第14話

 検屍室はそれなりに広く、鉄製のベッドが6台、部屋の左隅に置かれている。廊下に面した壁には洗面台が2つ付いており、他はコンクリートの床だ。その床に5メートル四方の帆布が敷かれ、何かが置かれていた。

 一瞬、リヒャルトはそれが何かわからなかったが、数秒かかって人体の破片を積み重ねたものだと気づいた。当然彼は驚愕する。

「うわああっ!」

 その悲鳴にはベルメールのものも重なっていた。

 切断された人間の手だの脚だのが無造作に積み上げられてひとかたまりになり、ちょっとした小山となっているのを見たリヒャルトは吐き気を催して洗面台に駆け寄り、胃の中にあった昼食をぶちまけた。ベルメールも残る洗面台に取りついて彼に続く。

 シュペー軍医は笑いながら大声で言った。

「やっぱり吐いたか!実は私も午前中に2度吐いたんだ!昼飯前でよかったよ。そうだ、これがメッツ中佐たちだ!」

 洗面台にしがみついたままでベルメールが呻く。

「どうしてこんな状態なんだ……?」

「治安部隊が殺害現場から、ここに運んだ時のままだよ。文字通りバラバラになって散乱していたんだ。彼らは誰が誰だか判別できないから、ひとまとめにしてトラックに載せてここに来た」

 シュペー軍医はベルメール警部の問いにフランス語で答えた。以後、彼は2人にわかるようにフランス語で話し続ける。

「殺害現場はピガール広場付近にある売春街の裏路地だ。時間は昨夜の11時過ぎ。通りで酒を飲んでいた兵士たちが突然複数の悲鳴と銃声を聞いて駆け付けたが、既に6人全員がこんな有り様だった。犯人らしき者はいなかった」

「こんな状態で、どうして人数までわかるんですか?」

 今度はリヒャルトが問う。

「頭が6つ転がっていたからさ。メッツ中佐の頭は縦に真っ二つにされていたがね。もっとも、犯人が幾つか持ち去っていれば話しは違うが、たぶんそれはないだろう」

「長年遺体を見続けてきたが、こんな酷いのは初めてだ……」

 ベルメール警部がようやく洗面台から顔を上げるが、それでも帆布の上に積まれたものを直視できない。

「私だって軍医だ。これまでに戦死した者を山ほど見ているし、解剖だって何度もやっている。しかし、これほど酷い殺され方は見たことがない」

 シュペー軍医は積み上がった小山からあるものを取り上げた。それは手首から先の左手だった。

「殺害方法はさまざまだ。これはきれいに切断されているが、こっちの右腕は凄い力で引きちぎられている。そこにある上半身は腹の真ん中に穴が開けられている。一体どんな凶器を使ったのか」

「こんなことが出来るのは人間じゃない……」

 リヒャルトの呻き声にシュペー軍医が反応した。

「人間じゃない。ならば何だ?」

 リヒャルトは核心を突かれたような気がしてシュペー軍医を見た。彼はもうふざけた感じをやめて、真顔でリヒャルトの視線を受け止めている。

「この6人は全員が武装していた。治安部隊の話では、彼らの銃は全部の弾倉が空になるまで撃ち尽くされていたという。つまりは襲撃者に対して60から100発近い弾丸を撃ち込んでいる筈だ。殺され方から見て相手は至近距離にいた。外す筈がない。それだけの銃撃を受けて、6人全員をバラバラにして、現場から逃げおおせる。しかも発見者が銃声を聞いてから現場に着くまで1分ほどしかかかっていない。これだけのことを、僅か1分弱で行い、なおかつ誰にも見られることなく消え失せる。この犯人は一体何だ?」

 リヒャルトにも、ベルメール警部にも答えられなかった。しばらくの重い沈黙の後で、シュペー軍医が雰囲気を変えて、軽い口調で2人に言った。

「まあ、それはそれとして、そろそろ仕事を手伝ってもらおうか」

「仕事?何をすれば?」

 リヒャルトは相手の急な話に追い付けず、子供のように訊ねた。

「仕分けさ。見ての通り、これでは誰が誰だかわからない。この肉の山から1つずつ部位を取り出して、6人分の身体に戻すんだ。人間の肉体は重い。私1人では大変だ。だが、3人でやれば時間も労力も3分の1で済む」

 呆然と立ち尽くすリヒャルトとベルメール警部に対して、肘に届くくらいに長いゴム手袋と手術用エプロンを手渡しながら、シュペー軍医はあっけらかんに言った。

「さあ、取りかかろう。何、難しい仕事じゃないよ。パズル遊びはしたことあるだろう?」

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