第68話 救出、そして遭遇
僕らがその入口を進むと、一際鬱蒼とした空間が広がっている広場に辿り着く。
その場所には蔦によって縛り付けられた村人たちが何人も座っていた。食事は与えられていたようだが、かなり衰弱している人が多そうだ。
その中にメイヴィの姿もあった。ただ、こっちもかなり青ざめている。おそらくは空腹値の現象による空腹状態に陥っているのだろう。
周りを見て回ったが、その広場の中にはゴブリンの姿は見えない。当然、ホブゴブリンも同様だ。とはいえ、少し前までここでナニカの儀式をしていたのだろう。祠を中心に置かれている松明台にはまだ激しく燃える炎が残されていた。
おそらくは急にこの場を離れたのだろう。
取り敢えず、この場にゴブリンの姿が見えないので、今のうちに村人たちを縛っている蔦を切ることにした。僕は取り敢えず男性の村人をメインに救出していくことになった。
次々救出していく中、ウルカがメイヴィの元に歩み寄る。
「あ、皆さん……待ってましたよ……」
「あら、意外と大丈夫そう? お腹空いてない?」
「うーん、しばらくお肉は食べられそうにないです……。でも、携帯食料しかないですね……」
助け出したメイヴィにそうウルカが伝えると、彼女はホッと息をつく。彼女のメンタルが心配ではあるが、取り敢えず大事には至ってなさそうだ。
その後、メイヴィは携帯食料のジャーキーをぐぬぬと口にしてから頬張り、何とか空腹値を回復させていた。どうやら捕まった時に無理やり生肉らしいものを食べさせられそうになったのだという。それで肉系はあまり食べたくなかったのだとか。
言えばビーフシチューっぽいやつ出したのに……まぁ、中に肉は入ってはいたけども。
取り敢えず彼女の事はウルカたちに任せ、僕は村人たちの不安な状態や衰弱状態を少しでも回復させる為に『メンタルケア』を発動する。一時的とはいえ特殊な状態異常に効果がある筈なので、これを使えばいいはずだ。
効果があるか不安だったが、取り敢えず顔色が少しだけ良くなっていたので効いているのだろう。一先ずは安心だ。
「さて、ゴブリンが全く居ないのが気になるところなんだが……そこの君はなにか見てないのか?」
「えーっと……ホブゴブリンと杖を持ったゴブリンが、そこの祠からなにか黒い塊みたいなものを取り出して、向こうの方に進んで行きましたね。他のゴブリンは皆さんが来たところから武器を取って出ていきました」
コトノハに問われたメイヴィは祠を指差す。その祠は既に開放されたあとであり、中身は無くなっていた。どうやらホブゴブリンと杖を持ったゴブリンが祠の向こう側に繋がる場所へと持っていったらしい。
そして僕らが入ってきた場所からゴブリンが出て行ったということは、もしかするとこの場にいたゴブリンたちが僕らを足止めするために出てきたということなのだろうか。
予想以上に儀式というのは先の方まで進んでいたのか、それとも僕らが来たことで急遽流れを変えたか、そのどちらが真実に近いのかは分からないものの、とにかく強敵であるホブゴブリンはこの先に居るということだけははっきりと分かっている事となる。
僕はメイヴィが動けることを確認し、シルクとスミレにメイヴィと村人たちを連れて森を抜けるようにお願いすることにした。
このゲームでは、パーティーを解散しなくても別行動することは可能となる。もし、距離で自動的にパーティーから離脱することになれば、死に戻りの際などが面倒なことになるだろう。
別行動してしまうと、パーティーとしての恩恵はほぼ無くなってしまうのが難点となるが、別行動することで1パーティーでは攻略できない場所も攻略可能になることもあるらしい。
ベータの頃は元からパーティーを分断するようなギミックがあるダンジョンもあったらしく、その場合は別々に攻略して先に進んでいく必要があったらしい。その際もパーティー同士で連絡し合うことで連携することが可能となる。
「えっ、ウチも戦えるよー!」
「拙者もでござる!」
シルクとスミレからは不満の声が上がる。まぁ、それもそうだろう。ここでそう告げるということは、あからさまに戦力外であると言っているようなものだからだ。しかし、それは間違いである。
「うん、それは分かってる。でも、もし僕らが負けてしまったら、その時は本当にこの人たちが生贄にされてしまうかもしれないんだよ?」
たかがゲームのNPCであると人は言うかもしれないが、今まで遭遇してきた人たちは本当に生活しているように行動していた。つまり、この世界でこの人たちはちゃんと生きているのだ。そんな人たちを無下に扱うことは僕にできなかった。
それ以前に、この人たちをちゃんと村まで送り届けるのも、今回の特殊クエストの中身となる。それを厳かにするわけにはいかなかった。だからこその別働隊なのである。
「僕らはホブゴブリンを倒さなきゃいけないけど、村人たちを救出するというのも大事な頼まれごとの一つになる。だから、これも大事な仕事なんだよ。それを、僕は2人なら任せられるって信じてるんだ。……だから、頼めるかな?」
僕が諭すように説明すると、2人はうーんと考え始める。
「…………うん、分かった!」
「任せられたでごさる」
やがて納得できたのか、2人は笑顔でそう答える。そして、村人たちを誘導して広場から外に向かって移動を開始する。それにメイヴィも付いていく形だ。
「メイヴィは大丈夫ー? 無理そうならログアウトしていいよ? ウチが身体運ぶしー」
「ううん、大丈夫。私もこの人たちを守らなきゃって思ってたから、ちゃんと頑張る! それに、もう足手まといにはなりたくないから!」
メイヴィは精神的に大丈夫か不安だったが、問題なさそうで、いざという時は一緒に戦うと言ってくれた。
しかし、メンタルが強いな。普通はこんなイベントに遭遇したら即ゲームをやめたいと思ってもおかしくないのに。流石だ。
まぁ、それまでのゴブリンは掃討して来たし、仮に残党が残っていても、ホブゴブリンが来ない限りは彼女らでも大丈夫だろう。そして、そのホブゴブリンはこれから僕らが対峙することになる。
シルクとスミレ、メイヴィが村人を連れて広場を離れると、やがて静寂が僕らを包みこんだ。
「さて、3人……いやルヴィアを含めれば4人になったわけだけど、ウルカとコトノハは大丈夫?」
「大丈夫かどうかでいえば、割と大丈夫じゃないわね……。でも、ここまで来たらやるしかないわね」
「ハハハ。私は結構楽しくなってきたぞ? ベータテストでもここまで緊迫した感じのステージはなかなか無かったからね!」
ウルカは少しばかりプレッシャーに押しつぶされそうになっているのを気合で持ちこたえてる感じだが、コトノハは逆に楽しそうな様子だ。意外と好戦的な感じだったようだ。
「妾には聞いてくれぬのか?」
「いや、ルヴィアは大丈夫だろ。ホブゴブリン如きっていってたから」
「むっ、それはそうだが……」
何やら文句を言いたそうな感じだったが、それなら少しは不安そうな様子を見せてほしい。それじゃ声をかけてもらいたいっていう様子しか伝わってこないぞ。
取り敢えず構ってほしそうにしていたから、頭を撫でておくと、満更でもなさそうだ。良かった。
「さて、取り敢えずここから先にホブゴブリンが居るのは確かだ。もしかしたらかなり格上との戦いになるかもしれないから、念には念を入れて行かないとね?」
僕は戦闘前の準備として『リリーブテンション』を発動し、ウルカとコトノハに『アタックアシスト』をかける。【スキルリンク】で全体に反映はされるものの、それは半減した効果となるので今回はちゃんと2人にかける事にした。
そしてルヴィアには『ドラゴンエンハンス』各種に『マジックアシスト』をかけておく。魔力供与は戦闘開始時にリセットされるので後で使うことになる。
これで僕はMPが減ってきたので、急いで初級マナポーションを摂取してMPを回復する。うーん、最後がこれだと締まらないなぁ。
「――よし、行こう」
ウルカとコトノハ、そしてルヴィアの準備完了を待って、僕らは祠の先にある空間へと足を踏み入れる。すると、そこには怪しげに光る黒いと杖を持ったゴブリンと青い肌の巨大な姿のゴブリンが待ち構えていた。
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