第252話 新たな任務
―― グアルディル軍侵攻開始の6日前 ――
ロトリロ南部のとある町。
その町の町長宅の質素な応接間で、三人の剣士達が座して待っていた。
聖戦十二階段、ロッター・ベル、トニ・バラクスラ、そしてセイジ・サーグナー。
聖戦剣の総本山・剣都ソーディンと、ロトリロ王国の関係は良好であり、国境の関所も問題なく通れた。
しかし、ロトリロ領内で戦闘する可能性がある為、話は通しておかなくてはならない。
その旨を関所の衛士に伝えたところ、国境からそう遠くないこの町で待つように言われたのだ。
「どのくらい掛かりますかねえ?」
窓際の丸椅子に腰掛けながら、セイジが誰ともなく言う。
「どうだろうな。まあ、賊を追っているって伝えてる以上、何日もは待たせられはしないと思うが。」
部屋の中央の一人用ソファから首だけ振り向いて、答えるトニ。その隣のソファで、ロッターは黙ったまま目を閉じている。
この町に着いて、まだ半日も経っていない。関所から早馬で連絡を回してくれたとしても、返事に丸一日は掛かるだろうと、トニは読んでいた。案内の衛士には此処に連れて来られたが、先に宿屋を取っておいた方がいいかもしれない。そう思った時だった。
「……強いな。」
ロッターが目を開いて呟くと、部屋のドアが開け放たれる。
そしてドカドカと大きな足音で入ってきたのは、大剣を背負った騎士だった。
「待たせて申し訳ない、お客人。俺はロトリロ『
『騎士団長!』
トニやセイジは勿論、冷静なロッターもまさか王国騎士団長自らがやってくるとは思っておらず、驚いた。
が、直ぐに三人共立ち上がり、礼を示す。
「聖戦剣士、ロッター・ベルと申します。」
「同じく、トニ・バラクスラと申します。」
「お、同じくセイジ・サーグナーです。」
名乗りを聞いたジェリンピオが、目を細める。
「見た瞬間、相当な腕前だと思ったが、まさか聖戦十二階段の方々だったとは。……ま、堅苦しいのはナシでいきましょうや、俺は平民出なんでそういうのが苦手でね。」
笑顔で向かいのソファに腰を下ろすジェリンピオにつられ、三人も座り直した。
「まさか、騎士団長殿がいらっしゃるとは思いませんでした。」
「あー、今こっちも騎士団を再編したばかりでね。こういう時誰が行くってのが決まってなくって。じゃ、取り敢えず俺が行くって事になったんです。それで遅くなっちまって、申し訳ない。」
両膝に手をついて頭を下げるジェリンピオに、トニが慌てる。
「とんでもない! むしろ、思っていたより随分早かったぐらいです。ロトリロの馬は脚が良いのですね。」
「いやいや、関所から法通紙で連絡を受けただけで。」
「……ほう。」
他国の者が、賊の追跡許可を願っただけで高価な法通紙を使うなど、聞いたことがない。
ロッターは、ロトリロの抱える状況に何となく気付いた。
「……失礼ですが、先日この国でも内乱があったと聞きました。騎士団の再編もそれに伴って?」
「ああ、流石に知ってますか。早めに鎮圧は出来たんだが、規模がちょっと大きめでね。バタバタしてます。」
ジェリンピオが苦笑する。
が、続けた言葉は、聖戦剣にとっても笑い事では無かった。
「――その反乱で、魔人が関わってたんですよ。だから、外敵の侵入には非常に気を使ってます。」
「魔人!」
後ろの丸椅子に座っていたセイジが、思わず大きな声を上げた。
そちらにチラリと視線を向けたジェリンピオは、また目の前の二人に目を戻し、続ける。
「そちらの追う賊にも、魔人が絡んでいるんじゃないですか? でなければ、聖戦十二階段が三人も出張らないでしょう。」
許可を出す側であるロトリロの騎士団長がここまで情報を開示している以上、受け入れて貰う側の聖戦剣も黙っている訳には行かなかった。
「……お察しの通りです。賊そのものは魔人ではありませんが、魔人と関係の深い者です。」
そのロッターの言葉に、ジェリンピオは興味深そうに身を乗り出す。
「へぇ、魔人では無いのに、聖戦十二階段殿が向かわなくてはならない程強いんですか?」
「ええ、難敵です。ご存知でしょうか、『竜の喚巫女』という存在を。」
「!」
実際に戦ったトニが続けると、それを聞いたジェリンピオは驚きの表情を現した。
「竜の喚巫女……が、敵?」
「会ったことが?」
「…いや、無いです。無いですが……。」
『竜の喚巫女』はジェリンピオにとって、因縁浅からぬ存在であった。
内乱を起こした魔人達の狙いは、国家の君主たる女王を『竜の喚巫女』にすることであったし、何より、幼馴染のレヴィは『竜の喚巫女』にされかけて、なることが出来ず高熱で死んだのだ。
……ジェリンピオは一つの提案を出した。
「……あなた達がロトリロ国内で賊を追う条件は、たった一つ。俺も、ついて行く。」
「え?」
その申し出に、トニは反射的に驚きの声を上げてしまった。その非礼を詫びつつ、ジェリンピオに問う。
「我々は構いませんが……賊が、この国に必ずいるとも限りませんし、捜索に何日掛かるかは分かりません。お忙しいでしょう騎士団長殿に、付いて戴くのは難しいかと思いますが。」
「いえ、さっきも言ったように魔人に繋がる事は、今この国にとって最も重要な脅威。俺が付きます。」
その意思は堅そうだ。
トニが傍らのロッターを見ると、ロッターは無言で頷いた。
「分かりました。それでは、ご同行お願いします。」
「よし、これで決まりですな!」
ジェリンピオが再び大口の笑顔に戻ったところで、ドアがノックされた。
「ん、どうぞ。」
入室を促すと、入ってきたのは聖戦剣士達のお付きの連絡係だ。
「すみません、会談中に。剣都より、緊急連絡です。」
「あー、話は纏まったところだから、俺は出ていよう。」
入れ替わりで、気を使ったジェリンピオが外へ出ていく。
部屋のドアが閉まると、連絡係が法通紙をロッターに渡した。
広げて読んだロッターは、冷静な顔のまま、セイジの方に振り向いた。
「セイジ、君は今回の任務から外れて、新任務に就くようにとの事だ。」
「え? で、でも、僕も皆の仇を…」
「本部の決定は絶対だ。君の代わりにウィルシードが来るらしい。」
「そんな……分かりました、ソーディンに帰還します。」
肩を落とすセイジ。
だが、ロッターの続けたその任務の内容に、再び顔を上げる。
「帰還する必要は無い。この国の王都に居るトゥルコワン法国の要人を、国に送り届けるのが任務だ。このまま直接、王都に行けばいい。」
「要人警護ですか? トゥルコワンからの依頼は珍しいですね。」
「要人と言っても、留学生だそうだ。名は、リリアン・サナリー。」
「……リリアン!?」
突然のセイジの叫びに、面食らったような顔をするトニと、流石に少々驚いた様子のロッター。
「知り合いか?」
「は、はい、あの……故郷で、兄妹のように育った子です。」
ロッターが法通紙を渡すと、セイジはそれを食い入るように見つめた。
「間違いない、リリアンです! 法術学院に入ったって聞いてたけど…留学とか、凄いなアイツ。」
「どれどれ……セイジへの指名依頼か。ウィルといい、最近の指名依頼はそういうのが主流なのか?」
横から覗いたトニが誂うように言うと、セイジは顔を赤くした。
「や、やめてくださいよ。リリアンは本当に、俺にとって妹なんです。そういうのじゃありませんよ!」
「お前がそーでも、向こうはどーだかなぁ? ねぇロッターさん。」
トニが同意を求めて振り返るが、ロッターは腕組みしたまま興味の無さそうな顔だ。
「どうでもいいが、任務はしっかり達成しろ。いいな?」
「「は、はい!」」
ロッターに注意され、幼馴染との再会に緩んだ気を引き締めるセイジと、何故か一緒に怒られてしまったかのような気分で背筋を伸ばすトニであった。
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