第21話 一応の方向性
入学式の翌日からは、早速授業が始まっていた。強引に編入されることになった進学先ではあったが、乙葉も京華も元々それなりに勉強はできる。授業内容には、あまり遅れは取っていなかった。
その日の放課後。乙葉が自分の席で通学鞄に荷物をまとめていると、すぐに京華がやってくる。そして、無人になっている前の席で後ろ向きになりながら、どっかりと腰を下ろしていた。
「あー……ちょっと疲れたかも。やっぱり、慣れない環境って、しんどいよな。特に、俺達って身体もそうなんだし。二重の意味でしんどいよな……」
そのまま机上に突っ伏していると、一方の乙葉が眉根を寄せる。
「……周りに誰もいないからといって、気が緩み過ぎだよ。失言に気をつけて」
「はいはい……」
「それと……言葉遣いよりも、その姿勢の方がよっぽど気になるんだけど? 男子の目もあるんだよ? 普通の女子なら、こんな迂闊なことはしないよ」
この指摘に、一方の京華は思わず口をすぼめていた。
「……だって、普通の女子じゃないもん……」
「……そういう反応する時だけは、女子力高いんだよね……」
と、乙葉が何気に呟いた時のことだ。
急に——
「——あ……」
真横から声がする。
二人が揃って顔を向けると——
『——!』
そこには、例の女子三人組の姿が。ただ、全員が視線を全く合わさず、そのまま通過していた。
「……行こう……」
どうやら、たまたま横を通り掛かっただけのようだ。だが、通らなくてもいい場所を、わざわざ通っているようにも見える。そのわずかな違和感にも疑念はあったが、それよりも彼女達の態度が一日で急変したことの方が気になっていた。
「……あの三人……なんなんだ?」
首を傾げる京華に、乙葉も同調する。
「……ちょっと、裏がありそうで怖いよね」
「お前、何かやったのか?」
「いや……何かやってるとすれば……間違いなく会長だろうね……多分。サービスがどうとか言ってたし」
この憶測に、京華は頬を引きつらせながら尋ねていた。
「……何をやったら、一日であんな風になるんだ?」
「さぁ……? 知りたいような……知りたくないような……」
やはり、乙葉にも想像はできないようだ。そのまま沈黙していると、京華がここで話題を変えていた。
「……それよりも、今日はこれからどうする?」
「え……?」
乙葉がキョトンとしていると、親友が続ける。
「睡眠不足のはずじゃなかったんだが、昨日は生徒会室で急に寝落ちしたからな……目覚めたら、いつの間にか自室のベッド上だったんで、自分でも驚いたよ。ただ、この学校の部活を知るタイミングをなくしてるからな……」
「……あー……」
乙葉がやっと昨日の記憶を思い出していると、京華はそこで素直に頭を下げていた。
「……あ、お前も巻き込んだみたいで悪かったな」
「いや、いいよ。それよりも、どうする? 京華はどこの部活に入りたい?」
この問い返しに、一方の京華は腕を組んで悩み始める。
「……うーん……」
そのまま沈黙していると、ここで乙葉がさらに昨日の記憶を思い出していた。
「……ちなみに、あのあと会長が提案してきたんだけど、武道系の部活を強く推奨していたよ」
「武道系?」
「……うん。どれか興味ある?」
この問い直しに——
一方の京華は、急に真顔になる。
「そうだなー……乙葉と一緒に柔道部に入って、寝技の最中にうっかり胸を揉みまくるのも一興だけど……」
「……真面目に考えてくれる?」
乙葉がその瞳に小さな殺意を込めていたが、京華は一切気にしなかった。
「そう言われてもなー……ほとんど経験ないし」
「……ちなみに、会長は弓道部を強く勧めてきたよ」
「弓道?」
「うん。妹さんが部長を務めてるんだって。何かあっても融通が利くらしいから、私達にとっては好都合だとは思うんだけど……」
乙葉が気を取り直しながら一気に喋っていると、一方の京華はそれを聞いて渋面を作っていた。
「それって……要するに、あの会長にわざわざ借りを作るってことだよな?」
「そういう意味になるけど……私達には、背に腹は代えられない事情もあるしね……」
「うーん……地元の将来が心配だ……」
「どうする? 私としては、それでもいいかなと思ってるけど」
この妥協案に、親友の反応はない。その点を不審に思っていると、ここで京華が再び話を脱線させていた。
「……乙葉」
「うん?」
「もう……僕って言わなくなったんだな。慣れるの早いな」
この指摘に——
「——⁉」
乙葉が思わず愕然とする中、一方の京華はなおも相手をからかっていた。
「すっかり女子だな。ほんとに男に戻る気はあるのか?」
このさらなる問い掛けに——
「——いいから!」
乙葉が強引に話を戻す。
「!」
京華が驚いて口をつぐんでいると、乙葉はなんとか冷静になってから、とりあえずの提案をしていた。
「……まずは、見学にでも行ってみる? 妹さんの方には、会長が話を通しているみたいだよ。今日のところは、仮入部だけでもいいはずだし」
これを聞いて、京華はゆっくりと腰を上げる。
「……そうだな……気は乗らないけど、その選択がベストかもな……」
その決断に乙葉も小さく頷いてから立ち上がると、荷物を持って校舎の裏手へと二人で向かっていた。
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