第34話 堕天使さん、驚きの提案。
波乱万丈な入浴を終えて、一息……とはならなかった。
髪を乾かし終えたら(ティアの魔法で乾かしてもらった)、今度は寝床問題だ。
この家はそれほど広くはなく、しかも今のところベッドも一つしかない。これが完全に一人用のベッドであればもっと問題も楽に片付けられたのかもしれないが、少し大きめのセミダブルベッドだったのだ。
男女が
ここで男女の同衾する意味だとか、人間の生殖活動について説明できれば良かったのだけれど、さすがに一緒に風呂に入った直後にその話は気まずい。きっと彼女は別の意味の恥ずかしさもあった事を知ってしまい、せっかく楽しみにしていた次の入浴の約束を叶える事を躊躇ってしまうだろう。
それに、先程までティアの白い肌に織物一枚で隣り合わせになっていたのだ。そんな彼女と同衾してしまうと、それこそ色々制御できる自信がなかった。
結局、エルディは有耶無耶に誤魔化すしかなかったのである。ソファーで寝るのもベッドで寝るのも変わらないんだ、実は寝相が悪いんだ、など適当に言い訳を並べ立ててティアを寝室に押し込み、明かりを消した。
ブラウニーはそんな主人達のやり取りを寝ぼけまなこでぼんやりと眺めては、犬用ベッドの淵に顎を乗せてすぐに寝入っていた。心なしか、犬に呆れられているような気がしなくもない。
かくして、ようやく入眠の時間が訪れたのだった。
エルディはクッションを枕にして、ソファーに横になった。もともと、このソファーも三人掛け用にしたのはベッド代わりにする事も視野に入れていた。冒険者は夜営をする事も多いので、大体どこでも寝れる。ベッドでなくても、地面や床ではなければそれだけで有り難いのである。
ソファーの寝心地も良好。今日は心身共に疲れている事もあって、すぐに眠れそうだ──そう思って居た時だった。
寝室のドアがかちゃりと開く音がした。
「……あの、エルディ様? まだ起きていらっしゃいますか?」
エルディの背に、遠慮がちにティアが声を掛けてきた。
「ん? ああ、寝かけてたけど、まだ起きてるよ」
エルディは欠伸をして身体を起こすと、ティアの方を向いた。
月明りに見る彼女もまた美しく清らかであったが、その表情はどこか暗い。
「どうした? トイレか?」
「ち、違いますっ! お手洗いなら一人で行けますから!」
何を言い出すかはおおよそ予測がついたので敢えて本題ではなさそうな話題を振ってみたが、案の定否定されてしまった。
「えっと……そうではなくて。その、エルディ様はやっぱりソファーで寝るのですか?」
「ん? そのつもりだけど、それがどうした?」
「う~……やっぱり、それでは私の気が済みません」
ティアはいきなり唸ったかと思うと、何かを決心したように顔を上げた。
その頬はほんのり赤くなっている。
「気が済まないって、一体何がだよ?」
おおよそ何を言い出すかはわかっていたが、気付かぬふりをしてみた。
おそらく、先程の話の続きをしにきたのだろう。困ったものである。ブラウニーなどもはや起きる気配もなく、小さないびきをかいている。
「その……私がベッドで寝てエルディ様がソファーで、というのが、嫌なんです」
「嫌って言われてもなぁ……」
エルディは頭を掻くと、小さく溜め息を吐いた。
案の定の話題だった。彼女が話し掛けてきた時点で予測できた事柄である。
「アリアさんも、仲が良い男女は一緒に寝るものだ、と仰っていました。私とエルディ様は、仲が良くないのでしょうか……?」
「いや、そういうわけじゃなくてな」
おのれ、またあの女か。
エルディのいないところで、面白がって色々ティアに吹き込んでいるらしい。困ったものである。
どうせ吹き込むのなら、男女の馴れ初めであったりだとかそのあたりの事情も吹き込んで欲しいものなのだが。
「あのな、ティア。その、アリアさんの言ってる男女が仲良くっていうのは、そういう意味じゃなくてだな」
「し、知ってますっ」
「え?」
「詳しくは教えてもらえませんでしたが、その……一緒に寝るのは特別な異性とだけで、もしエルディ様と一緒に寝るのに抵抗がなければ誘ってみてはどうか、と」
肝心なところだけぼかしているのがあのギルド受付嬢らしい。
そこを説明しておいてくれないと、ティアの覚悟もまた異なってくるだろうし、エルディとて気持ちが違ってくる。
「お風呂の時と同じで、恥ずかしさも少しはありますけど……でも、抵抗とかは全然なくて。むしろ、一緒がいいっていうか、ひとりだと寂しいなって思ってました。ですから、もしエルディ様が嫌でなければ、ご一緒に如何でしょう……?」
そこには懇願するような瞳があって。その瞳から雫が零れ落ちてしまいそうなほど潤んでいて。どこか寂しそうで悲しそうでもあった。
そんな瞳をされて断れるほど、エルディは強い心を持っていなかった。
「わかったよ。一緒に寝るから。だから、そんな顔をしないでくれ……」
「エルディ様……はい!」
エルディの返答を聞いて、一転して嬉しそうな笑顔を見せる。
なかなかどうして、エルディはティアの懇願には弱かった。というより、アリアの睨んだ通り彼女の懇願には抗えないのだ。
それはきっと、悲しそうな彼女を見たくないからだろう。殺してくれ、と涙しながら懇願してきた最初の彼女と被って見えてしまうから。
そんな彼女を見たくなかったからこそ、エルディは彼女に人として生きる道を提示してみせたのだ。そうして共に過ごす事で見せる彼女の笑顔にエルディ自身が救われていたというのもあるだろう。
しかし──
(俺の理性、朝まで持ってくれるかなぁ)
若さゆえに、自らの欲望を律せる自信もまた、全くないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。