【王】結婚式は大変です

第百四十一話 婚儀、初夜

 婚儀初日の夜。花嫁が到着した。御休息の間にて衣装を整え、一休みしたら、固めの儀となる。

 そうなれば、ついにご対面だ。長かった。いや、早く顔が見たいとかじゃない。お嫁さんがどんな人か気になっているだけなのだ。


 固めの儀。それは無言にて行われる。顔は見れるが声は掛けられない。

 しかし、分かるのだ。相手のお顔は。


 向かい合わせで座る新郎と新婦。しかし顔をまじまじと見ることはせず、伏目がちで儀式を進める。進行は新婦のお付きの侍女が取り仕切っている。とても静かで厳格な儀式。静かにせねばと思えば思うほどにクシャミや咳が出そうになる。不思議である。


 そういう訳でお顔ははっきりとは見れてない。だが、聞いていた印象と違う。

 たぶん美形なんじゃなかろうか。否! 美形である。少しふっくらとした丸顔。クリクリの瞳は垂れ気味で、ほんわりした印象を受けた。俗に言うタヌキ顔。


 この子、可愛いではないか?! 稙家さんは見た目がアレと言っていたが、むしろ良いではないですか! いや、しかし! 俺には楓さんという人が!


 このまま邪な気持ちに流されては二股になってしまう。いや、しかし! 彼女も俺の嫁さん。正式な嫁さんなのである。そして楓さんも嫁さんなのだ。つまりは、問題無しということに……。


 ダメだ! 邪な俺が暴れている。俺は楓さん一筋だというのに。さっきのは一時の気の迷いに違いない! 確かに彼女は可愛いけども! 気の迷いなんです! 楓さん!



 そうだ。そもそも、しっかり向かい合って話してみると印象は変わるかもしれない。

 よく言うではないか。綺麗なバラには棘があると。

 ……彼女は綺麗よりも可愛いのだが。そして綺麗な楓さんには棘があるのだが。



 どこかへ飛んで行っていた俺の意識とは関係なく、固めの儀は終盤へと差し掛かる。

 この場には、俺と花嫁、そして侍女。黒子役として給仕役の幕臣が数名。

 用意された酒器に酒が注がれ、僅かばかりに口を付ける。この時、新郎新婦だけでなく、侍女も口を付けるのだ。これで固めの儀が終わる。


 そうなれば後は初夜である。

 床に入る時になって、やっと二人での会話が出来るようになる。

 性格にも難があると聞いていたから、話をしてみないと安心できない。顔は可愛いけど。


 座を立つと寝所に向かう。後ろからは衣擦れの音が聞こえ、小さな足音が続く。

 小さな足音は小走りのように床を踏む回数が多い。そこで俺の歩く速度が速すぎたのだと気がついた。


 彼女が纏う重ね合わせた着物は重たい。そして足運びにも難儀する。そんなことにも気が付かず、ノシノシと歩いてしまった自分が恥ずかしい。決して床に急いでいた訳ではない。早く話をしてみたかっただけなのだ。


 俺は意識的に歩幅を小さくして、ゆっくり歩くと、後を追う足音も静々としたものに変わった。



 寝所に入ると布団を避けて座る。俺は入り口に向かって座って、新婦が入ってくるのを待っていた。彼女は近くを歩いていたと思ったが、いくらか離れて歩いていたようだ。すぐには部屋に入ってこない。


 ゆっくり二呼吸ほど待ったところで寝所へ入ってきた彼女は目の前に座る。固めの儀の時のように、表情は硬い。でも……やっぱり可愛いぞ。


「綾と申しまする。慣れぬ武家暮らしなれど、上様を御支えするべく誠心誠意お仕えいたします」


 あれ? 性格に難があるようには思えない丁寧な挨拶だな。まだ緊張しているからかも。武家言葉もたどたどしいから、普段の口調に戻れば地が出るのかもしれない。


「そんな堅苦しく考えなくて良いよ。俺らは夫婦になるんだし。ほら、肩の力を抜いてさ」

「そんな訳には参りません。私のような行き遅れを貰っていただいただけでも感謝に堪えませんのに」


「行き遅れと言えば俺の方さ。この歳まで嫁さんがいなかったんだし」

「あらあら。……やはり、上様は……」


 緊張を解すために自虐に走ってみたが反応がおかしい。何やらブツブツ言っている。


「え? どうかした。そこまで変なこと言ったかな?」

「いえ! 分かります! ひじょ~に良く分かりますよ」


 何だろう。この流れ。何か同志を見つけたような納得のされ方。


「な、何が分かるんだい?」

「上様は、武家の嗜みを愛されているのですよね!」


 武家の嗜み……。武芸の話か? 確かに塚原卜伝師に師事して権を習ってはいる。巷では師匠の武名が高すぎて、師事した俺まで剣豪と呼ばれたりしてしまっている。藤孝くんにすら負けるのに。


「ああ、確かに武家の嗜みは好きだな。悩んで行き詰ったり、夜に眠れないときなどは、居ても立っても居られなくなるんだ」

「い、居ても立っても居られなくなるですと!」


 ずいっと覗き込むように近寄ってくる近衛の姫さん。綾さんだっけ。名前と顔の雰囲気が良く合っている。いや、いたと言うべきか。さっきからやけに鼻息が荒い。言葉遣いも怪しくなっている。


「あ、ああ。身体を動かすとすっきりするからな。案外身体を苛め抜くのも嫌いではないのかもしれない」

「ぶふぉ! わ、私には刺激が強すぎます。何と上様は虐められるのもイケるのですか!」


 剣術修行の話で刺激が強いとは何ぞや。いや、嘘だ。何となく分かりかけている。

 言葉の端々に俺とは意味合いの違う言葉を使い興奮している。


 独特の反応、異様な熱の上がり方、興味のある分野にだけ以上に反応する生態。

 アレですね。貴方はあの世界の住人なのですね。これだけ可愛いのに。

 いや、良いんだけどさ。俺は楓さん一筋って言って初夜は断るつもりだったからね。


「俺の話しているのは剣術の話だ。武士の嗜み。つまり武芸の話だぞ?」

「へ? 武家の嗜みといえば衆道(男色)ではないのですか?」


「そういう面は否定できない! でも、俺はそっちの道には興味はない!」

「そ、そんな。楽しみにしていたのに……。そのために初夜くらいは我慢しようと。そうすれば武家の世界に入り込めると思っていたのに……」


「そんなことで体を委ねなくても」

「そんなこととは! いくら上様でも許しませんよ! 衆道は私の青春。日々妄想の世界に入り込んでは、夢の世界に浸る日々。溢れる情熱は言の葉となり、物語を綴るまでになったのですよ!」


 こやつ、衆道好きが高じてBL本を書いているのか。そりゃあ嫁の貰い手に苦労する訳だ。好きなら好きで構わないけど、ここまで前面に押し出されては……。


「ですから武家暮らしに憧れていたのです! 目の前で繰り広げられる美男子たちの愛憎劇。堪りません! ですから、んっ!」


 何だろう。このテンションについていけない。そして最後には、梅干を食べたような表情をして顔を突き出した。ツッコミどころが多すぎる。

 しかし先にこれだけは言っておきたい。


「日頃から目の前で美男子の愛憎劇が繰り広げられるわけないだろぉ!!」

「えぇ! そうなのですか。四六時中、一緒にいればそのようなことがあるはずなんです。だから私は勇気を振り絞って武家に嫁いだのです。その愛憎劇をこの目で見なくては。ですから、んっ!」


 また梅干し顔をする綾さん。もう姫呼ばわりしなくて良いな。


「えーと、それは何してんの?」

「えっ? だって殿方はすぐに発情して口を吸うのですよね? そして荒々しく押し倒すのでしょう? 大丈夫です。私は楽園のためならば、いつでも覚悟出来てます」


「…………。こ、こんな流れで発情するかぁ!!」


 はい。これが初夜のお話です。

 綾さんは性格に難があるんじゃなくて、性格が変なだけでした。

 これはこれで大変なんだけれども。少なくとも女の争いとかで、楓さんと険悪になるようなことはないのだけは確定しました。

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