第23話 親友の懐事情

 弓道部部長の本性を知った乙葉と京華だったが、入部届には二人とも結局サインをしていた。しばらくは仮入部の状態だが、今のところ変更の予定はない。そのままこの部に在籍するつもりだった。

 

 文奈は水城浦響也に対して何やら邪な感情を抱いていたが、大きな問題が起きる可能性はかなり低いという判断をしている。それよりも、二人に対して極めて友好的であるため、この縁の方を優先していた。


 ただ、授業初日による緊張感と一連のやり取りで、二人の精神はそれなりにすり減っている。明日から改めて日常と向き合うためにも、ここでそのストレスを解消しておく必要があった。


 乙葉と京華は弓道場をあとにすると、通学用に新調していた自転車に跨り、すぐさま下校。そのまま、先日も訪れたショッピングモールへと赴いていた。


 次いで、揃って入店すると、フードコートに直行する。二人のストレス発散方法は、主に食だ。性が変わる前にもよく利用していた、某有名ハンバーガーチェーンのテナント。その前に、二人で並んでいた。


 やがて、順番が回ってくると、京華が隣に尋ねる。

「それで、今日はどうするんだ? お前の方も、いつものにするか?」

 この何気ない問い掛けに、一方の乙葉は小さな懸念を示していた。


「……以前の時と同じ感覚で注文するのは、さすがにどうかと思うよ。今は体質も変わってると思うし」

「うん? どういう意味だ?」

「食べ過ぎると、太るって意味だよ。女の子なんだから、その辺気にしないと」

 小声でのこの指摘に、一方の京華は自信満々で即答する。


「残念ながら、一族揃って太らない体質でね。気にせず、いただきます」

「……せめて、お行儀よくしてよね」

「分かってるよ。あ、注文なんですけど——」

 と、なおも以前と同じ勢いでカウンターのお姉さんに語り掛けていた。


 ただ、その支払いへと移った時のことだ。目の前の従業員はレジの表示を見て小さく困惑すると、丁寧な口調で告げてくる。

「——申し訳ございません、お客様。こちらのカードですが、現在、ご使用ができないようです」

「……は?」

「?」


 京華に続いて乙葉もキョトンとする中、一方のお姉さんは営業スマイルで代替案を求めていた。

「お支払いの方法……他にございませんか?」

 もっとも、京華はこの展開自体に納得ができない。


「いやいや……そんな訳ないって。昨日まで普通に使えたし、期限や上限にも問題はないはずだから」

「ですが……カード会社の方が使用停止にしているようでして……」

「え……?」

 なおも戸惑っていたが、これでは埒が明かなかった。


「どうなってる……?」

 思わず隣に聞いている。だが、乙葉にもその心当たりは全くなかった。

「……とりあえず、ここは私が立て替えるから。一応、おばさんの方に確認してみなよ」

 この提案に、京華も小さく頷く。

「……そうだな……悪い、ちょっと外す……」


 一方の乙葉は親友がそのまま列を離れたことを確認してから、改めてカウンターの店員に向き直っていた。

「……あ、すいません。支払いは彼女の方と一緒で。それから、私の方の注文なんですけど——」


 と——

 乙葉が代わりに全ての精算を終えた直後のことだった。

「——はぁ⁉」

 急に、近くで電話をしていた京華が素っ頓狂な声を上げる。

「⁉」

 乙葉が二人分の食事が載ったトレーを持ったまま驚いていると、親友はなおもスマホの向こうにいる相手に確認をしていた。


「ちょっと……母さん⁉ それって、どういう意味⁉」

「京華……?」

「いや、いきなりそんなこと言われても……! あ! ちょ——⁉」

 そこで、通話が終わったようだ。それを理解した乙葉は親友に近寄ると、既に確保していたテーブルに誘ってから事情を尋ねていた。


「……おばさん、どうしたの?」

「……いや……実はな……」

 と、京華が真向かいに座りながら頭を抱える。

「……俺の小遣い……カードも含めて、全部停止とか急に言われたんだ……」

「え……⁉」


 乙葉がそれを聞いて驚く中、一方の親友はテーブル上に力なく視線を落とすだけだった。

「スマホ代なんかの最低限の出費はもってくれるみたいなんだけど……高校生になったんだから、自分の食い扶持は自分で稼げとさ。でも、いきなり過ぎるだろ……」


 すると——

「……?」

 ここで、急に乙葉のスマホに反応が。一方の京華はそれには全く気づかない様子で、なおも懊悩を続けていた。

「あー……どうしよう……貯金なんて全然してないんだよなー……」


 その間に、乙葉は隠れて画面を確認している。すると、そこには親友の母親からメッセージが届いていた。

「——!」

 何かあった時の場合に備えて、ちゃんと連絡先の交換をしているのだ。タイミングから察するに、今の状況の説明だろう。すぐに内容を確認すると、乙葉は小さく唸りながら納得していた。


「……そういう……ことか」

 晶乃の今回の処置の意味。それは、やはり娘の教育だった。資金がないのなら、学生にはアルバイトという手段がある。その職種によっては、女子力を上げる効果があるのではないか。そんな思惑から、今回の強硬的な手段に打って出た様子だった。


 また、メッセージには乙葉もそれに付き合ってほしいという懇願。そして、見繕っておいたアルバイト先の一覧も添付されている。全てが抜かりのない様子に、乙葉はもう舌を巻くしかなかった。


 すると、ここでようやく京華が相手の様子に気づく。

「……うん? どした……?」

「え……⁉ いや、なんでも……」

 乙葉は一瞬だけ動揺していたが、すぐに気を取り直して、まずは親友の意思を確認していた。


「……それで、どうするの? 自分でバイトでも探す?」

 この問い掛けに、京華は本気で困った様子で呟く。

「そう言われてもなー……考えたこともなかったから、どうしたらいいのか……」

 それを見て、乙葉は先程の一覧のことを思い出しながら提案していた。


「……じゃあ、とりあえず私がいくつか推薦しようか?」

「乙葉が?」

「……うん。こうなるもっと前から、バイトには興味があったからね。色々と調べておいたんだよ」

「いや、聞いたことないぞ。お前、そういうのは隠さないだろ?」


 この鋭い指摘に、乙葉は思わず視線を泳がす。

「……そういうことも、たまにはあるんだよ……」

「?」

 一方の京華がそれでも怪訝そうにしていたため、乙葉はここで強引にでも事を推し進めていた。


「……とにかく、何事も経験だよ。社会勉強も兼ねることができれば、一石二鳥だしね。学校にも申請はできるはずだから、何も問題はないよ」

 すると、京華が珍しい反応をする。

「……乙葉も一緒という理解でいいのか?」


 どうやら、俗世に関わることが不安な様子だった。水城浦家の生業なりわいはかなり特殊であるため、一般的な仕事とはあまり縁がないのだ。そんな事情は前から知っているので、乙葉はすぐに親友の心情を理解していた。


「もちろん」

 晶乃からの願いでもある。素直に頷いていたのだが、それでも京華の懸念は解消されていない様子だった。

「……とりあえず、どういう仕事なのか、見て回ることってできるか?」


 この確認に、乙葉は即座に反応。

「分かった。これを食べたら、すぐに見て回ろう。日が暮れる前に」

 同時に、目の前の食事を促していると、ここで京華がその資金の出所を気にしていた。


「……知ってると思うけど、ツケはあまり好きじゃないんだが……」

「……分かってるよ。今日は私のおごりでいいから」

「すまん……」

 そんな短いやり取りをしてから、ようやく二人で食事にありつく。その一口目で京華の機嫌は一気に回復しており、それを見た乙葉は思わず優しい瞳を親友に向けていた。


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