第94話

 3月21日、水曜日。


「おはよう。

少し早かったかしら」


「和馬君おはよう。

やっとこの日を迎えられるのね。

お姉さん、嬉しくて泣きそうかも」


午前9時。


いつもより1時間以上早く、理沙さん達が家を訪れる。


「事前に能力値を上げる品を食べていただきたいのですが、何かお飲みになりますか?」


「珈琲が良いわ。

今朝のは何かしら?」


「キリマンジャロAAです」


「私もそれをお願い」


「分りました。

少しお待ちください」


「美冬はまだ寝ているの?」


「ええ。

帰って来たのが7時近かったので。

・・ここ2日ばかり、ほとんど寝ずに探索していましたから、今日は1日ゆっくりして貰うつもりでいます」


「童貞を卒業した気分はどう?」


かすかに湯気の立つ珈琲を口に含みながら、理沙さんが穏やかに尋ねてくる。


「別に。

これまでと同じです」


「本当かな?

『世界が変わりました!』とか、そういうのはないの?」


美保さんがニヤニヤしながら聴いてくる。


「ありませんよ。

確かに感動はしましたが、それに近い事は散々教え込まれてきたじゃないですか」


「・・まあ、そうよね」


「レベルMAXの童貞君だったものね」


「お陰で、女性におかしな幻想を持たずに済んだ事は、素直に感謝しています。

お二人と南さん達のあの姿を日常的に目にしていれば、もう些細ささいな刺激では何も感じませんから」


「ちょっと厳しく育て過ぎたかしら。

・・美冬とはちゃんとできたのよね?」


「それは勿論。

恥ずかしながら、最初は我を忘れてのめり込んでしまいました」


「美冬を相手にして、平静を保てる男なんていないわよ。

ましてや処女を貰ったんだもの、興奮しなかったと言う方がおかしいわ」


「もしかしたら、既に孕んでいるんじゃない?

他の皆にも避妊なんてしていないでしょ?

和馬君のは直に子宮を叩くだろうし、直接浴びせられていればね・・」


「・・実は、お二人にはまだ話していない事があるのです。

とても重要な事なので、美冬を抱くまでは、彼女以外には秘密にしていたんです」


「重要な事?

もう散々驚かされてきたけれど、まだそんな物があるの?」


「・・南さん達は既に知っているのね?」


美保さんが真剣な顔をする。


「お二人以外には既に話を終え、その了承も頂いております。

さすがにまだエミリアには伝えておりませんが。

・・そのお話というのは、僕の特殊能力に関する事です」


美保さんの視線が、僅かに鋭さを増す。


「僕には、『子宝』と『若返り』、『処女の血』という、特殊能力の中でも希少な部類に入る能力が備わっています。

『子宝』を使って女性を抱けば、1回で確実に相手を孕ませる事ができ、『若返り』を用いると、相手の膣内に射精した回数に応じて、その方の肉体年齢を1つずつ下げていきます。

『処女の血』は、抱いた処女の人数に応じて自分の肉体年齢を1つずつ下げていくもので、どちらも18歳未満にはならないという制約が付いています」


理沙さんの瞳が驚愕で見開かれ、美保さんの眼は、一転して喜びと嬉しさで溢れている。


「但し、『子宝』と『若返り』は同時に使用できません。

先に『子宝』を用いて妊娠してしまうと、出産するまでは『若返り』を使ってもその効果が出ません」


ここからが正念場なので、一旦話を中断して珈琲を口にする。


「良い事ずくめでしかないように聞こえるけれど?」


理沙さんが、一体何が問題なのか分らないという顔をする。


「脅かさないでよ。

お姉さん、もしかしたら和馬君は種無しなのかと心配しちゃった」


「失礼を承知でお尋ねしますね?

もし仮に、僕が自分の子供を望まないと言ったなら、美保さんはどうしますか?

僕以外の、誰か他の男性から精液を提供して貰うのでしょうか?」


「和馬、言い過ぎよ」


「済みません。

でもこれだけは絶対に確かめておきたい事なので・・。

因みに、僕は美冬とも子供を作らない事にしました。

南さんも、ご自身の子供を諦めてくださいましたし」


これまでの美保さんとの時間が、単なる子作りのための予行でしかなかったのか、

それとも、俺を愛してくれた結果の行為なのかをどうしても彼女の口から確認したい。


今までの、あの浴室での行為が、打算を含むものではない事を証明して欲しい。


結婚を前提に付き合っていた女性が、相手の男性に子種がないと分った瞬間に、あっさりとその男性の下から去って行くなんて事は、世間では割とよくある話だ。


勿論、どうしても子供を産みたいという女性の願いを、俺は否定する気は無い。


けれど、俺自身と子供を秤にかけ、その天秤が子供の方に傾くようなら、今後は付き合い方を変更しなければならない。


今まで美保さんに内緒にしておきながら、明確な答えを告げぬまま、彼女の好意に甘え続けた俺の責任は非常に重い。


だから、付き合い方を変えるとは言っても、彼女からは何も取り上げたりしない。


もう二度と性的な接触を持たないだけで、仲間から外したりもしないし、純粋な友人としての関係を模索するだけだ。


彼女からは、とても心地良い時間を貰い続けてきた。


理沙さんとここまで仲良くなれたのも、ひとえに美保さんのお陰である。


たとえフラれたところで、決して粗雑になど扱える存在ではない。


「美冬とも作らないって、あなた正気なの?

これだけの財産を、一体どうするつもりなのよ?

能力値の上昇で老化が止まるとは聴いたけれど、不死とは違うのでしょう?」


理沙さんが大いに呆れている。


「和馬君が子供を欲しがらない理由を教えてくれる?

ずっとお願いしていた私には、それを聴く権利があるよね?

・・最初に言っておくね。

私は、他の男性からの提供を受けようなんて、全く考えていないよ?

和馬君が駄目なら、もうそれで諦める。

理沙を愛した時点で、望み薄だった夢だし、もう和馬君以外の男性には触れられたくもないから。

『愛してる』と、これまで何度も言い続けてきた事は、私の本心だから。

決して何らかの打算が入り混ざった言葉ではないの。

それだけは信じてね」


美保さんが、俺の眼を見つめながら、穏やかにそう告げてくる。


その言葉を聴いて、俺は安心すると共に、心の底から自分を恥じた。


ほんの少しでも、お仲間さんの1人を疑ってしまった。


「・・大変失礼な事を申しました。

美保さんには、心からお詫び致します」


座ったままだが、深く頭を下げる。


そして彼女に理由を説明した。


「僕にはもう1つ、とんでもない能力があるのです。

『不老長寿』、この特殊能力のお陰で、今の僕の寿命は5000万年ほどあります」


「「!!!」」


「『若返り』は、抱いた相手の肉体年齢を1つずつ下げるというもの。

なので、自分の子供達には使用できません。

ダンジョン内からは、今でも極偶に、この能力を得られる事がありますが、僕はそれを全てポイントに替えてしまっています。

子供の為に残しても、この能力は男性用であるため、女の子が生まれた時にはどうしようもない。

『処女の血』と一緒に男子に受け継がせるのも、その延命と引き換えに、好きでもない処女の女性を毎年1人は抱かせる事になるので、これも論外です。

儲けた息子が、こうした力に溺れて、悪用しないという保証もない」


カラカラになった喉を、冷めきった珈琲で潤す。


「情けないかもしれませんが、僕は未だに両親の死を引きっています。

もう大切な肉親が死ぬのは耐えられないし、その亡骸なきがらも見たくはない。

僕が子供を作れば、間違いなくその子供達の方が先に死ぬ。

だから・・嫌なんです」


まるで子供のような言い訳だが、改めて口に出してしまった。


何だだ言いながら、これが1番の理由だからだ。


美保さんの顔を直視するのが怖くて、この告白の間、ずっと下を向いていた。


向かいの席で、美保さんが立ち上がる気配がする。


こちらに歩いて来て、俺の背後に立った。


後頭部が、弾力のある、柔らかな物に包まれる。


「正直に話してくれて有り難う。

・・辛い思いをさせて御免ね」


「いえ。

元はと言えば、ずっと黙ったまま、お二人のご好意に甘え続けていた自分が悪いのですから」


「高齢出産になるのが嫌で、『30までには』なんて言っていたけど、私の方だってずるいんだよ?

能力値を上げ続ければ、老化自体は止まるって知っていたのだから、無理に和馬君を急かす必要なんてなかった訳だしね。

・・本当はね、君の子供を授かって、安心したかっただけなの。

私達、お仲間さんの中では最も年上でしょ?

12も歳が離れているから、いつか飽きられちゃうんじゃないかって不安だったのよ。

だって君の周りは、とんでもない美人さんばかりなんだもの。

・・会ったばかりの頃は、確かに理沙か私の血を受け継ぐ子供が欲しいだけだった。

でも君とあんなに密度の濃い時間を過ごしてしまったら、もうそれだけでは物足りなくなった。

ほら、私だって、和馬君の事を責められないでしょう?」


俺は今後、この人には一生頭が上がらないかもしれないな。


ほんの僅かでも疑ったお詫びに、今日は精一杯の事をしよう。


「聴いていた私が赤面するような事を平然と言うのね、美保。

じゃあやはり今回は、2日コースで決まりなのね?」


「うん」


「和馬は、明日の木曜も特に予定はないわよね?」


「ええ」


「私の仕事も、明日は何の予定も入っていないのよ。

だから久々の連休にしてあるの」


「もう分るよね?

今日と明日は、お姉さん達と3人で目一杯楽しみましょうね?」


「・・実はもう1つだけ、言い忘れていた事がありまして。

『若返り』を使った性行為は、相手の女性に凄まじい快楽を与えます。

僕の物を通して、相手にその魔力が流れ込むからです。

精神力が高くないと、始めてから数分、中に出した際には直ぐに気を失う恐れがあります。

2日も掛けるおつもりなら、その前に、精神力を上げる品を5個以上はお食べになった方が無難ですよ?」


「10個食べるわ」


「私も。

・・でもその前に、珈琲のお代わりをくれる?」



 3月22日、木曜日。


汗と体液、女性が纏う微かな香水の匂いが入り混ざった室内。


キングサイズのベッドの側にあるテーブル上には、空になった大量のペットボトルが置かれている。


床下には、湿った大き目のバスタオルが6枚ほど散乱し、その数はなおも増える様相を呈している。


絶え間なく続く女性のあえぎ声と絶叫。


ベッドが軋む音に伴って、せわしくなる呼吸音。


肉を打つ音、汗で肌が滑る音、時々入れるエアコンの風の音。


そんな中で、3人の男女が無言で愛を語っている。


時には激しく、時には緩やかに、2人の女性が上手く連携しながら少年を喜ばそうと必死になっている。


少年からの攻めを受け持つ女性が陥落すれば、透かさずもう1人がその相手を務めるが、12時間を経過して猶どうにか成り立っていた図式は、24時間後には完全に崩壊し、それから先は一方的に女性達が攻められるだけだった。


2人が共に陥落し、そのどちらかが意識を取り戻す十数分だけが、室内に静寂が訪れる時間帯。


その時間を利用して、女性達の汗を拭いたり、ペットボトルを取り替えたりする少年。


日付が変わったばかりの頃は、『我、未だ奮戦す』の文言を、同居する婚約者へと送っていた。


2日目の夜に突入し、始めてから実に34時間が経過した頃、やっと終わりが見える。


「もう・・十分・・ね」


「さすがに・・これ以上は・・持たないわよ。

でも、結構頑張った方じゃ・・ないかしら」


「中に出した回数なら、これまでで1番です。

お二人共、明確に若返ってますよ?

恐らく、3歳くらいは違っているはずです」


美保さんには大変失礼な事を口にしたから、今回は全く射精を我慢しなかった。


年齢を気にしているみたいだから、せめて肉体年齢だけは若くなって貰おうと、頑張ったのだ。


「本当!?」


俺の言葉に、美保さんが強く反応する。


理沙さんは・・既に意識を失っていた。


「鏡をご覧になりますか?」


「今は止めておく。

せめてお風呂に入ってからにするね」


のろのろと身を起こし、俺の首に腕を回して、キスをしてくる彼女。


「本当に、凄い『大人』になっちゃって。

もう私から教える事は何もないわね」


「美保さんは、結婚指輪を作るなら、何の宝石が良いですか?」


「!!

・・サファイアが良いわ。

理沙も1番好きな宝石だから」


答える声が、微かに震えている。


「美冬とは10月に籍を入れる予定ですが、他の皆さんとも、南さんが重婚制度を確立したら直ぐに籍をお入れしますから。

・・それまで、待っていてくださいね?」


「勿論!」


再度、深く唇を重ねられる。


ここ数日で、エミリア以外のお仲間さん全てと裸の交流を持った。


今まで以上に、確かで強い絆が生まれたと思う。


大切な人、護るべきものが増えると、本来なら守勢に回りそうなものだが、俺なら、俺達ならば大丈夫だ。


美保さんの舌の動きに応えながら、心からそう思った。

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