第20話 住処決定
エルディとティアはアリアに連れられ、街外れにある売家へと向かった。
街の中心地からは結構離れていて、歩いて一時間近く掛かってしまう場所に、その売家はあった。
「おお、これか」
「可愛らしいお家ですね」
エルディとティアはそれぞれ言葉を漏らした。
家はもちろん一戸建てであるものの、階数は一階のみ。あまり広くはなさそうだが、二人で生活する分には困らなさそうだ。
それに、周囲に人けがなく、自然が溢れているのもポイントが高い。ご近所さんというご近所さんがなく、中心地から離れた森林地帯にひっそりと佇む家、といった感じだ。近くには小川もあって水には困らなさそうだし、住処としては決して悪くない。
外観を見る限りは老朽化している様子もなく、比較的綺麗な見栄えをしていた。
「街から離れててあんまり手入れもしてないから、掃除は自分達でしてくれって」
アリアは扉に鍵を差し込みながら言った。
この家はもともと別の持ち主がいて、街を出るからと今の持ち主に家を売ったそうだ。買い取ったものの、立地としてはあまり良くないので今の今まで売れ残ってしまい、買い手がいるなら譲りたいというのが本音だったらしい。
「お、家具も残ってるのか」
「キッチンとお風呂もありますよ!」
家の中を見て見ると、食器棚や本棚などの大半の家具はそのまま放置されていた。
埃は被ってしまっているけれども、それほど傷んでいる様子もないので、掃除さえすれば普通に使えそうだ。
しかも、幸運なことに、離れには風呂専用の浴室小屋も設置されている。湯船に排水溝もあるので、毎日でも風呂には入れる。これは有り難い限りだ。
キッチンも立派で、ちゃんとしたものが作れそうだ。
「お料理ができるのは嬉しいです」
「料理が好きなのか?」
「はい! 物質界のお料理もちゃんと作れますよっ」
「それは有り難い。じゃあ、料理の担当はティアだな」
「お任せ下さい!」
キッチンを見てからというもの、ティアのテンションがやたらと高い。本当に料理が好きなのだろう。
「それにしても……どうしてここが売れ残ってしまうのでしょうか? とても素晴らしいお家だと思うのですが」
家の中を見て、ティアがそう感想を漏らした。
エルディもそれには同意見だったが、売れ残った理由としてはわからなくもない。
「ちょっと入り組んだ森の中にあるから、畑や家庭菜園を作るにしても日当たりが悪いんだ。自給自足をするにしては、あんまり優れているとは言えないな。となると、食糧は街から買うことになるけど、そこでこの立地の悪さが問題になってくる」
「まあ、リントリムにはここより中心部に近くて便利な空き家もまだたくさんあるしね。わざわざこんなに遠い家を買う理由がないわけよ」
安く済ませたいだけなら借家とか借間で済ませればいいし、アリアは付け足した。
「遠い、ですか……?」
「お前みたいにひとっ飛びってわけにはいかないんだよ、俺達人間は」
「……そうでした」
なんとなしに言わんとしている事を読み取ったエルディのツッコミに対して、ティアは微苦笑を浮かべた。
何せ、彼女は通常半月近く掛けて移動するところを数時間で済ませてしまう。距離感が完全に人間とは異なるのだ。
「そっか、天使だから飛べるのね。どのくらいの速さで飛べるの?」
「ドンディフからリントリムまで数時間だったよ」
「は⁉ あの辺境から数時間⁉ 冗談でしょ⁉」
ギルド受付嬢のアリアが、吃驚の声を上げる。
彼女が驚くのも無理はない。ドンディフは山をいくつか越えなければ辿り着けず、なかなか足を運ぶのは億劫な場所なのだ。エルディだって、ヒュドラ討伐の一件がなければ一生訪れなかっただろう。
「天使パワー、凄いわね……」
「あまり実感がないのですが、そう言われると照れてしまいますね」
唖然としているアリアに対して、ティアは面映ゆそうに笑った。
「照れるのはいいけど、羽根は出さないようにな」
「うぅ……ごめんなさい」
さっきまで嬉しそうにしていたのに、途端にしょぼくれてしまった。
そんなティアが可愛くて、エルディはつい笑みを漏らすのだった。
ただ、この少し離れた立地というのは、ティアの翼を鑑みても悪くはない。周囲に家もないので、仮に彼女が羽根をばっさばっさしてしまったとしても騒ぎになることはないだろう。
もし大荷物を運ばなければならない時は、それこそティアの
「諸々考えた上でここが良いと思うんだけど、ティアはここで大丈夫か?」
「はい! 素敵だと思いますっ」
ティアの即答により、住む家が決まった。
それから一度手続きの為にギルドまで戻り、融資を受ける諸々についての契約を交わした。
これで、返済を終えるまでの間はリントリム専属の冒険者だ。ある程度返済し終えたら他のギルドでも仕事を受けられるようになるらしいが、そのあたりの条件面についての相談はもっと先だろう。それに、今のところ行きたい場所もないし、生活費を稼ぎながらのんびり暮らす生活を優先したい。
「私も色々お手伝いしますね、エルディ様」
「ああ。二人で頑張っていこうな、ティア」
契約を終えた後、追放された劣等剣士と堕天使は再度握手を交わす。
以前は初対面の挨拶としての握手。今回は、同居兼仕事のパートナーとしての握手だ。
堕天使と二人で暮らすなど、考えもしなかった。
ただ、新しい日常がここから始まる。これからが、二人のスローライフの始まりだ。
新たな生活へと思いを馳せながら、堕天使と笑みを交わしたのだった。
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