美夜子ルート⑦:ヤケ食いの果てに

 ◇◇◇


 茅実 美夜子は追加で二日程、学校をお休みした。

 各位には『しつこい風邪を治すため』と伝えてある。そう、伝えてあるのだが。


「…………ふふっ」


 当のご本人様は、白昼堂々とご近所を出歩いていた。

 誤魔化すための変装も何もせず、ふらふらとアスファルトの道を歩く。制服姿ではない分マシではあるが、知り合いに見つかったら不思議な顔をされることこの上ない状態だ。


 あるいは、彼女をよく知っている者であれば別人だと判断するかもしれない。

 それだけ今の美夜子は、普段の美夜子らしからぬ様相だった。闇のオーラを纏っているわけでもないのに目は虚ろで、よろよろと足元もおぼつかない。

 まるでずっと好きだった相手に告白したらこっぴどくフラれた。そんな悲惨なイベント発生後かのように。


「……もうだいぶ暑くなってきたわね。この際、バッサリ切ってしまおうかしら……」


 もちろん髪の話である。

 決して憎い誰かをズバッとやってしまう算段を立てているわけではない。


 もし美夜子がこのまま美しく長い黒髪をバッサリいってしまっていたのなら、両親は卒倒。祖母は一気に老け込んだだろう。

 その前に彼女がどんより落ち込む気持ちを振り払うために、お気に入りの甘味屋さんに辿りついたのは一種の幸運だったかもしれない。


「あんれー? どしたん美夜子ちゃん、こんな昼間から――」

「おばちゃん」


 お節介焼の知人に対して、席についた美夜子が注文する。


「このお店の甘味を順番に全部持ってきて」

「……あんだって?」

「全部食べたいって言ったのよ。出来るでしょ?」


 美夜子の有無を言わさぬ迫力に気圧されたおばちゃん。他の店員達がびっくり仰天する中、ただひとり。なんとなーくそういう時もあると悟ったのだろう。


「……あいよ。順番に持ってくるから、待ってなさい。でもお残しは許しませんで~」


 孫に優しく接するかのように、少しだけ苦笑しながら、そのヤケ食い注文を快く受け入れていた。


 ◇◇◇


 そこから先は圧巻だった。

 美夜子は、店の全メニューを一度で制覇しかねない勢いで食べた。食べた。とにかく食べまくった。


 その間、『これ美味し~♪』『あ、これ甘ーい』『キレーな色~☆』のような明るい言葉は全くない。何かを律するかのように、終始無言。表情はほとんど変わらない無表情。甘味屋の一般客にしてはあまりに異様すぎるため、店内の空気は店の今後を左右する審査でもやっているのかぐらいにピリピリしている。


「……はぐ。もぐ。はむっ、もむっ」


 あんみつ、みつ豆、パフェ、おしるこ、餅、アイス、抹茶和菓子セット等々。その身体のどこにそんな量が入るのかわからないぐらい、普段は節制しがちな美夜子が食べる、飲む、貪る。


 その間もずっと、彼女の脳内には先日の突発的クゥちゃん大好き発言イベントの事がぐるぐると渦巻いていた。


(クゥちゃん、動揺してた)

(おのれ光笠佳鈴め。アレは絶対誘導してたわ)

(気づかない私もうつけよッ。風邪だったとはいえああも簡単に……)


 文句はいくらでもある。

 しかし結局行きつくのは、悲しみの極致だった。


(…………せめて伝えるなら、もっと雰囲気を作りたかったわ)

(あんな、いきなりじゃなくて。もっとこう……二人っきりの放課後とかで)

(そしたら、もしかしたら……)


 上手くいったかもしれない。

 そんな虚しい希望が消えてくれない。空也が自分のような闇の者を恋人的な意味で好きになってくれるはずがないのに、どうにもこうにも気持ちが割り切れないでいる。

 あのあとは気が動転した美夜子自身の手によって、お見舞いは解散。空也と佳鈴は吹き飛ばされるように強制退去した。きっと二人でどこかに立ち寄ったりでもしたのだろう。さながらデートのように、と思わずにはいられない。


「…………でも、いつかはそうなるんだものね」


 美夜子は空也が好きだ。

 ずっと前から好きだった。

 だから、よく付き纏っていたし、余計なお邪魔虫はこっそり排除した。自室には写真や自作グッズもたくさんある。


 それでも美夜子には、恋人として空也の隣にいる自分のビジョンがハッキリとは浮かばなかった。妄想することはあっても、それは夢幻の類いで、実現するとは思えない。なんだったら、腹が立ちはすれど、光笠佳鈴が横にいる時の方がしっくりきてすらいた。


 だからいつかは、空也は自分から離れていく。

 きっとそれは、彼に本当に好きな人が出来た時なのだ。


「……それが、少し早くなっただけ…………だもん」


 美夜子が追加で来た温かいお茶を一気飲みする。

 冷たいモノで冷えていたところが温まったが、勢い余って舌を少々火傷してしまったようでヒリヒリする。


 たったそれだけのはずなのに、悲しくて悲しくて涙が零れそうだった。

 今の内に心を回復させなければいけないのに。明日は休日だが、学校に行く日になれば嫌でも空也とは顔を合わすことになる。その時に備えなければならない。うまい言い訳か、下手な戯言でも思い浮かべばいい。


 それで一区切りにしよう。そうしよう。

 時間が経つにつれて離れがたくなるのであれば、これ以上引っ張るのはよくないのだから。


 そうやって美夜子がヤケ食いしながら勝手に自己完結をキメていたその時。


「相席でお願いします」


 テーブルにすっと影が差した。

 美夜子にとっては毎日聞いていて、それでも何度でもいつでも聞きたくなる少年の声がしたのだ。 

 

「な……んで」


 口に運んだばかりのスプーンをモゴモゴさせながら、美夜子が当然の疑問を口にする。多少息を切らせている少年がゆっくりと向かいの席に腰かける。

 馴染みのおばちゃんが冷やかしたそうに運んできた一杯の冷たいお茶をゴクゴクと飲み干すと、彼は――空也はじっと美夜子を真正面から見つめた。


「が、学校は……? まだ、放課後には早すぎるわ」

「抜けてきた」


「うそでしょっ」

「嘘じゃないよ。だからこうしてココにいるんだ」


 冗談めかした口調ではあるが真実である。

 そもそも空也は理由も無しに嘘をつかないタイプであり、彼をよく知っている美夜子には彼を疑う余地なんてないのだ。



「さあ、美夜子ちゃん。食べ終わったら、ちょっと付き合ってもらうよ」



 大分強引な物言いにビビりつつも、美夜子は往生際が悪かったので、さらに追加注文をし始める。


「おばちゃん。コレと同じの、あと二つください」

「あいよぉ♪」


 ただ、それ以上はさすがに、ヤケ食いの美夜子でも食べきれなかったので。

 残った分は空也が全部食べきったのだった。

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