第32話:あたしのヒーロー③ - Ⅱ

「あ、ありがと……」

「念のため保健室に行こっか」


 ニコッと笑ってあたしの手を引くクーちん。

 もう、なんかアレだ。一度ならず二度までも、特に約束をしていたわけでも仲の良い友達でもないのに助けてくれる。そんな彼が眩しくてしょうがない。

 言い換えると、恐れ多かったになるのかな。でも、中学時代の地味なあたしは、彼の手を掴んで離さなかった。


 ◇◇◇


 保健室には保険の先生の姿はなかった。

 とりあえずベッドを借りてその上に腰かけると、クーちんはどこにも行かず付き添って他愛もない話をしてくれた。


 同じクラスの誰々がこんな面白いことをしていた、とか。

 今はバスケが流行っていて、みんなでよく遊んでる。この間、委員会の作業を手伝ってくれた時も遊んでた、とか。


 クーちんが楽しげに話す姿は、沈み込んでいたあたしの心をどんどん軽くしていった。彼の話は、あたしをも楽しくさせてくれたのだ。

 ひとしきり話し終えると、クーちんは少しだけ真面目にこう言った。


「光笠さん。自分が嫌な時は、ハッキリと嫌だって伝えた方がいいんだ。じゃないと相手はもっと言ってもいいんだって考えちゃうから」

「……そうなの?」

「うん、そこから初めて『どうするか』になるんだよ。少なくともボクはそうだった。今はほとんど無いけど、髪の色でなんだかんだ言われた事があってさ」


 そこでようやく、あたしは知った。

 ずっと前から人気者に見えるクーちんであっても、困っていた時があったのだと。きっとあたしよりもずっと、どうしようもない理由でだ。

 

「何も言わないでいるとずっと終わらないんだ。だから、まずは意思表示! やめてって、嫌だよって伝えるんだ。するとね、不思議なぐらい良い方向に解決しちゃうんだよ」

「でも、解決しない時も、あるよね……」


「その時は誰かに頼っていいよ」

「頼れる人がいなかったら……?」

「いるよ、絶対に」


 なんでそこまで言い切れるのか。

 そんなあたしの弱気を情けない表情から読み取ったのか。クーちんは、自分の胸をポンと叩いた。



「少なくともココに一人、ね」



 たったそれだけで、また、あたしは救われた。

 泣きたくなってしょうがなかった。我慢しようとして、結局我慢できなくて、慌ててベッドに潜りこんで涙をボロボロ零していく。


 しばらくそうしていると、誰かが保健室に入ってきてクーちんと話しているのが聞こえたりもした。


『クゥちゃん、保健室にいるなんて何かあったの?』

『ちょっとね。ああ、ボクじゃないんだけど……』


『ふーん……。ねぇ、クゥちゃん。ココは私が見てるから、先生を呼んできたら? そこにいる子もそっちの方がいいでしょうから』

『あ、そうだね。じゃあちょっと行ってくるよ』

『ええ』


 ……思い返してみれば、あのやり取りから保険の先生が来るまでの間、布団越しなのに睨まれているような気がしたかもしれない。


『クゥちゃん……また女を――――こういうのも八方美人っていうのかしら……?』

『ねぇ? あなたがどこの誰か知らないけど、あんまりクゥちゃんに迷惑をかけないでね。じゃないと、不幸になるかもしれないわよ……?』


 自分に付き添ってくれている見知らぬ誰か――クーちんの知り合い(女子)――からそんな風に忠告されたらどう感じるかなんて決まってるっしょ。


 一言。

 超ッッッ怖ッッッッ!!?


 コレが噂のヤバイ人かって、心底震えたね!

 噂どおりどころか、さらに上のガチでヤバイオーラ放ってたもんいやマジで。


 同時にこうも思ったわけよ。

 今後、クーちんともっと長く一緒にいようとするなら、このヤベェ奴と渡り合えるぐらいじゃないとダメなんだって。


 肌でピリピリ感じる程の闇のオーラに対抗するためには……その逆になるしかない。

 クーちんと同じかそれ以上の、眩しい子になるしかないってね!!


 地味で暗くておバカなあたしは、そんな形で唐突に決意して、

 自分を変えるために、年単位で今までに無かったレベルのたゆまぬ努力と自分磨きにすべてを賭けていくことになり――。


 劇的ビフォーアフター。

 匠 (自分の力)によって、見事な高校デビューをキメたのだった!(ピース♪)


 



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