、扉を開けて診察室に入った。そこには、いつも通りの笑顔を絶やすことのない精神科医が座っていた。
「萩原さん、お久しぶりです。今日はどうしましたか?」
「先生、俺、もうダメです。一日で何したかわからない時間がどんどん増えていきます。もう街の中で一人で生活するのは限界だと思いまして、もう特別な施設に入らないとさすがにダメだと思っていまして」
俺は、苦々しく、そして、不甲斐なく、苦しい心中を精神科医に
「いやいや萩原さん、気になさらずに。いままで一人で生活してこれたじゃないですか?これからも大丈夫です。医師の私が太鼓判を押します。だから安心してください」
精神科医は満面の笑みでそう答えたが、今の俺はその言葉を素直に受け取ることができなかった。
「いや、先生。俺、もう限界なんです。気がついたら身に覚えのない場所にいたり、気がつくと時計の針が4時間も進んでいたり、こんな状態で、俺、まともに生活できるとは思えないんです。だから、俺は、俺を、自分自身を、ちゃんと管理してくれる施設に入って生活したいのです」
俺がそう精神科医に嘆願すると、精神科医は「はぁ」と大きなため息をついて、俺にこう言った。
「チャーリー、本当にそれでいいのかい?」
「あぁ、それでいい。私もベズモンドも主人格である萩原と同じ意見だ」
チャーリーは、そう重く静かに答えると、じっと精神科医の目を見て言葉を続けた。
「残念なことだが、今みたいに俺たちが表にでている間の記憶は主人格である萩原
には残らない。もともと萩原の過度なストレスの逃避先として、俺たちが生まれた背景がある以上、それは仕方がないことだ。それは、解離性同一症、いわゆる多重人格症である俺たちが背負わなければいけない宿命でもある。だが萩原はもう限界だ。少しの間でいいから施設で休ませてあげることはできないのか?」
チャーリーがそう言うと、精神科医は再び大きなため息をついた。
「チャーリー、君の言うこともわかる。しかし君ならわかっているはずだ。一度施設に入ったら社会復帰が難しいということを。そして君たちの中にはベスとアドミラもいる。彼女たちはまだ遊びたい盛りだ。子供なんだ。そんな彼女たちが自由に行動できる今の状態を私はベストだと思うのだが、君はそうは思わないのかい?アドミラ」
「たしかに、先生のいうとおりなの。わたしは、
アドミラは精神科医の問いかけに対し、必死の嘆願をする。
「そうだろう、そうだろう。私もアドミラと同意見だ。君達はいままで一人で自立して生活をしてきたんだ。それなのに無理に施設に入って、今の自由に制限をかけることもないだろうに。君もそう思うだろう、リチャード」
精神科医は、再びそう問いかけた。
「確かに、僕もそう思うんだ。思うんけど、チャーリーがどうしてもいう事をきかないんだ。主人格が時間を失う感覚に耐えきれないとか、なんとか、へんなことばかりいってるんだ。でも、そんなこと、僕にはどうでもいいことなんだよ。僕は、僕の自由がなくなるのは嫌だよ。耐えきれないよ。なにかいい方法はないの?先生」
そうリチャードに言われた精神科はじっと天井を見つめて考え込んでしまった。診察室には重い沈黙が流れ、まるで時間だけを無限に吸い込むブラックホールが目の前に口を開けているような、そんな錯覚に二人は襲われた
「わかった」
そう言って精神科医は重い口を開いた。
「この手は使いたくなかったのだが仕方がない。チャーリー、こういうのはどうだ?私が萩原に若年性認知症という診断を伝える。そして、常にやったことをノートにメモするように忠告する。そして君たちは、表に出ている時は必ずやったことをノートにメモするようにする。この方法であれば萩原も喪失感を感じなくてすむと思うんだが、これでどうだい?チャーリー」
精神科医のこの提案に、チャーリーは「わかった」と短く答え考え込んでいる様子であったが、しばらくして返事をした。
「すまない、結論を出すのに時間がかかった。ベズモンド、リチャード、ベス、アドミラ、そして私も先生の意見に賛成だ。それでは萩原に人格を返すから、うまく萩原に伝えておいてくれないか?」
「わかった」
チャーリーの言葉に精神科医はそう答えると、しばらく間をおいて話を始めた。
「萩原さん、大丈夫ですか?」
「はい」
私は精神科医のこの言葉で意識を取り戻した。どうやら
「萩原さん、あなたは施設に入る必要はありません。ただ、だからと言って病気でないわけでもありません。あなたは若年性認知症です。しかし心配いりません。これから私のいう事をちゃんと守って生活すれば、問題なく一人で暮らせていけますよ」
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