I氏の奮闘
@SIJ
I氏の奮闘
予備校に行かなくなって、もう6ヶ月になる。
授業は取ってないので、正確には行く必要ないが、自習室は使えるし、勉強しないと受からないのは分かっている。予備校には行った方が良い。
分かっているが行けない。嫌だ。
数学や現代文に向き合いたくない。問題が解けないという事実を突きつけられたくない。
本屋の参考書コーナーは好きだ。これを買えば受かりそうだという希望をくれる。
部屋は参考書や問題集に溢れている。そのほとんどに手を付けていない。
I氏の心情を言葉で表すと、このような文章になる。ただし、プライドだけは高いI氏が、これらのセリフを口にすることはない。
今日も彼は家を出て、予備校や図書館ではなく、ショッピングモールのテラスに向かう。そこで空を見たり、参考書の表紙を眺めたりして過ごす。
こうした生活が、もう半年は続いている。
ある日の夕方、いつもと同じように、書店で参考書を物色していたところ、変わった本が目に入った。
『11月から間に合う勉強法』
「こんなので受かるのは、せいぜい中堅校だろ。」と頭の中で呟き、次の本に目を向けようとした時、『問題を解かずに合格』のサブタイトルに気付いた。
「…」一瞬止まったものの、他の本を物色し、いつもの通り家に帰りながら、
「問題を解かずに…」とつぶやいた。
その夜も勉強せず、翌日、I氏は書店でその本を購入した。どうしても頭から離れなかったのだ。
帰宅する前にカフェに入り、表紙を早速めくる。
目次からメッセージが飛び込んできた。
『第一章 自分はできると思い込もう
第二章 参考書は「パラパラめくり」で攻略
第三章 志望校に見学へ』
いけるんじゃないか。I氏の直感が告げた。そこからはざっと目を通し、中身を大掴みした。I氏にとって、これが最後のチャンスになるかもしれないので、真剣さが増した。
まずは『自分はできると思い込もう』を実践した。といっても、そもそも自信家のI氏には必要ないくらい、自然の動作だった。昼頃に起きて顔を洗った後、洗面所の鏡に映った自分に「俺はできる」と声に出して言い、散歩しながらも自分はいかにできるかについて反芻する。
「参考書や問題集は持っているし、志望校の偏差値も確認している。俺はきちんとやっている。」と頭の中で繰り返した。
次に『参考書は「パラパラめくり」で攻略』では、何度も繰り返し実践した。
とにかく参考書は持っているので、目にも止まらぬ速さで捲り続けた。何冊も繰り返すうち、何だか理解できている感じがしてきた。
最後のポイントである『志望校に見学へ』は、毎日行った。いや、もうすでにI氏はほぼ毎日校内を歩き、そこの大学生然として振る舞っていた。
このような日々を過ごし、愚直に3つのポイントを実践した。年が明け、受験し、今日は合格発表の日。
「あれだけやったんだから大丈夫」
半ば確信しながら掲示板を見た…。
I氏の受験番号は載っていない。何度も見直したが、ない。
言葉が出ないまま家に帰ると、呆然とベッドに倒れ込む。時間が経つうちに、I氏の中で怒りが込み上げてきた。
ベットから勢いよく起き上がり、そのままあの本を掴んで、床に叩きつける。
裏表紙の折れ曲がった『11月から間に合う勉強法』の最終ページが天井を向いている。だが、怒ったI氏は一瞥もしない。彼の関心は3つのポイントだけで、他の箇所は読み飛ばしていた。ラストの一行が佇んでいる。
『これで受験の準備は万全。自信を持って、本番の1年間を駆け抜けよう。』
I氏の奮闘 @SIJ
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます