第7話 ソーシング

 真奈美は落合CTO室から帰った後、早速山田チーフに報告をした。


「とにかく、まずはパワーロボティクス事業本部と連携しながら、買収候補を探すようにご指示をいただきました」


 山田は、いつも通りニコニコ笑顔で報告を聞いていた。


「お、いいね。ボトムアップ案件のソーシングだね」

「ソ、ソーシング、ですよね」


 すぐに横文字を使うのは山田の悪い癖だ……と真奈美はいつも感じている。

 いや……横文字に耐性がない自分の未熟さの問題かも? 


「うん、ぼくも前職の時はよくやっていたけど、ここでは一度もやったことがないんだよね。鈴木部長がボトムアップ嫌いだからさ」


 確かに、鈴木はトップダウン案件へのこだわりが強く、ボトムアップ案件をけぎらっている。

 自分の評価につながりにくいからだ。


(それにしても、一回もやったことがないなんて……)


 真奈美は驚くとともにあきれた。


「まあ、落合CTOからの要請だし、いまのところは候補探しだけということだから、鈴木部長も文句は言わないだろう」

「そうですね」

「やり方は、以前教えたっけ?」

「はい」


 昨年の秋ごろ……

 大きな案件がひと段落し、山田も真奈美も少し手持ち無沙汰な瞬間があった。

 ほんの数週間だったが、山田が(暇つぶしに?)真奈美に講義形式で教えてくれた内容。

 全力で吸収しようとメモ帳にペンを走らせた日々。

 その一環で、ソーシング方法についても教わったことを覚えている。


(そういえば、MA推進部にきて2年、メモ帳がもうすぐ10冊を超えちゃうわね)


 真奈美はくすくすと思い出し笑いをしながら、最新のメモ帳を両手でぎゅっと握った。


「じゃあ、まずは以前教えたような流れで、事業本部と一緒にソーシングをやったらどうかな。分からないところはぼくも手伝うよ」

「あ、ありがとうございます」

「うん。そこでプロジェクト化できるような案件が生まれたら嬉しいもんね。そうなったら、また改めてチーム組成も考えよう。鈴木部長説得は必要だろうけどね」

「はい、わかりました。では、とにかくまずはパワーロボティクス事業本部と話を始めてみますね」


 こうして、真奈美と事業本部との伴走が始まったのだった。


……………………………………………


(補足解説:飛ばしてもOKです)


 ソーシングとは、M&A買収候補先(ターゲット企業)を選定し、タッピング(買収に関する打診)を行い、そして買収協議に入ってもらえるように初期交渉することです。

 初期交渉が成立すると、買手と売手は基本合意を取り交わし、プロジェクトとして案件化され、本格的な協議・交渉に入ります。


 ターゲット企業の選定を行うプロセスとしては、会社や対象事業のビジョン達成に向け必要な経営資源を定義し、その経営資源を保有しつつ買収の可能性が高い企業をリストアップしていくのが地道な作業が必要です。


 次の章から、真奈美はしばらくはこのようなソーシングのプロセスを一から進めていくことになりますのでお楽しみに。




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