if VII

6月の終わりも近づき、夏の訪れを感じさせる日差しが強くなってきた。僕たちはまだ、ケートスについての核心に迫れてはいなかったが、それでも少しずつ手がかりを掴み始めていた。


ある日、僕たちは再び神社を訪れることにした。前回見つけた古い石碑には、まだ解読できない部分が多く残っていたが、斉藤が見つけてくれた島の古い資料にその手がかりがあるかもしれないという話をしていたからだ。


「今日は、もう少し細かく調べてみよう。あの石碑、絶対に何か重要なことが書かれているはずだ。」斉藤はいつもより真剣な表情で言った。


僕たちは神社の祠の前に集まり、斉藤が持ってきた資料と照らし合わせながら石碑の文字を再確認することにした。時間の経過でかなり風化している部分が多かったが、斉藤は根気強く解読を試みていた。


「この文字……古い形ではあるけど、『時』という文字が見える気がする。」斉藤が静かに呟いた。


「『時』?それって、もしかしてケートスの時空を超える力と関係があるのかな?」僕はその言葉に反応した。


「可能性はあるな。この石碑自体、昔から時の流れに関する何かを示しているのかもしれない。」


僕たちはさらに石碑を調べ、少しずつその全体像が見えてきた。


「ここには、ケートスが時を超えて島を守ってきた存在であると書かれている。そして、この場所……つまりこの神社が、時と空間の狭間を司る場所でもあるらしい。」斉藤は石碑を読みながらそう解説してくれた。


「時と空間の狭間……?」高梨が少し不安そうな顔をしながら呟いた。「それって、もしかして現実とは違う世界に繋がってるとか?」


「かもしれない。この場所には、その力を持つ何かが隠されているんだろう。」斉藤は自信を持って答えた。


「まるで別世界への入り口みたいだな……」僕はそう呟いた瞬間、ふと心に一つの考えが浮かんだ。もし、僕たちが今いるこの現実が、実は別の世界と繋がっているとしたら――ケートスが僕を助けたのも、そこに関係しているのかもしれない。


その時、綿津見くんが少しだけ険しい表情で祠の前に立った。


「この場所には、確かに別の世界への入り口が存在しているかもしれない。でも、それを解き放つのは危険だ。」


「危険?」僕は綿津見くんの言葉に驚いた。


「昔、この島の人々は自然と時の流れを尊重していた。ケートスはその一部として、島を守ってきたんだ。でも、時を操る力には代償がある。もしその力を乱せば、均衡が崩れてしまうかもしれない。」


「均衡が崩れる……?」斉藤がその言葉に疑問を抱いた。


「そう。時と空間の均衡が崩れれば、現実の世界にも大きな影響が及ぶ可能性があるんだ。だから、この神社が守られてきたのもそのためなんだろう。」


僕は綿津見くんの言葉に、どこか不安を感じた。ケートスに関わることが単なる冒険や謎解きではなく、もっと大きな力が働いていることを感じさせるものだった。


「でも、ケートスが僕を助けてくれたのは、何か意味があるはずだよね?それを知るためには、この場所の秘密を解き明かさなければならないんじゃないか?」僕は綿津見くんに問いかけた。


彼は少しの間黙っていたが、やがて静かに頷いた。


「確かに、ケートスが君と出会ったのは偶然ではない。だが、その意味を知るためには慎重に進めなければならないんだ。俺たちが何を解き明かすのか、それが重要なんだ。」


僕はその言葉を胸に刻みながら、もう一度祠と石碑を見つめた。ここに隠された秘密は、僕たちの運命を大きく左右するかもしれない。そして、それは瑠海との繋がりにも深く関わっているはずだった。


***


その夜、僕は再び夢を見た。


暗い海の中、僕はケートスと向かい合っていた。彼の大きな瞳が僕をじっと見つめている。その瞳の奥には、何か切実な願いのようなものが込められているように感じた。


「君は……何を伝えたいんだ?」


僕がそう問いかけると、ケートスは静かに海の奥へと進み始めた。僕はその後を追うように泳いでいく。やがて、ケートスは再びあの巨大な石の扉の前で立ち止まった。


その扉がゆっくりと開かれると、中からは眩しい光が溢れ出してくる。光の中には、ぼんやりとした人影が見えた。その影は、どこか懐かしいような――瑠海のような姿に見えた。


「瑠海……?」


僕がその名前を口にした瞬間、夢の中の世界が崩れ始めた。光が強まり、僕の意識はそのまま暗闇へと飲み込まれていった。


***


翌朝、僕は汗だくで目を覚ました。胸が高鳴り、呼吸が荒くなっていた。昨夜見た夢――あの石の扉の先に、何かが待っている。それは、ケートスが僕に伝えようとしている何かだということは間違いなかった。


「瑠海……僕たちはどうなっていくんだろう?」


僕は再び瑠海のことを思い浮かべながら、窓の外に広がる青い海を見つめた。この夏が終わる頃には、全ての答えが見つかるのかもしれない――そう感じた。

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