【限界突破】

 その時レインは周りの歓声と轟音で2人の置かれている状況があまり呑み込めていなかった。




「あんなに早くあの魔法を使うことになるとはね。」




「何が起こったんですか?」




「魔法【反射】(リフレクション)。外部からの衝撃をそのままの力で相手に返す魔法よ。」




「そんなのずるいじゃないですか!」




「魔法ってそういうものでしょ?でも、さっきの一成の攻撃が【反射】を使わないと回避できないほど強力だった証拠ね。」






 右手が痛てぇな。めっちゃ血が出てるし。もう握れないかもな。


 手甲のサイズが合ってないのが幸いしたか、クッションになってくれたようだ。


 それでなければ腕ごと持っていかれたかもしれない。




「なんて威力だ……【反射】を使ったのに盾が凹んでいる……」




 驚愕しているエクスが見える。


 土煙が去った後、さっきまで騒がしかった観客は俺たちを固唾を飲んで見守っていた。


 盾は凹んだがほとんど無傷のエクスと、片手を潰され血みどろになっている俺。誰が見ても勝敗は火を見るより明らかだった。


 他の観客たちがエクスの勝利を確信していた時、唯一レインは諦めず一成の勝利を願っている。




 その思いに答えたのか、それともただの偶然か。


 俺の体の中で何かが目覚めた。






 痛みにより跳ね上がった心拍数を、一度息を止め無理矢理抑える。そして今度は深く呼吸をし、戦いの為にもう一度身体のギアを上げる。


 俺は立ち上がり、エクスに追い打ちをかけるように一気に距離を縮める。




「ば、バカな!?右手は腕諸共ズタボロじゃないか!?なぜ立って立ち向かってこれる!?」




 動揺はしているようだが盾を構え、的確に俺の攻撃を弾いている。それでも俺は壊れた右手でもお構い無しにエクスの盾を攻撃し続ける。




「なんなんだこいつは!?」




 さっきと同じようにずっと攻撃を返す魔法を使っているのか、盾に拳が届いている感覚はない。


 ひたすら両の腕だけに痛みが走り続ける。


 やがて左手の手甲も血が滲みだし、赤黒くなる。それでも俺は攻撃を止める気は無い。


 ただ無表情にエクスの盾に向かって拳を振り下ろし続ける。




 たまらずエクスは俺から距離を取り、ルシウスの方へ駆け寄った、




「た、隊長!!奴はもう満身創痍です!!試合を中断してください!!」




「いや、彼の目がまだ死んでいない。」




「人と話している余裕があるのか?」




 盾に手を付きおそらく見えているであろう盾越しにエクスに問いかける。




「ひ、ひぇ……」




 明らかに怯えているのが見て取れる。


 俺は構わず攻撃を続け、やがてエクスの盾が俺の血で真っ赤に染まる。






【限界突破】(オーバーリミット)


 これまでの戦いで死ぬほどの痛みを経験し続けたからこそ、人間としてあるべきリミッターが完全に外れている一成にしかできない魔法。


 どれだけ自身が傷を負ってもただ相手を攻撃する為に前に突き進む、脳筋な戦い方。


 ただひたすらに意識を保つという魔法のため、どんな痛みを感じようが全身の骨が砕けようが、心臓が止まるまで意識を保つ


 問題点は、この状態になると一成自身の思考能力が低下するため、制止する人間が居なければ相手を殺すまで目の前の障害を殴り続けてしまう。


 この時一成は、無意識にこの魔法を発動していた。






「ば、化け物が!!」




 エクスが最後の勇気を振り絞って俺を後方へ突き飛ばす。それだけで全身に重く鈍い痛みが走る。




「負荷がかかってるのは腕だけじゃ無かったか……」




 知らぬ間に蓄積したダメージは全身に及び、立っているのがやっとの状態になっていた。


 意識が朦朧としていたが、いつもの習慣が少しだけ俺を現実に引き戻す。


 まだ少しだけ動かせる左手で、いつものように上着の深いポケットに入ったタバコとライターを1つずつ取り出し、火をつける


 ひと吸いして咥えたタバコを左手で支えるが、左手についた血のせいでタバコの葉が湿り、嫌な味がする。




「何なんだそれは!!き、気でも狂ったか!!」




 恐怖の後途端に現実に戻されたエクスは、この状況を打破しようと俺に突進してくる。


 真っ直ぐ突っ込んでくる血塗られた盾を前に、もはや俺の足腰は回避する余裕がなかった。


 半分覚悟を決め、盾に向かって吸いかけの湿ったタバコをプッと吐き付ける。するとそのタバコは盾に当たる前に俺の後方へ吹き飛ぶ。


 そのまま一直線に向かってくる盾を止めようと俺は右腕を前に出し、片腕を犠牲に踏ん張る。


 この後俺は奴の攻撃を反射する魔法で後ろへ吹き飛び、奴の勝ちでこの勝負は終わる。




 そう思っていた。




 しかし結果は、今まで拳が届くことがなかったその巨大な盾に直に触れながら、俺は踏ん張っていた。


 体が跳ね返されない。


 エクスは力は強いが、恐怖と巨大な盾を持ったままで突進してきているおかげか弱りきった足腰でも抑えることが出来ている。




「ば、バカな!?」




 盾を捉えられたエクスは驚愕し、一瞬力が緩んだ。


 そのまま俺は抱える形で盾をエクスの腕から振り解き、後方へ投げ捨てる。


 恐怖に歪み、許しを乞うような表情のエクスの首を掴み、そのまま覆い被さりマウントをとる。




「お、落ち着け!!よせ、やめろ!!降参だ!!やめてくれ!!」




 何を言っているのか、意識が朦朧として分からない。


 何を言っていても別に構わない。


 やることは変わらない。


 俺は無表情のまま、まだ握れる左手を振り下ろした。


 ただ、何度も何度も。エクスの小盾を握る手の力が無くなるまで。

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