第10話 家族のこと。

「ねーは、何のバイトしてるの?」


 その弟の質問に、私は一種黙ってしまう。

 いけない怪しまれる。

「どうして?聞いてどうするのよ。まさか、バイト先にからかいに来る気じゃないでしょうね?」

 そんな返しをしつつも、頭の中はぐるぐると高速回転している。

 本当のことを言ってしまえば楽なのだけど、もし弟がうっかり、自分の姉は配信者としてお金を稼いでいる、なんていう事を誰かにポロッと言ってまったら、そこからなつみさんに迷惑がかかる可能性がある。

 心苦しいけど、ここは嘘をつかせてもらうね!ごめんね真文!

「別にそう言うんじゃないけどさ、なんかその……言えないバイト、なの?」

 ん?なんか変な方向に話が行きそうね……話せないことも多いとはいえ、心配させたいわけじゃない。

 無難な答えを返しておこう。

「違う違う、普通の飲食店だよ」

 バイトと言えば飲食店。

 ベタが一番怪しくないよね。

「……どこの店?」

 ……妙に食い下がってくるわね……?

「どこって……ちょっと中心街に近い辺りよ。少し遠いけど交通費も出るし、この近辺よりバイト代が高いのよ。……ごめんね、最近帰りが遅いこと多いから心配してくれてるんだよね」

 ちゃんと納得できる理由を言えば心配を解消できるかな?

「それも、そうなんだけど……ちがくて…」

 なんだろ、凄くモジモジしてるというか、何か言いづらいことがありそう。

 ここは踏み込むべきなのか曖昧にごまかすべきなのか……いや、踏み込もう!

 なるべく不安は取り除いておいてあげたいものね。

「どうしたの?何か気になることがあるの?」

 私は食事の手を止め箸をおいて、真文の肩に手を置いて目線を合わせて出来る限り優しく語り掛ける。

 言葉を引き出そうと真っ直ぐ見つめると、それを応えてくれるように真文は、少しの時間下を向いて考え込んだけど、すぐに顔を上げて、意を決したように言葉を絞り出した。


「あの、あのさ……その―――――ねーのバイトってさ、怪しいバイトとかじゃ……ないよね?」


 怪しいバイト……とは?

 何のことを言ってるんだろう……と首をひねって考えを巡らせると……一つの仮説が思い浮かんだ。

 あっ、もしかして……

「怪しいバイトって、もしかしてその……なんていうか……私が、えっちなバイトしてないか、心配してるの?」

 その問いかけに真文は返事をしなかったけれど、視線を逸らしたまま顔がどんどん真っ赤になっていくので、どうやら正解だったようだ。

「ああー、なるほどそういう……ふっ、ふふっ……ふふふふっ!あははは!なによそれー、そんなわけないでしょ!」

 あまりにも予想外だったので、思わず声をあげて笑ってしまった。

 私がエッチなバイト?

 そんなの、私自身が一番想像つかないよ。

「な、なんだよ笑うなよ!くそっ、心配したオレがバカだったよ!」

 恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にして立ち去ろうとする真文の腕を、慌てて掴む。

「違う違う、ごめん。バカにして笑った訳じゃないのよ。そんな風に思われてるなんて想像もしてなかったから、つい笑っちゃっただけ。ごめんね」

 思えば、そう考えてしまうだけの理由はあった。

 今まで毎日のように行っていたバイトが週に2、3日に減ったのにも関わらず以前よりお金に困っている様子は無かっただろうし、帰りが遅いことも多かった。

 真文はまだ10才だけど、テレビでもスマホでもいろいろな情報が飛び込んでくる。

 どこかでパパ活とかそういう情報を見て、もしかしてねーも……?と考えてしまうのも仕方ないことなのかもしれない。

 私はしっかりと真文の正面に移動して、両手で両手を掴みながら、宣言する。

「ねーはそんなバイトはしてないし、これからもしない。絶対に。だから、安心してね」

 恥ずかしさからか目を逸らしたままではあるけれど、ゆっくりと頷いてくれた。

 違法なのは論外だけど、この貧しさから逃れるためには水商売とかも、選択肢として考えたことも無いと言ったら……それは嘘になる。

 どちらにしても今は未成年だから出来ないけど、このままお母さんの病気が長引いたら……とか、不安になってそんなことも想像してしまったのは一度や二度じゃない。

 ……でも、どんなにお金を稼いでも、幼い弟を心配させてしまっては元も子もないものね。

 私自身は水商売的な仕事を悪いことだとはあまり思っていないけれど、もし私がそういう仕事を始めたら真面目な弟はいろいろといらぬ心配をしてしまうだろう。

 どんな手段でもお金を稼がないと弟が飢え死にしてしまうような状況になったら、弟の為にそういう仕事に飛び込むのもあり得ない話じゃないけれど、それ以外で頑張れるうちは頑張る!!

 っていうかなによりも、私が絶対そういう仕事に向いてないってわかるし!人見知りだし……男の人とうまくしゃべれないし……無理よねぇ……。

 ああー、お金の事ばっかり考えないで生きていきたいけど、お金の事ばっかり考えてないと生きていけない。

 それでも私はきっと、守りたい家族と……大事な友達と、一緒に頑張りたい仲間がいる。

 だから、幸せだと思うよ。本当に。


「あっ、もうこんな時間だね。じゃあ、もう寝なさい。おやすみ、真文」

 時計は11時になろうとしている。

 普段なら絶対に寝ている時間なのに、心配で話したくて起きていてくれたのだろうと考えると、とても愛おしい。

「うん、おやすみ、ねー」

 安心したのかもう半分目をつむったままふらふらと隣の寝室へと歩いていく真文の背中を見ながら、私は決意を新たにする。

 がんばろう、配信がんばろう。

 ななつぎチャンネルの再生数が増えればそれだけお金も貰えるし、噂に聞く案件も来るかもしれない。

 私はまだ経験してないけど、

「案件は凄くおいしいわ!」

 と言っていたなつみさんの目がビッカビカに輝いていたので、相当なのだろう。

 お金にはそれほど執着の無いなつみさんでもああなるのだもんね……!

 ともかく、ひとつひとつ丁寧に一生懸命にやるぞー!

 まずは……まずは……次の、デート……Vlogでのデート……!

 ああ思い出しちゃった。どうしようデート。

 想像するだけでちょっと顔が赤くなっちゃうよ……!

 なに着てこう……いや、きっとなつみさんが男装衣裳を用意してくれると思うけど、でもデートの現場までは自分の服で行くんだよね……どうせ着替えるからって適当な恰好していくのって、デートの相手に対して失礼にあたらない?

 一応なんかデートっぽい服……私、持ってたかしらデートっぽい服……?

 髪型……も変えるだろうけど、ボサボサってわけにはいかないし、せめてなんか帽子でもかぶって……帽子……帽子なんて最近買ったことない!

 思いつくのは子どもの頃の麦わら帽子……いやいやいや、さすがにちょっと!

 あとは真文の野球帽があるけど……男装なら野球帽もありなのかな? 男子高校生って野球帽普通に被るもの?

 ああー、クラスメイトとか部活の仲間とも、男子とプライベートで会ったことほぼ無いし、あったとしてもそんなに服装気にしたことなかったー!私のばかー!

 そもそも帽子被るとなると、それに合わせたファッションにしないとだよね、そうなるとなに着たらいいの!?

 んんんー、誰かに相談したい。

 こんなこと相談できるのは……部活の後輩のしぃちゃんかなぁ……っていうか、他に友達らしい友達もいないしね私……!

 いやでも、唯一の友達であるしぃちゃんにどう聞く?

 普通にデートに行くときのファッション聞くだけでも恥ずかしいのに、男装してデートするときの格好って……そんなの聞けるわけないよ!!

 そもそも配信の事は秘密だし!

 結局自分ひとりで考えるしかないのね……でも私にはフッションの知識がぁぁぁーーー。


 そんな思考のループは、数十分後にお茶漬けが冷たくなってる事に気づくまで延々と続くのでした……。

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