ラブレター

 小学4年のとき、初めてラブレターをもらいました。


 相手の顔は覚えていませんが、背が高くてかなり大人っぽい女の子だった記憶があります。

 大人っぽいといっても「ちょっと男子ィー」みたいな上から目線という意味ではなく、どこか冷静で落ち着いた「頭のいい上級生」みたいな子だったような気がします。

 

 気がする、というのはあまり正確に覚えていないからです。

 それにもちゃんと理由があります。

 

 ▽

 

 小学生時代を思い返すと、男子より女子のほうが大人っぽかったように思います。


 男子はいかにもガキって感じで、「誰だれが好き」みたいな話になると「うぇええーい!♪」と囃し立てるのが常ですが、女子は友達の恋に積極的に協力したり、はたまた邪魔をしたりもします。

 すごい。


 でも、その子はそういった女子たちのキャッキャとした恋バナから、一歩離れたところに身を置いていたように思います。

 一言で言えば「精神年齢が高すぎて、まわりからちょっと浮いた子」でした。


 ▽


 学校の国語の授業で、みんなで詩を発表したとき、その女の子がぼくの書いた詩を「カイエ君(仮称)の詩、いいね」と褒めてくれたことがありました。


 しょーもない男子である少年カイエは、たったそれだけでその子のことをちょっと好きになってしまいました。


 当然ながら口に出したりはしません。

 胸に秘めた仄かな恋心――などと言えばかっこいいのですが、単純に「ちょっとだけ意識してしまう相手」になったのです。


 男子小学生というアホな生物にはよくある話です。

 

 ▽

 

 ぼくの通っていた小学校は本校舎が古く、隣に「新校舎」なる新しい建物が建っていました。

 新校舎は普通の教室がなく、かわりに視聴覚室や家庭科室などが並ぶ、あまりひと気のない場所でした

 

 その日たまたまそこが掃除当番だったぼくは、その子に声をかけられます。


「明日もここにいる?」

「たぶん」


 というような会話をしたのだと思います。

 意味は分かりませんでしたが、なんとなく浮足だった気持ちになったのを覚えています。

 

 翌日は授業は昼まででした。

 掃除をしていると、またその子が来て「放課後ここで会える?」というようなことを言われました。

 

 もちろん快諾しました。

 

 放課後、友達を巻いて、人気のない新校舎の階段でその子と落ち合いました。

 

 何を言われるのかドキドキしていると、「はい」と言って真っ白な正方形の封筒を手渡されました。


「じゃあ」とだけ言って、その子はすぐに帰って行きました。


 告白されると思ったのに、と残念に思いました。

 

 家に帰って開けるなんて発想は、当時の自分にはありません。

 すぐに封筒を開けました。

 

 中には紙が一枚入っていて、たった一行、

 

 i love you.

 

 とだけ、タイプライターの文字が打たれていました。

 i は小文字でした。


 ひと目でタイプライターだとわかったのは、生徒が出入りできる放送準備室に置いてあったクラシックなタイプライターが、当時ちょっと流行っていたからです。


 なんかおしゃれな手紙をもらったぞ、と思いました。

 ただ、残念なことに4年生の頃のぼくには、なんて書いてあるのかわかりません。


 そこで、当時のぼくは人類史上最も愚かな行動に出ました。

 

 ▽

 

 姉に「i love you.」の意味を聞いてしまいました。

 

 さすがにもらった封筒を見せるのは抵抗があったので、別の紙に書き写して見せました。


 姉は怪訝そうにしながらも、一応教えてくれました。


「私はあなたを愛しています、って意味」


 ボンと顔が赤くなったのを見て、姉はニヤーと嫌な笑顔を浮かべました。

 何があったのか、全て察したようです。

 巧みな話術で根掘り葉掘り全て聞き出されました。


 仕方なく、何があったのかを詳細に説明しました。

 姉は歓喜して言いました。


 4年生にしてこのセンスはやばい。

 何も書かれていない真っ白な封筒に、真っ白な紙一枚。

 あるのは「あなたが好き」という一文だけ。

 それも手書きでなく、タイプライターというところがやばい。

 i が小文字なのも意味があるかもしれない。

 これ以上ない完璧なラブレターだ。

 その子は只者ではない。

 いいか、絶対に逃すな。

 何がなんでもモノにしろ。

 どうにかしてあたしのところに連れてこい。


 そのようなことを言われたように思います。


 ぼくはちょっと引きながら、ははぁ、この姉がここまで言うのなら、よっぽどなんだなと思いました。

 嬉しくてニヤけました。

 ニヤけてるところを見られたくなくて必死に抑えましたが、どうしても我慢できませんでした。

 あの子とお付き合いできる、という事実に、舞い上がりました。


 この日はニヤけ顔のままベッドに潜り込んで、幸せな気持ちでぐっすりと眠りました。


 ▽


 翌日、担任の先生が言いました。


「今日で、○○さんはお引越しします」


 目の前が、もらった手紙よりも真っ白になった気がしました。


 ▽


 遠く離れた県に引っ越すという話を聞きました。

 そういえば、今の学校へも転校でやってきたような気がします。

 たぶん、引っ越しが多いご家庭だったのでしょう。

 どうやらその子は、引越し前に未練を残さないように手紙をよこしたようでした。

 あるいは悪戯だったのかもしれませんが、一応その可能性は除外しておきます。



 お付き合いする気満々だったぼくは、またも失恋しました。

 この出来事は、幼かったぼくに酷いショックを与えました。



 いや、そりゃあんたはそれでスッキリするかもしれないけどさぁ!

 こっちの身にもなってくれよ!!



 そう叫びたかったのですが、さすがにできませんでした。

 ぼくはしばらくのあいだ、ちょっとした女性不信になりました。


 ▽


 当時は手書きのラブレターを折り紙にして男子に渡すのが、ちょっとしたブームでした。

 本気の恋愛というよりは、恋愛ごっこが楽しい時期だったのだと思います。


 ぼくも、ハート型やシャツの形に折られた可愛らしい手紙を何通かもらいましたが、一度も OK の返事をしたことはありません。

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