第41話 ごべんなひゃい

「はぁ。はぁ。くそ! なんなんだよあいつ!」


 金田は一人、廃倉庫から必死に逃げていた。

 自分の奴隷たちがボーリングのピンのようにあのおかしな男に弾き飛ばされている様子を見ていると、勝てないのは明らかだった。


 金田は周りにも部下を隠していると言っていたが、金田の部下はあの場所に全員いた。

 おそらく、一分としないうちに制圧されるだろう。

 そのうちにできるだけ遠くに逃げないと。


「はぁ。はぁ」


 金田は後ろを振り返る。

 後ろから、あの男は追ってきていないようだ。

 どうやら逃げられたようだ。


 金田のつく奴隷商人というジョブは他者を支配下に置く『隷属化』というスキルを持っているが、基本的に自分よりランクとレベルが下の相手にしかきかない。

 相手が精神的に弱っていたりしたら同ランクで少しだけレベルが上の探索者にも効く場合があるが、自分より上のランクの相手にはまず効かない。

 ジョブのクラスが上の相手になんて、手も足も出ない。


 そのため、金田の配下は見習い職の探索者ばかりだった。

 それでも、あんなふうに簡単に倒されるなんて異常だ。


「なんであんな上級探索者が出てくるんだよ! くそ!」


 間違いなくあの男は上級探索者だろう。


 なぜあの男が出てきたのか推測はできる。

 おそらく、京子が体で釣ったのだろう。


「くそ、あの淫売が!」

「……」

「ひぃぃぃぃ! ごめんなさい!」


 金田は目の前に現れた男に思わず謝る。


「なんだお前か」


 だが、その相手が、自分の奴隷の一人だと気づくと、ほっと胸を撫で下ろす。


「お前、どうしてこんなところにいるんだ? 俺はあの男を襲えと言ったよな?」

「……」

「まあ、ちょうどいいか。お前。『俺の護衛をしろ』」


 金田はそう命令して歩き出す。

 先ほどより少しだけ気分が回復していた。

 あの男に対しては肉盾にしかならない相手でも、いないよりはずっといい。

 それに、これまで竜也にもらった部下を今回の作戦で全部失ってしまった。


 竜也は相当キレるだろう。

 だから、竜也の元には戻れない。

 この男は確か、奴隷の中で強い方だったはずだ。

 こいつを使って当面を凌ぎつつ、ほとぼりが冷めるのを待てばいい。

 竜也は公安にマークされたって話だし、時間をおけば竜也が消えてくれるという可能性もある。


 その間にまた奴隷を増やしていけばいい。

 見習い職の探索者なんてたくさんいるのだから。


「……おい、どうした?」


 そこで、金田は後ろに奴隷がついてきていないことに気づき振り返ると、奴隷はさっき立っていた場所から動いていなかった。


「『早くついてこい』」

「……」


 命令をすると奴隷の男はゆっくりと金田の方に近づいてくる。

 早く逃げたい金田は男の悠長な様子に苛立ちを覚えた。


「……ダンジョンに潜らないんですか?」

「ダンジョン?」

「一度ダンジョンに潜ってすぐに脱出すれば、一定期間は敵に見つからなくなるはずです」


 それは竜也がやっていたエスケープ手段だった。

 金田はいつも実行犯にはなっていなかったため、すっかり失念していた。


 竜也は用心深く、倉庫の周りにはいくつものダンジョンが作ってあった。

 だから、いつでも逃げられたのだ。


「い、今やろうと思っていたところだ!」

「そうですか」


 男は手早い手つきでパーティ申請を金田に送ってくる。

 金田がパーティの申請を許諾すると、今度はダンジョンへの突入の申請が飛んできた。


 パーティリーダーがダンジョンに潜ろうとすると、パーティメンバーにも同じダンジョンに潜るかの確認が飛んでくるようになっていた。


 Fランクダンジョンが近くにあったのに、何故かEランクダンジョンだったことが気になったが、どうせすぐに脱出するのだ。

 どちらでも一緒だろう。


 金田は男と一緒にダンジョンに潜った。


「よし。早く脱出するぞ」

「……いや、脱出する必要はない」

「な、何?」

「この時を待っていた」


 奴隷の男は背中に背負った大剣を引き抜く。

 金田は男のただならぬ様子に一歩後ずさる。


「お前の支配から脱したのは少し前だが、復讐の機会を窺っていて正解だった。いくら俺よりも弱い見習い職の探索者とはいえ、たくさんいれば対処し切れないからな」

「何!」


 金田はそう言われて初めて気づく。

 金田と奴隷との間にある魔力的な繋がりが男との間には感じられない。


「お前、まさか!」

「あぁ。そうだよ。ランクアップしたんだ。ここまで長かったがな。ソロでダンジョンに潜るのは大変だったんだぞ?」


 金田は一瞬で状況を理解した。

 目の前の男はソロでダンジョンに潜り、レベルを上げ、金田以上のランクに上がることで金田の支配下から脱してしまったのだ。

 つまり、この男には金田の命令が効かない。

 しかも、目の前の相手は金田が今まで虐げてきていた相手のため、金田のことを相当恨んでいる。


「っ!」


 金田は男に背を向けて全力で走り出した。


「あ?」


 だが、二歩目を踏み出そうとした時、金田は転んでしまう。


「??」


 金田は訳もわからず自分の足を見ると、右足の膝から先がなくなっていた。


「あ、足ぃぃぃぃぃ! 俺の足ぃぃぃぃぃ!!」

「ははは」

「グベェ」


 男は大剣の平たい部分で金田の顔面を殴り、吹き飛ばす。

 金田は前歯かなんぼんか折れたのか、口と鼻から盛大に出血していた。


「ハハハハハハハハハ」


 男は笑いながらゆっくりと金田に近づいてくる。


「たひゅ。たひゅけへ」


 金田の言葉を聞いて、男の顔から表情が抜け落ちる。


「お前が俺たちのことを助けてくれたことがあったか?」

「ひょ、ひょへは」

「なかったよなぁ!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 男の大剣が金田の腹に突き刺さり、金田を地面に縫い止める。


「お前は!」

「グギェ!」


 男は一度引き抜いた大剣を再び金田に突き刺す。


「俺たちに!」

「ガ!」

「色々と!」

「ヤ!」

「無茶な!」

「べ!」

「命令を!」

「ヤベ!」

「して!」

「ヤベヘ!」

「失敗!」

「マ!」

「したら!」

「まっへ!」

「何度も!」

「ゴ!」

「何度も!」

「べ!」

「蹴って!」

「ごべ!」

「殴って!」

「ごべんなひゃい! ごべんなひゃい!!」


 金田が渾身の力を振り絞り、謝罪の言葉を発すると、男のふるう剣が一瞬止まる。


「……」


 金田が期待のこもった目で男を見上げると、男は憤怒の表情で大剣をおおきく振りかぶっていた。


「ヒィ!」

「許せるわけ! ないだろ!」

「ぎゃぁぁぁ!」


 金田の悲鳴が止まった後も、ザクザクという音が人のいないダンジョン内に響き続けていた。

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