第17話 はじめましての人。

 雑居ビルの二階に上がり、ガラスの扉をくぐると……中は真っ白い壁にところどころ木材が配置してあって、清潔感と木の温かみが同居している。

 ちょっと病院みたい、と思ったけれどカウンターや壁の一部は丸みを帯びていて、病院と比べるとお洒落な印象が強い。

 入るとすぐに受付と、ちょっとしたロビーがあって、なつみさんがなにやら受付さんに話しかけると、誰かに電話を繋いだ様子だ。

 そのほんの15秒後には、パタパタという足音が遠くから近づいてきて――――

「いやーん!待ってたわよ なっつみん!やっと来てくれたのねー!」

 なつみさんの前でそう言いながらぴょんびょんジャンプして喜びを表しているのは、綺麗に立たせたブルーの短髪、胸元が大きく開いた襟の大きなYシャツ、紫のスキニーパンツ……に身を包んだ、細身で少しだいぶ動きがクネクネしている……男性だった。

 おでこが少し広い気がするけど、アレはもしかして少し毛が薄く―――――いやいや、そんなこと考えたら失礼よね、うん。それすらもお洒落っぽく見えてるのはさすがエステ関係者だし。

「お久しぶりーヤッスーちゃん。ごめんねー急に、予約とか入って無かった?」

「大丈夫、なっつみんの為ならいくらでも空けるわよ――――って言いたいところだけど、まだまだ知名度が低くてお客さん少ないのよー!お願いしちゃう!恥を忍んでお願いしちゃう!宣伝してぇ~!なっつみんの影響力でこの店大繁盛させてぇ~」

「アタシは高いわよー?」

「んー……飴ちゃん食べる?」

「賄賂弱っ!ってか、ヤッスーがポケットから出した飴なんて食べたくないですー」

「んまー酷い!失礼しちゃうんだからっ!」

 ……見てると、なんだかとても仲が良さそうだ。昔お世話になったと言っていたけれど、どのくらいの付き合いなんだろ?

「あ、なぎさちゃん、紹介するわ。この人は……本名なんだっけ?まあいいわ、ヤッスーよ。この店の店長兼オーナー」

 偉い人だ。ちゃんと挨拶しないと!

「あ、あの、はじめまして!筒美なぎさです!本日はその、大変お世話にならせていただきます!」

 何か緊張で言葉選びを間違えた気がする!

「はじめましてー。お名刺どうぞ。あなたも何か表に出るお仕事してるの?」

「こらこらヤッスー、営業かけないのー」

 なつみさんがすかさずツッコミを入れてくれたけど、今の私はただの女子高生のなぎさ であって、なつみさんの彼氏ではない。

 ということは……

「あ、いえその……私は本当にただの学生で……なつみさんのその……お友達、です」

 お友達……だよね?

 それ以外に私たちの関係を表す言葉は無いわよね、うん。

「お友達!?なっつみんの!?」

「え?あ、はい」

「へー!そーなのー!?」

 なんだか全身をジロジロ見られている……なになに?私何か変なこと言った?

「あっ、ごめんなさい。初対面なのに失礼よね。凄く珍しかったから」

「な、何がでしょうか?」

「なっつみんがお友達紹介してくれるなんて、初めてだもの。良かったわー、この子にもあなたみたいなお友達がいてくれて!」

「ちょっと、余計な事言わないでよね」

 少し恥ずかしそうななつみさん。

 そうなのか……勝手に、なつみさんは友達とかたくさん居るのだと思ってたけど、そうでもないのかな?

「じゃあ、二人とも少し待っててね。すぐに準備するからね。ほんと、ホントすぐだからね!ほんとのほんとよ!帰らないでねー!」

 大げさな泣き演技をしながら去っていく店長さん……す、凄いキャラの濃い人だぁ。

 受付のお姉さんに案内されて、待合室のようなところに私となつみさんの二人だけで待たされる。

 私は手持ちぶさたで、先ほど手渡された名刺に目をやる。

『ルアナラニ代表取締役 YASSUU』

 YASSUU……あ、ヤッスーさん。

 愛称とかじゃなくて、そういう……芸名?みたいな事なのかな。

「インパクト強いでしょ、ヤッスー」

 隣に座っていたなつみさんも退屈だったのか、話しかけてくれた。

「そうだね、ああいうタイプの……なんて言うのかな……LGBTQの人?初めて会ったかもしれない」

 昔だったらもっとシンプルな言い方が有ったんだろうけど、今の時代だと、どれに当てはまるのか難しいな。

「真面目だねぇなぎさちゃんは。良いのよあの人は、「オネエ」を自称してるから、オネエキャラで」

「……そうなの?」

 本人が自称してるならいい……のかな?

「そ、しかもあれ、その名の通り「オネエキャラ」だから。本物じゃなくて、そういうキャラ作ってるだけだからね」

「え?そんなことってあるの?」

「あるある、メイクさんってたまに居るのよ。普通に女の子が好きな男の人なのに、ああいうキャラを演じてる人が。ほら、メイクさんってどうしても女の子の髪や肌に触れるでしょう? 仕事だってわかってても、女の子の中にはそれに抵抗がある子もどうしてもいるのよね」

 まあ、なんとなく気持ちはわかる。

 相手に下心が無くても、見ず知らずの男の人にいきなり髪や肌を触られるのはちょっと怖いかもしれない。

 特になつみさんがモデルをしているようなティーン雑誌はモデルさんも10代の子が多いし、なんなら10代前半の子もいる。

 突然大人の男性に近い距離に迫られたら抵抗を感じる子も、それは居るだろうなぁ……。

「だから、『オネエキャラ』を演じる事で、あなたを性の対象として見てないですよ、っていう事をわかりやすく見せてるのよ。意外と心理的な効果が高いのよね。まあ、もちろん中には本当にそういう人も居るけど、ヤッスーの場合は完全にキャラね」

「はあ……いろいろあるんだね……勉強になります。……でも、どうしてヤッスーさんはキャラだってわかるの?」

「だって、現場で思いっきり女の人をいやらしい目で見てることあるし」

「ええ!?それ……大丈夫なの?なつみさんも狙われたりしない?」

「大丈夫。だってヤッスー……めちゃめちゃ熟女好きだからね……!」

 ちょっと声を抑えて衝撃の事実を伝えて来るなつみさん。

「そうなの……!?」

「そうそう、現場でも10代20代の若い子には目もくれないのに、雑誌の女性編集長とか会社の偉い人が来た時は明らかにワクワクしてたし、一番ギラついた目をしてたのは、モデルの子のおばあちゃんが見学に来てたときね。あ、おばあちゃんって言っても50代くらいだから、普通に綺麗な人も多いんだけどね。前に言ってたもん、40代未満はロリと同じだ、って」

 私にはよくわからない世界だけど……まあ、恋は自由よね、うん。

 そんな会話をしていると、再びパタパタという足音が近づいてきてヤッスーさんが部屋の入り口から顔をのぞかせた。


「お待たせ―!じゃあ、二人ともこちらへどうぞー!」


 案内されて二人で歩いていると、途中で別々の部屋へと案内された。

 同じ部屋じゃないのは不安だけど……でもエステって結構肌とか見せるイメージだから、別々の部屋の方が恥ずかしくはないかも……。


 不安な気持ちと、未知へのドキドキを同居させながら、私の人生初のエステ体験が始まろうとしていた――――。 

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