第52話 休日の過ごし方
ティアと髪の洗いっこを終えたエルディは、そのまま朝風に身を任せてぼんやりと過ごした。
ティアは今、洗濯物の続きをしている。
魔法でささっとやってしまえばいいのにと思うのだが、曰く、人間の生活に慣れるために手洗いでしたい、との事だった。彼女なりに、イリーナ達の前で羽根を出してしまった事を反省しているらしい。
手持無沙汰のエルディは、ただぼんやりと彼女の働きぶりを遠目に眺めていた。何かを手伝おうとしても叱られてしまうし、やる事がないのだ。
(あー……暇だ。こんな風に暇を感じるのっていつぶりだろうか?)
きっと、ティアと出会う前なら剣術の修行をしていた。
何となくこのまま、こんな感じの暮らしをしていても良いのではないかと思えてしまう。難易度の高い依頼さえ請けなければ、今の剣技でも十分に通用するのだから。
剣の修行などして何になる、と心の何処かでもう一人のエルディが囁きかけてくる。
S級冒険者パーティーの中ではまだまだかもしれないが、世間一般でみればエルディは強い部類の剣士だ。魔法は使えないが、剣技だけ見ればなかなか右に出る者はいない。
昔は世界一の剣豪になりたいと思っていた時代があった。きっと、S級パーティーの昇格を目指してヨハンと切磋琢磨していたのは、そんな目標があったからだ。
しかし、世界一になったところでどうなる──?
今のエルディは、そんな感想を抱いている。
いや、本当はもっと前からあったのかもしれない。だからこそ、追放された時点で向上心を失ってしまったのだろう。そんなものよりも、ティアと共に過ごす自由を選んだのだ。
では、これから先は何を目標にすればいいのだろう──?
そんな疑問も、浮かんでくる。
(ダメだな。時間があると、余計な事まで考えてしまう)
普段ならこんな事を考えないで、剣術の訓練に明け暮れていた。考えもしなかった。
だが、きっとエルディは心の中で、そんな疑問を持ってしまっていたのだ。いつまで子供の夢を追っているのか、と。
ティアと過ごすこの数日は安らぎに満ちていて、安らぎに満ちているからこそ、もう一人のエルディが囁きかけてくるのかもしれない。
小さく溜め息を吐くと、ちょうどその機に洗濯物を干し終えたティアが室内に戻ってきた。
彼女の髪は魔法によって既に乾かされており、さらさらと風に流されている。
「ティア、ちょっといいか」
「あ、はい。いかがなさいましたか?」
ティアはエルディの前で膝を突いて座ると、姿勢を正した。
いちいち礼儀正しい奴である。
「いやな、生活に必要なものを教えてもらえるか? あるなら教えておいて欲しいんだ。仕事終わりに買ってくるから」
明日は貴族の息子に剣術を教える依頼があり、その依頼はエルディひとりで行うつもりだった。ティアはブラウニーとともにお留守番だ。
「はあ……それは構いませんが」
彼女はそこで言葉を途切れさせると、くすっと笑った。
「どうした?」
「なんだかエルディ様の方から御遣いを申し出ている様で、面白くて。いきなりどうしたんですか?」
明日でもいいのに、と言いたげな顔でこちらを見てくる。
間違いない。明日の出発前に訊けばいいだけの話である。
「え、いや……手持無沙汰でさ。明日の為に覚書でもしておこうかと思って」
「エルディ様は用意周到なんですね」
感心するティアに、エルディは胸を張って「まあな」と応えて見せる。
本当はただ変な事を考えたくなくて、気を逸らしたかっただけなのだけれど、わざわざそれを彼女に伝える必要はあるまい。
「わかりました。では、後ほどまとめて紙に書いておきますね」
ティアはにっこりと微笑んでから、膝の上に飛び乗ってきたブラウニーをよしよしと撫でている。
実に平和。何も過不足がない空間だった。
強いていうなら、この何とも言えない退屈さだろうか。
ふと、天使に休日はあるのだろうか? あったとするなら、どんな時間を過ごしていたのだろう? そんな疑問も持ってしまう。
だが、ティアは一緒に生活する上で、頑なに天界での生活については触れない。
彼女自身、きっともう思い出したくないのだろう。彼女が思い出したくないといなら、無理に思い出させるのも酷だ。それに、天界の事を教えてもらったからといって、今の生活が変わるわけではない。それならば、知る必要もないのかもしれない。エルディも、今のこの生活が続けばいいと思っているだけなのだから。
「よし! ティア、お前の仕事は後どれくらい残っている?」
エルディは暗くなった空気を吹き飛ばすかの様に、明るく言った。
「え? えっと……洗濯物は干し終わったので、これから昼食の調理を始めようかと」
「それが終わった後は?」
「終わった後ですか? う~ん……」
ティアは悩まし気に天井を見上げると、指折りに何かを数えていた。
「お部屋の掃除くらいでしょうか? といっても、あまりやる事が残っていないのですが。あっ、またお風呂でも沸かしましょうか?」
「いや……風呂もいいが、それよりも夕飯の山菜を一緒に取りに行かないか?」
最近わかったのだが、このあたりは山菜が豊富だ。
ティアの識別魔法を用いれば食用とそうでないものがわかるので、食べられるものを採取してちゃんと洗えば、サラダに使える。パンに挟んで具にすることも可能だ。
「山菜が食べたいんですか? それなら、わざわざエルディ様が一緒に行かなくても私が取ってきますよ?」
「バカ、違うよ」
エルディは呆れた様に首を横に振ると、笑みを作ってこう続けた。
「俺が自分で山菜を採りたいんだ。だから、付き合ってくれ。というか、どれが食用を見分けられるようになりたいんだ。それさえわかれば、ブラウニーの朝の散歩がてらに山菜採取もできるからな」
「エルディ様……はい!」
結局、昼食を食べてから二人と一匹で山菜採りをしている間に一日が終わってしまった。
これほど目的もなく一日を過ごしたのいつ以来だろうか? ただ、それでもティアと過ごすその時間に充実感を覚えていたのは間違いない。子供の頃に友と遊んだ時の如く、邪念なく純粋にその時間を楽しんでいた様に思う。
せっかく髪を洗ったのにすぐに汗をかいてしまったが、
そんな時間を思い出させてくれたのは、彼女に他ならなかった。
たまにはこんな休日もいいかもしれない──エルディは、ティアにそんな新たな楽しみを教えてもらった様に感じていた。
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