第96話

 4月15日、日曜日、午前11時。


肌をつや々させた南さん達を秋田まで送り、自分はカナダへ跳ぶ。


明け方までオーストラリアで茶箱を回収していた美冬はまだ寝ている。


カナダのダンジョン入り口数は、合計12万5857個。


ユニーク数は92で、金箱は全部で2256個。


既にユニークは全部倒し終え、金箱もあと1日で回収を終える。


銀箱を回収しないと非常に楽なので、合間合間に出口から出て、銀箱が固まる付近の鉱山や土地に『抽出』を行う。


余裕があるので、最初の内は、今までより魔物を倒す数も増えた。


相変わらず黒のマスクを被り、防護服を着て探索を行うが、南さんが将来、俺を総理の夫として大事な外遊に連れ回す満々なので、もしかしたらかなりの間、この恰好を強いられるのかもしれない。


カナダには、中国からこの国に妻や子供を避難させている富裕層が多いので、都市部では意外と中国人を目にするが、彼らは金持ちだから、ダンジョンにはほぼ入らない。


そもそも、カナダ自体が差別や偏見に非常に厳しい国なので、たとえ中国人でも、他国で見かけるような傲慢で常識知らずの者はほぼ見当たらない。


こんな国でなら、いちいち人種で警戒する必要もない。


この国の人口密度は日本の90分の1くらいなので、そもそもダンジョン内にもそれ程人がいない。


まさに取り放題、狩り放題なのである。


ただ、その美しい自然を見ていると、ここでは殺伐とした行為はなるべく控えたいという気持ちにもなる。


俺の後に銀箱、茶箱を回収して貰う予定のお仲間さんも、きっとそう思うだろう。



 「秋田の宝箱は既に回収を終えているし、魔物も強い物は粗方あらかた狩ったから、そろそろ次の探索地に進みたいわ」


並んでシャワーを浴びる南さんから、そう告げられる。


「分りました。

では次回から岐阜にお連れしますね」


「ええ、お願い」


「和馬君、こちらにどうぞ」


一足先にシャワーを浴びて、俺の身体を洗う準備をしていた百合さんに、椅子を示される。


夕食後には、今日も彼女達の寝室に招かれるので、入浴時間は短めだ。


「最近になって、沙織さんの店に行く頻度が若干増えたのよ。

スタッフを増やしてくれて助かったわ」


浴槽に浸かりながら、南さんが俺を見る。


「エミリアも利用するようになったし、もう1人くらい補充しない?」


「う~ん、でも、お仲間さん達にはもうエステの部分は然程必要ないですよね?

『若返り』でどんどん肌が奇麗に、若々しくなっていますから」


「何それ、今までがそうではなかったと言いたいの?」


南さんの視線が僅かに鋭くなる。


「とんでもない。

皆さんは当初から凄くお綺麗で、僕には勿体ないくらいですよ。

・・でも、そこまで違いが生じると、職場で何か言われませんか?」


週に2回も俺に抱かれている彼女達は、もう21、2歳くらいの大学生にしか見えない。


「さすがに、皆おかしいとは思っているでしょうけれど、私に面と向かってそれを問える人間はいないから」


「私はよく聴かれますよ?

はぐらかしていますけど」


背中を洗い終え、前を洗い始めた百合さんが、淡々としてそう口にする。


「ダンジョンに入っているお陰だとは、まだ言わないでくださいね?」


「分ってるわ。

和馬君の作業が一段落するまでは、絶対に話したりしないから」


「他の皆にも口止めしてあるの?」


「ええ。

理由は其々に考えていただいておりますが・・」


「フフッ、私は何て言おうかな?

やっぱり、『愛する人の子種』?」


「いやいや、それは駄目ですって。

そのままじゃないですか」


「『若返り』の事を知らなければ、単なる惚気のろけにしか聞こえないわよ」


「・・もしそれで僕に女性が殺到したら、美冬以外の皆さんとのお時間が大分減りますからね?」


「それは駄目です」


「そんなの認めないわ!」


「そう仰られても、僕の身体は1つしかありませんし、僕の琴線に触れるような女性が現れれば分りませんよ?」


そんな事は先ずないだろうし、安易に他の女性に手を出すつもりもないが、南さんなら言いかねないので、念のために予防線を張っておく。


「・・分ったわよ。

何か別の理由でも考えるわ。

沙織さんの店の効果だと言えば、今度は彼女に迷惑が掛かるし、意外と面倒ね」


何処其処どこそこの芸能人みたいに、『○○を毎日食べて若返りました』とでも言えば宜しいのでは?」


お礼に百合さんの背中を洗いながら、そう言ってみる。


「それだと、その食材を扱う業者を無駄に儲けさせるだけじゃない」


「・・まあ、見慣れてくれば、その内誰も気にしなくなるでしょう。

女性が美しくなる事で、少なくとも男性には何の不利益もないですからね」


南さんが浴槽から出て、身体を洗い始める。


逆に俺が湯に浸かり、先程の南さんの提案について、考えを口にする。


「エステだけなら今の人員で問題ないと思いますが、垢すりだけは、他にも場所を作りましょうか。

柏木さん達が入る渋谷のビルなら、まだ空室が沢山ありますしね。

プライベートサウナとシャワー付きの高級店にすれば、お客も限られますから」


「当然、従業員の質にもこだわるのよね?」


「それは勿論。

吉永さんの店の系列店として、垢すりだけでもエステティシャンを充てます。

年収で800万も支払えば、それなりの人材が集まるでしょう。

オプションで、簡単なエステのサービスも付ければ良いだけなので」


「赤字目的のグループ経営なんて、他では真似できないですから、料金を高めにするか、会員制にしないと混雑しますよ?」


百合さんが、俺の対面に浸かってきながら、そう言ってくる。


「そうですね。

混雑しては意味ないですから、会員制にしますか」


またしても、落合さんに人材探しを頼まないとな。



 「~ッ、~~ッ!」


俺の背を思い切り抱き締めていた美冬の腕から力が抜け、腰に回されていた両足がだらりとほどける。


直ぐには身を離さず、お互いに呼吸を整えながら、接触した身体の肌触りを楽しむ。


このまま暫くいると、再度行為に突入してしまうので、残念ではあるが身を起こす。


今夜は南さん達のお相手もこなしたから、もう日付が変わっている。


「お疲れ様。

『若返り』を使っても、1回だけなら何とか耐えられるようになったかな」


「あれだけアイテムを食べればそうなるさ。

精神力を上げる品だけ30個も食べたんだからな」


「だって、抱かれる度に意識を飛ばしてたら、満足にピロートークもできないじゃない。

そんなの、何か損した気分になるし・・」


「他のお仲間さんも、精神力を上げる品ばかり要求してくるから、他のアイテムとのバランスが悪い」


「フフッ、考える事は、皆同じだね」


「・・大学は楽しいか?」


「まあまあかな。

女子高だったから、周囲に男子が居るのが新鮮だし、お守りや『結界』のお陰で、思ったほど煩わしくないから。

ただ、サークルには入らないので、女子の友達ができるかどうかは分らないね」


「高校時代の友達とは、もう会わないのか?」


「そんな事ないよ?

時々は皆で集まろうって決めてるし、偶にメールも来るから。

でも、『彼氏ができても絶対に美冬には会わせない』って、皆に言われた。

私に惚れちゃうと困るからだってさ。

『その程度の男なら、付き合うの止めれば?』って忠告したら、『久遠寺さんがいる美冬には分らないよ!』って怒られちゃった、フフフッ」


「・・今後、その友達とも肉体年齢が離れていき、やがては今のままのお前と、老いた友人達という図式になる。

その時の覚悟はしておけよ?」


「うん。

こればっかりは仕方ないしね。

彼女達はダンジョンに入る選択をしなかったし、運が絡む要素も高いから・・。

でも、そんな事を繰り返していく内に、やがては友達を作る事さえしなくなるのかな」


「相手次第だろう。

自分と他人の違いばかりを気にする者とは、もう友人にはなれない。

でも、自己と他者を明確に切り離し、お互いの立場を尊重できる人となら、友人関係を維持できる。

美冬には【分析】があるのだし、多分大丈夫さ」


「そうだね。

最悪でも、和馬とお仲間さん達だけは、ずっと一緒だしね」


美冬が身を起こし、俺の肩を押して自らが上になる。


「まだするのか?

今日は朝から講義があるんだろ?」


「もう1回だけ。

ゆっくり楽しみたいから、和馬は出しちゃ駄目だよ?

私、寝落ちしちゃうからね」


「・・玩具の代わりか」


「失礼ね。

私、そんな物に全く興味ないから。

たとえ玩具でも、和馬以外の物を使うなんて嫌だよ。

・・!

凄く大きくなった」


「生理現象だ」


「フフフッ、そういう事にしておくね。

その代わり・・ね?」


結局、美冬はその後2時間も俺を放してくれなかった。

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