第97話

 4月17日、火曜日。


昨日でカナダの探索を終えた俺は、今日からインドの探索を始める。


カナダに残してきた銀箱約1万2000と、茶箱約3800は、理沙さん達に任せる事にした。


やはり通常の世界で『抽出』を行うと、銀箱の数がかなり減るようだ。


『地図』上で最初に確認した数から、半分以下にまで減っている。


それでも週1で探索する理沙さん達にはかなりの数なので、別に急がなくても良いと言っておこう。


カナダで倒した魔物は約2万だった。


新たに入手した特殊能力は『幻惑』の1つだけで、魔法は何もなく、アイテムに関しては『良縁』7個と『開運』11個、『放水』と『落雷』の1つずつ以外は全てポイントに替えた。


装備品もAランクの物しか出なかったので全部ポイントに変換し、各能力値を上げる品だけを全部残した。


『幻惑』は、『個人または集団に、己の意図する幻覚を見せる』という能力で、対象者の数に比例して、要求される精神力が増す。


使い方によってはかなり面白い事になりそうだ。


『身体能力・改』の中に収まった。



 午前3時、仁科さんの寝室にあるベッドから身を起こす。


仁科さんと落合さんは、何事もなければ交互に其々の部屋を情事に使うので、今回は彼女の部屋という事だ。


両側で力なく横たわっていた2人が、それに釣られて何とか自分達も身を起こそうとするが、まだ身体に力が入らないらしく、直ぐに崩れ落ちる。


「お気遣いは無用です。

そのまま寝ていらしてください。

落合さん、人材探しの件、宜しくお願い致します」


1人だけベッドから出て、衣服を身に付ける。


シャワーは自宅で浴びれば良い。


「陸にお見送りもできずに済みません」


かしこまりました。

数日中に手配致します」


彼女らに挨拶して、自宅まで転移する。


シャワーを浴び、自室で準備していると、パジャマ姿の美冬が入って来る。


どうやら起こしてしまったらしい。


「済まない、五月蠅うるさかったか」


「ううん、偶々目が覚めただけだよ。

これからダンジョンに行くの?

朝には一旦帰って来る?」


「美冬と珈琲を飲むために、8時に一旦戻る」


「いってらっしゃい」


軽いキスをされてから、中国とインドの国境付近に転移する。


そこからインドに入り、早速ユニーク討伐と金箱の回収を開始した。



 インドのダンジョン入り口数は、合計4万1876個。


ユニークの数が多く、102体。


金箱は806個。


歴史が長く、宗教にあつい国ならではか。


魔物の数がかなり多くて、その強さもアフリカに次ぐものがある。


『飛行』を使って、直ぐに探索を開始した。



 今回は先ず、金箱から先に回収する。


2日もあれば終わるだろう。


その理由は、ユニークに興味深い存在が多そうだから。


カナダのユニークは、動物が突然変異したような大型の魔物がほとんどだったが、このインドでは、神話の神々に似た存在が散見される。


じっくり相対あいたいしたいので、後に回したのだ。


4時間で90個近く金箱を開けて、一旦家に戻る。


既に起きて洗顔を終えた美冬が、朝食のアップルパイを食べながら、珈琲を飲んでいた。


被っていたマスクを脱衣籠に入れ、手洗いとうがいをする。


フェイシャルペーパーで顔を拭き、美冬と同じテーブルに着く。


「おかえり。

インドはどうだった?」


「何だか楽しそうな場所だった。

本来のガンジス川は、あんなに奇麗なんだな」


「テレビで見ると、かなり汚れているもんね。

私だったら、あんな場所で水浴びなんかできないよ」


「敬虔な信者でなければ普通は無理だろう。

あの川には、周辺の生活用水さえ垂れ流されている。

インドのトイレ普及率を考えれば、俺なら絶対に近寄らない」


「食事中だから、別な話題に切り替えよう。

今日は沙織さんの日だから、遅くなるね?

そのままダンジョンに行くの?」


「そうなるな。

彼女は行為後も必ず俺を洗ってくれようとするから」


「沙織さん、和馬への施術と入浴のお世話には拘るもんね。

・・ちゃんと動けるようになるまで、待っていてあげてね?」


「ああ。

隣で静かにしているよ」


「・・大学に行くまでにはまだ少し時間があるけど、簡単に1回やっておく?

そう言えば、衣服を着たまました事ないよね?」


「美冬を抱く時は全裸が良い。

片手間に愛せるような相手じゃないし、俺はコスプレに興味がない。

真に美しい女性は、余計な物で飾らなくても、それだけで十分過ぎるくらいに完成されているんだ」


「・・ありがと。

私も和馬に抱かれるなら全裸派かな。

直に肌と肌が触れ合う方が好き」


「今の所、木金は空いてるから、その時にじっくりな」


「エミリアがここで働くようになったら、そのどちらかになるね。

彼女が週末に泊まる日は、和馬は南さん達と私、エミリアの3連戦だもんね」


「体力的には全く問題ないし、光栄な事だよ」


「フフフッ、そういう所が和馬の持てる理由だよね。

外見だけじゃなく、心もイケメンだよ」


「それはどうも。

帰りは明日の朝8時になるから、今日はゆっくり休んでくれ」


「分った。

和馬のベッドで本を読みながら寝るね」


「本?

・・何の?」


「大学の各教科の基本書。

寝る前に一度目を通せば十分だから」


「・・学生は大変だな」


「真面目な人だけだよ。

奨学金貰って通ってるのに、サークル活動やバイトばかりしている人も結構いるみたいだから・・」


「日本の奨学金は、親の所得基準を満たせばほとんど誰でも借りられるからな。

バイトすれば必要ないのに安易に借りて、いざ返す段になると文句を垂れたり自己破産する奴が多くて嫌になる。

二流以下の大学を、陸な成績も取れずに卒業しながら、奨学金の返済を免除して欲しいなんてほざく奴は、ダンジョンに蹴り入れたくなる」


奨学金を借りてまで勉強するなら、死ぬ気で勉強しろ。


仕送りを貰っているのに、生活費の分まで余計に借りようとするな。


金もないのに、バイト先を選り好みするなよ。


「奨学金だって借金だもんね。

借りた物はきちんと返さないと、貸す方だって困るし」


「義務教育でもないのに、高校の授業料を無償化した身の程知らずの国も悪いのさ。

修学旅行だって、積み立てすらしていないのに、参加できないのはかわいそうなんて言う奴が出てくる。

俺からしたら、そんな奴を参加させたら、まともに金を払ってる人の方がかわいそうに思えるけどな。

『教育上良くないから』なんてほざく奴もいるけれど、我慢を覚えさせる事もまた教育だろ?

高校生にもなれば、もうバイトだってできる。

本当に行きたかったら、自分で働いて稼げば良い。

それでも足りないなら、学校で寄付を募るべきだ。

無責任な外野ではなく、当事者である学校の生徒達が本当にそうした人達をかわいそうだと思っているなら、寄付だってちゃんと集まるだろうさ。

それさえも恥ずかしいと感じるなら、もう参加しなくて良い。

ふた親が揃っているのに、教育での借金なら、払わなくてもそのうち国が何とかしてくれるなんて考える馬鹿は、もうこの国に必要ない」


「・・何時になく厳しいご意見ですね」


「そんな馬鹿どもが存在し過ぎるから、奨学金の原資が不足して、交通遺児など、真に奨学金を必要とする人達が十分な額を貰えないんだ。

仕事をしなくてもそれを上回るような補助金が出て、働かなくても理由を問わずに生活保護を得られて、お金を払わなくても給食が食べられ、学校にも通える。

そいつらの親は、自治体から1人当たり幾らの子供手当を毎月貰っているんだぞ?

そんな国、そうそうないと思うだろ?

少なくとも、借金まみれのこの国がして良い事じゃない。

・・俺は、この世界にダンジョンを創った方のお考えが、何となく分る気がする。

本来、自分が欲しいと思うものは、己の努力と工夫で掴み取るべきものだ。

夢破れれば、命を落とす事なんて、別に珍しくもない。

貧富の差が、行き着く所まで行ってしまった通常の世界。

個々人の努力だけでは最早どうにも差が縮まらない社会ではなく、ダンジョンという新しい場所で、人々にもう一度、努力と工夫の大切さを学んで欲しかったんじゃないかな。

貧しくて木刀しか買えなくたって、鍛え方、攻略の仕方次第では、時間さえ掛ければやがては強くなる。

現代兵器が持ち込めないのも、通常の世界での地位や立場を踏襲させないため、少人数でしかパーティーを組めないのも、寄生する奴を除外する趣旨だと考えれば、それなりに納得できる。

そして成功したあかつきには、俺を見れば分る通り、計り知れない利益が得られる。

・・なのに、人はまたしても楽な方、無難な道を選んでダンジョンを忌避しているようにしか見えない。

都合良く、ごみ捨て場としてしか活用していない。

海外の一部の有能な家系、学校の中には、ダンジョンの価値に気付いている所もあるが、それはまだ少数だ。

だから俺は、さっさとダンジョンの利益を独占する事にしたんだ。

散々探索者を馬鹿にしてきた奴らが、ダンジョンの真の価値を理解した時に吐くであろう台詞、『そんなの不公平だ』を、鼻で笑ってやるために」


「・・・」


「どうだ?

かなり引いただろう?」


恐らく美冬は、【分析】で以て俺を見ているはず。


なので、言っている事が俺の本心に近いと理解できるだろう。


俺は、陸に努力もせず、何も考えずにのん気に暮らす奴の事なんかどうでも良い。


そうした人種は、俺の大切な仲間に関係しない限り、放って置く。


こちらから手を差し伸べるのは、自らに努力を課し、懸命に足搔あがいて今を変えようとする者だけだ。


俺を認め、受け入れ、愛してくれる人達にしか利益を共有させない。


その道を切り開く先達者が、多くの利を得るのは世の常。


遅れてやって来て、然程さほど困難な目に遭う事もなく探索できる者達が享受するのは、生存率の上昇だけで良い。


「今更だよ。

和馬の中には元々、約1割程の暗黒面が存在する。

普通の人より少ないけれど、その分、闇が非常に濃い。

その闇は、普段は大人しく眠っているけど、一旦目覚めたら大抵の物を飲み込んでしまう。

反抗する者は殺し、意に沿わない人は心を折り、もし立ち向かって来るようなら徹底的に蹂躙する。

私とお仲間さん達は、そうなった時の和馬を身を以て鎮める存在。

闇が再び眠りに就くまで抱かれ続け、愛し、慈しむ。

世界の防波堤のような役割だね」


「・・美冬達は、それで良いのか?」


「構わないよ。

今と少ししか違わないじゃない。

たとえ闇に落ちても、和馬は身内には優しいはずだから。

前に一度、そうなりかけた時、和馬の怒りと憎悪は外にしか向いていなかった。

側でおたおたしていただけの私には、何の悪意も示さなかったよ?」


「もし闇落ちしたまま戻らなかったらどうする?

・・俺と戦うのか?」


「まさか。

一緒に闇に落ちるよ。

和馬より大事なものなんて、私には何もないもの。

・・尤もこれは、お仲間さん達全員の総意だけどね」


「いちいち確かめたのか?」


「当たり前でしょ。

ちゃんと和馬の闇についても説明したよ?

幾ら私でも、その程度の覚悟もない人に、和馬の夜の相手なんてさせないって。

私だって、大事な和馬を任せるんだから、きちんと見返りくらい要求するんだよ。

私のための時間が、その分減るんだしね」


「南さんはともかく、あの理沙さんがよくそれに同意したな」


「南さん達にとっても、最早世界の平穏なんて二の次だからね。

『和馬と居る方が何倍も幸せ』って言ってた。

理沙さんだって、ああ見えて結構愚者には容赦ないよ?

善人には寛大だけど、自分達の利益や幸せを踏み躙ろうとする人には、内心で殺意を向ける事も多々あるみたいだし。

『和馬と美保、お仲間さん達の方に味方するわよ。当たり前でしょ』って笑ってた」


「・・・」


「まあでも、和馬が闇落ちするなんて、今後はないと思うけどね。

私達がダンジョンに入り続けるのも、強くなって、和馬に心配かけないようにするためだしさ」


そう言って微笑む美冬の顔に、俺のとある部分が反応する。


「・・今日の講義は、受けないと駄目なやつか?」


「え?

・・午前は語学だから平気だし、午後もどうしてもって訳じゃないかな」


「ならこれから・・」


「うん!

寝室で仲良くなろう」

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