美夜子ルート⑥:泣いて、ムカッとして、大絶叫
◇◇◇
もらい事故の巻き添え同然で平謝りし続ける空也を台所に追いやって、ようやく二人の女子トークならぬ秘密のお話は再開となった。しかし、諸々の出来事で大きなダメージを受けてしまった美夜子は意気消沈しており、問い詰めようとしていた佳鈴もすっかり「なんてこったい」と困ってしまっている。
「……とりま、さ。あの部屋は美夜子の部屋なんだよね」
「(弱々しくこくりと頷く)」
もう、どうにでもな~れ。
美夜子の態度はそんな投げやりすぎる呪文を口ずさんでもおかしくない程に、どんより暗い。
「なんであんなドン引き待った無しの有り様に…………あ、いや、ごめんごめん。今のはあたしの言い方が悪かったから、そんなしくしく泣かないで欲しいし」
「(無言でしくしく泣いている)」
「あー……うー……」
間が持たない上に居心地が悪すぎる空間に、思わず佳鈴も微妙な呻き声をあげるしかなかった。あの部屋の事、空也に半裸を見られた事、この後空也にどう話すべきか等。どれもこれもが美夜子にとっては大事件である事は想像に難くない。
それらを踏まえて美夜子の心情を慮れば、佳鈴的にはフォローのひとつは入れたくもなるもの。
そこで彼女が取った行動は、
「ちょっとこれ見てみ」
一枚の写真を表示した自分のスマホを美夜子に渡すことだった。
「……クゥちゃんが写ってるのが何よ。悲惨な私を自慢の写真で死体蹴りなんて悪趣味だわ」
「発想が激ネガすぎない!? じゃなくて、言いたいのはそういうのじゃなくて」
「…………?」
「ほんとに今日は察しが悪い! 推しの写真をこっそり持ってるぐらい普通だっつってんのよ!!」
キレ気味に言い放った佳鈴のその言葉が、重くじめじめした部屋の空気をぶわぁっと振り払ったかのようだった。少なくとも美夜子にとってはそう感じられた。
「これ以外にだって何枚かあるわよ。だから、つまり……あんたとは枚数が違うかもしれないけど、やってる事は同じっていうか」
「…………」
「あたしも同じタイプってわけ。だから、心の底から美夜子を笑えないし、笑う気もない。そう伝えたかったの」
「…………抱き枕カバーと合成お目覚めボイスがあっても?」
「マ!? いや待って、それはどうやって作ったのかの方がむしろ気になるわ。え、どっかで売ってるわけじゃないっしょ?」
「売ってる訳ないでしょ、馬鹿なの?」
「じょ、冗談だし? 別に本気で言ってないし? つか、冗談に対して辛辣なマジレスは勘弁な」
割と本気で尋ねていたであろう佳鈴が口ごもる。
しゅんとするギャルに、先程までさめざめしていた美夜子は容赦しなかった。
もうそこに、絶望的に落ち込んでいるドン引き少女はいない。
いつもどおりの闇属性ガールが戻ってきている。
(小声で)「あなた、やっぱり女神だわ」
「え、あんだって?」
「馬鹿ね、って言ったのよ」
「むきー! また馬鹿って言ったなぁ!?」
「だってそうでしょ。わざわざ推しなんて言い方して……素直に好きな人って言えばいいのに」
「う、ぐっ、それは、その……」
「あなたなら言えるでしょ。……このあいだの雨の日に、クゥちゃんにしたように」
「ハァ!??」
美夜子の発言に佳鈴が飛びあがる。
何故コイツがそれを知っているのかという驚きで、気持ち的には天井を破壊しそうなぐらいに。
「あの時、近くにいたのよ。偶然だけどね……知らなかったでしょう」
「し、知るわけないじゃんそんなん! だ、だってあんたが居るってわかってたら絶対言ってないし!!」
「つまり居なかったら言えるんでしょ。……すごいわ、私には無理だから」
「はあ? なんでそうなるん」
「クラスカースト上位勢のあなたにはわからないわよ」
「なんでさ」
「え?」
「美夜子がどんだけクーちんが好きかは、よーくわかってるつもりだけど。つか、わからんヤツいる? あんた以上にクーちん好き好きオーラ出してる子なんか見たことないんだが?」
「誰にも言った事ないのに?」
「言うとか以上に、行動に顕れすぎてるし」
「……クゥちゃんはずっと前から変わらずあのままよ。付き合いの長いお友達くらいにしか思ってないわ」
「そ、それはまぁ……クーちんがニブちんすぎるだけじゃ」
「その悪い口を閉じなさい。縫い付けるわよ」
「痛い!? 想像するのすらいったい!」
「…………ふん。いいのよ、私はクゥちゃんの傍にいるだけで」
「へー、そんなこと言っちゃうんだ」
闇属性オーラをむんむんに漂わせるネガティブ美夜子に対して、佳鈴は小馬鹿にするように両手を左右に広げた。
その上で、さらに爆弾を投下する。
「じゃあ、あたしがクーちんをもらっていいんだね」
「…………は?」
地獄のコキュートスとはこういうものかとわからせんばかりに、美夜子の極低温視線が佳鈴を射抜く。
「残念だなぁ美夜子は。ほんと残念。そんなんじゃ張り合いがないよ。あーあ、あたしはこれまで一体何のために衝突してたんだろね。あんたがそんな意気地なしだなんて思わなかった」
「意気地なし、ですって?」
「意気地なしでしょ。言い換えるなら人の恋路をただただ邪魔するだけのスーパーお邪魔虫だね。ほんと迷惑」
「……言うじゃない、女神の名を騙るク●●ッチのくせに。さすが人の男を取ることに関しては天下一品の人は言うことが女神級にウザいわ」
「おお、やるかー? ああでも、やっぱやめとくわ。どーせあたしの不戦勝だもんね。負け犬は遠くから吠えてなよ、お腹丸出しでさ、ごめんなさい参りましたーキューンキューンって」
これまでにない罵倒の嵐に、美夜子の堪忍袋の緒はぶち切れる寸前だった。
脳内では目の前にいる友人(仮)から、空前絶後にムカつく雌犬に急降下格下げした女をどうやって泣かせてくれようかという、よろしくない思考回路がフル回転している。
ただそれらを実行する前に、どーーーしても言わなければ気が済まないものがあった。だから美夜子は普段の冷静な彼女なら絶対に言わない言葉を怒り任せに放出する。
「あのね!!! 先にハッキリさせるけど!!」
その大声は、部屋の外からのノックをかき消す程に大音量であり。
「あなたよりも私の方が、ずっとずっとずーーーーーーーっと! クゥちゃんのことが大好きなんだからね!!!!!」
スーッと滑らかな動きで障子が開くのと美夜子の告白はほぼ同時だった。
前後関係を理解していない空也が立ち尽くすのも無理はない。よりにもよってのタイミングで、彼はおかゆを作り終えてきてしまったのだから。
「…………えっと、あの……」
「お、お帰り~クーちん。わー、おかゆオイシソー」
戸惑う空也に、場を和まそうとしたら棒読みになってしまった佳鈴。
彼らの様子はまだマシな方で、
「あ、ああ………」
伝えられない。そう想っていた気持ちをアクシデントとはいえぶちまけてしまった美夜子は顔色を七色にカラフルに変えた後に、林檎のような紅一色に肌の色を落ち着かせて。
「★ψД☆●∵ノ#$%◇!!!!」
母屋の屋根を吹き飛ばしそうな威力で、日本語に翻訳できない乙女語を大絶叫した。
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