第8話 張り込み捜査は無茶苦茶大変②
「はぁー。今日も徹夜か」
「そうですね」
男女はうんざりした様子でそう呟く。
どこかで見覚えのある二人組だ。
「……今のうちに交代で仮眠を取ろう、先に三時間ほど寝てもらっていいか?」
「わかりました」
そういうと、女性は膝掛けのようにしていた自分のコートを首元まで引き上げ、眠りに入る。
そして、すぐに寝息を立てて眠ってしまった。
はや!
相当疲れているみたいだ。
(もしかして警察の人かな?)
俺はこの二人に見覚えがあった。
闇金を追っていた警察の人たちだ。
二人とも結構くたびれた服装をしているが、多分間違いない。
そう思って見てみると、車内には回転灯のようなものもある。
覆面パトカーというやつなんだろう。
(あれ? でも、闇金は朱莉たちのところには取り立てに来てないんじゃなかったっけ?)
会社の借金のため、借金取りたちは会社の方には来ていたが、家にまではあまり取り立てに来ていなかった。
何度か社長の家には取り立てに来ていたが、離婚したあと、社長の奥さんの方には取り立てに来ていないという話を聞いた気がする。
社長の奥さんに取り立てをしても、払えるはずないからだろうという話だったが。
借金取りたちだって、タダで働いているわけじゃない。
取り立て要員の給料分お金が回収できない場所からは普通取り立てを行わない。
奥さんはパートで働いてはいるはずだが、月に稼げる額が数万円ほどだ。
生活はギリギリだと言っていた。
朱莉の授業料は三年分入学の時に一括で払っていてよかったねと力無く笑っていたのを覚えている。
だが、今、警察官の視線は真っ直ぐ朱莉の家に向かっていた。
俺は嫌な予感を覚えつつ、何か情報はないかとパトカーの中を覗き込む。
覆面パトカーというだけあって、車内には特に情報はなさそうだ。
「ん? 定期報告か。 もしもし」
男性の警察官の携帯電話が鳴り、警察官は朱莉の家に視線を固定したまま電話に出る。
定期報告ということは、何か有用な情報が得られるかもしれない。
俺は必死で耳を澄ます。
『こちら佐々木班。定期報告です。荒木さん。娘が帰宅しました。他は特に動きなしです。そちらの様子はどうですか?』
「娘の帰宅はこちらからも確認できた。こちらも特に気になるところはない」
ギリギリ携帯から聞こえてくる音声が拾えた。
ジョブ忍者様様だな。
NINJAとの相乗効果で相当小さい音まで聞き分けられるようになったし。
おかげで京子がお風呂に入ってる時など、煩悩を抑え込むのが大変なくらいだ。
そういう時は大体セカンドジョブを見習い鍛治師にして武器の手入れとかをしてるけど。
『そうですか、よかったです。今から後藤を買い出しに行かせようと思っているのですが、何か買ってきてほしいものはありますか?』
「そうだな。夕食の牛乳とあんぱん。あと軽い夜食になりそうな物を適当に頼む」
『また牛乳とあんぱんですか? 飽きませんね』
「飽きる飽きないじゃない。警察官の張り込みと言えば、牛乳とあんぱんと相場が決まってるんだよ」
『なんですか、そのこだわり』
「まあ、こだわりってほどじゃないんだが。車内で食べるんだから、パンカスやご飯粒を落とすわけにはいかないだろ? 張り込みのパートナーのことを考えると匂いが残るカップ麺やサンドイッチはあまり良くない。この辺を問題なく満たしているのが牛乳とあんぱんだってだけだ。他にいい候補があるならそれでもいい」
『……牛乳とあんぱんが良さそうですね』
「だろ?」
『わかりました。斉藤さんにも何かいるか聞いてもらっていいですか?』
「悪い。斉藤は今仮眠中だ。斉藤の分も適当に見繕ってきてくれ」
『わかりました』
通話はそれで終わった。
どうやら、彼らは警察官で間違いないようだ。
一体何があったんだ?
***
「お邪魔します」
「おつかれ」
しばらくすると、一人の男がやってきて、後部座席に乗り込む。
この人も見覚えがある。
確か、警官の人だったはずだ。
名前は後藤だったっけ?
「これ、頼まれていたものです」
「助かる。あぁ。斎藤が仮眠中だから、話をするなら静かに頼むぞ」
「わかってます」
荒木さんは後藤さんからあんぱんと牛乳を受け取る。
最近五個入りから四個入りに減った一口サイズのあんぱんだ。
後藤さんと荒木さんが話し始めたが、斉藤さんは起きる様子はない。
相当深い眠りについているみたいだ。
荒木さんはあんぱんを開封して、一つを一口に口の中に放り込む。
豪快な食べっぷりだな。
「変化なし。あいつらはまだ来てませんね」
「あぁ。毎日夜中に来てるし、今日も夜中に来るつもりなんだろう。完全な嫌がらせだな」
「借金の回収もできないだろうに、なんでこの家に来てるんでしょうね?」
「わからん」
そして、荒木さんと後藤さんは何気ない感じにすごく気になる話を始めた。
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